40話 無事の定義
万が一のため、すぐに逃げられるよう僕は乃亜に抱えられた状態で空間が崩れるのを待った。
いざという時に咲夜が乃亜と冬乃を両手で抱えることが出来るよう、真ん中には咲夜が陣取っている。
出来ればあの2人だけだとありがたいんだけど……。
そう思いながら空間が完全に崩れるのを見守っていると、一瞬強い光が空間を包んだと思ったら元の場所に戻っていた。
そしてそこには5人の男達がいた。
増えてるじゃん!?
「逃げるわよ!」
「分かった」
咲夜がすぐさま[鬼神]のスキルを全開で使用して角を生やした状態へとなると、乃亜と冬乃を両手で抱える。
「待ってくれ! 我々は冒険者組合の者であって、君達の敵ではない」
5人の中の1人がそう言って僕らを止めてきたので、咲夜は僕らを抱えて逃げようとするのを止めた。
確かに改めて5人を見ると全員が制服を着ており、僕らと敵対していた中川と門脇が縄で縛られて拘束されているし、僕らへ敵意はなさそうなので、おそらく本人の言う通り組合の人なんだろう。
前に会ったカメラマンの人が首から下げていた冒険者組合職員のカードと同じものを、胸元に張り付けているので間違いないと思う。
ただ、一応警戒はしておくけど。
「君たちが報告にあった被害者でいいのかな? 大人3人に少年少女達が襲われていると連絡があって駆けつけてきたんだが」
一体誰がそんな報告をしたんだろうか?
戦ってる最中は僕らぐらいしか、周囲に人はいなかったと思うけど。
冬乃みたいにある程度索敵能力があるわけでもないから、気が付かなかっただけかな?
さて。それはそうと、組合の人が僕らに話しかけてきたわけだけど、僕はこの姿で喋れないから……、僕はチラリと冬乃を見ると、僕に気付いたのかコクリと頷いてくれた。
「私達がその人達に襲われたのはホントです。そこの2人は組合の方々が倒されたようですが、そこにいる女性を含めた“平穏の翼”を名乗る3人に襲われました」
「報告通りだな。そうかあの団体が……。しかしこの2人は君達が捕らえた訳ではないのか?」
「どういう事ですか?」
「我々が来た時にはすでにこの2人は、こうして捕らえられた後だったんだ。だからてっきり君達が捕らえたものだと思っていたのだが……」
「いえ、私達がそこの女の人の【典正装備】の力で捕らえられた時には、そこの2人はこの場から少し離れた場所にいました。
確かにその人達が襲ってきたので応戦しましたが、捕まえたりは出来ませんでしたし、大した怪我も負わせられませんでした」
「そうなるとこいつらは一体誰に……、いや、今はその話はいいか。とにかく君達が無事そうで良かったよ」
僕を見て、今のセリフもう1回言ってみ?
赤ん坊にされてるんだけど!?
無事の定義を知りたいところだ。
乃亜達の視線が僕を見ているのに気づいてか、職員の人が慌てたように口を開いてきた。
「ああすまない。普通に考えれば赤ちゃんがダンジョンにいるわけないし、報告にあった少年が赤ちゃんになってしまった、という事かな?」
「話が早くて助かります。先輩を元に戻す方法は分かりませんか?」
乃亜が食い気味に職員の人に聞いていた。
いや、僕だって喋れるなら胸倉掴んででも元に戻す方法はないのかと問いただしてるよ。
「えっと、すまないがどうやって赤ちゃんにされてしまったかを聞いてもいいかな?」
「あの女の人の〔桃源鏡〕という【典正装備】の力ですね」
「ん? しかしさっき、あの人の【典正装備】で捕らえられたと言ってなかったかい? まさか2つも所持していたのか?」
「いえ、あの人は〔桃源鏡〕しか持ってませんでしたよ」
職員の人が顎に手を当てて何やら考え出した。
「…………まさか、〔典外回状〕か?」
ポツリと職員の人が呟いた言葉が聞こえてきたけど、〔典外回状〕って何?
僕は乃亜達を見ると、3人とも全く分からないといった顔をしていた。
「あの人に捕らえられた時に、〔桃源鏡・夢幻牢獄〕とは言っていましたが」
冬乃が職員の人にそう言うと、職員の人は合点がいったのか納得した表情になる。
「ああ、それなら1つの【典正装備】でも違った効果を発揮出来るから間違いないね」
「あの、〔典外回状〕って何ですか?」
冬乃の疑問はおそらく僕ら全員が思ったことだろう。
話から察するに【典正装備】に2段階変身が残されているという事なんだろうか?
「う~ん、まあ、君達なら大丈夫かな? じゃあここだけの話にしてね。あまりこの話が広まって【典正装備】欲しさに無謀な特攻をかける人が増えると困るし」
職員の人はそう前置きすると、〔典外回状〕について教えてくれた。
・【典正装備】の能力が拡大解釈された力
・1体の【魔女が紡ぐ物語】につき、1つの【典正装備】だけ〔典外回状〕が使える(使えるようになる【典正装備】は入手時には既に決まっている)
・使用したら1週間は使用不能
要約するとこんな感じだとか。
「じゃあ私達の持つ【典正装備】でも〔典外回状〕が使えるってことですか」
「そうだけど、〔典外回状〕はそう簡単に使えるようになるものじゃないらしいから、あまりそれに執着しない方がいい。それにこだわり過ぎて、同じパーティー内で〔典外回状〕を先に使えるようになるために仲間割れまで起こったって話もあるくらいだし。
結局誰も使えなかったらしいけど、どの【典正装備】が〔典外回状〕を使えるかは既に決まってるから無意味な争いなのにね」
「へーそうなんですね。ちなみに使える様になる方法って分かってるんですか?」
「それが分かってたら、仲間割れが起こったなんて話が出回ることはないんじゃないかな。
まあ一説には強い感情が引き金になるって話だけど、1週間も使えなくなるデメリットがある以上、あまりこだわらない方がいいよ」
「そうですね。ありがとうございます。それはそれとして彼の件なんですけど、元に戻す方法はありませんか?」
冬乃が乃亜に抱えられている僕を見た。
うん、そこ大事だよ。
〔典外回状〕の話が興味深くてついつい聞き入っちゃったけど、それよりもどうにかして元に戻りたいんだけど。
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