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幼馴染は時折怖い

 大学の講義が終わった夕方、蓮見湊は教室の後方で荷物をまとめながら、小さく伸びをした。

 その横にいるのは、同じ学部学科に通う中高からの幼馴染――七瀬琴乃(ななせことの)。テキパキと教科書を鞄に押し込みながら、ぴしりとした口調で言う。


「さてと。今日の課題もお願いね。どうせ湊の方が理解してんだし、助けてもらうの前提で来てるから」


「いや……それはそれでどうなんだよ。分かんなくても一旦自分で考えようとはしないのか」


「なに言ってんのよ。考えても分かる訳ないから言ってんじゃないの。あたし、こんなんで単位落としたらマジで泣くから。あんたが一緒にやってくれないと困るの」


 いつもの調子で当然のように言い切ってくる琴乃に、湊は小さく息を吐いて苦笑した。

 彼女は昔からそうだった。豪胆で、強気で、でもお節介なとこもあって、どこか抜けていて。

 そして何より――真っ直ぐだった。


「わかったよ。教えるのは良いとして、先にご飯行こう。なんか食べないと集中できないし」


「……ふふ、よろしい」


 嬉しそうに笑った琴乃の顔にどこか子犬のような無邪気さが混じるのを見て、湊は「やれやれ」と肩をすくめた。


 そのまま並んで学食へと向かい、他愛のない話をしながら夕食を取る。

 気が置けない。無理しなくていい。琴乃との関係は数少ない地に足のついた居場所だった。


「今日の教授、相変わらず声ちっさすぎじゃない? 後ろの席だと何言ってるかわかんないんだけど」


「まあ、それは思うけど。結構歳いってるお爺ちゃんだし……なんか小動物っぽくて嫌いではない」


「謎の好印象ね。講義が楽な教授であることに変わりはないから私も良いけど、毎回課題を出すところは減点だわ」


「出すだけであって別に難しい内容じゃないし。レポートだって、コピペしなければ点入るだろ」


「それを言うなら湊が文章書くの上手いだけでしょ。あたしが書いたら絶対“文意不明”って言われるもん」


「いや、前回の課題ちゃんと読めたし、内容も悪くなかったと思うけど」


「なにそれ、褒めてんの? 珍しいじゃん。明日雪でも降る?」


「……どんな人間だと思われてんだ」


「んー……まあ、いつも反応が薄味だから?」


「それを言ったら琴乃のリアクションはいつも大きいな」


 湊が呆れたように返すと、琴乃は特に湊の言葉に対して気にする様子はなく、口元を綻ばせて「まあでも、あんたに褒めてもらうとちょっと嬉しいけどね」と、照れ隠しのように唐揚げにかぶりつく。


「幼馴染の立場から言わせてもらえば、あんたってほんと感情の起伏ないよね」


「そうか……? 割と感情を表に出していると思うけどな」


「んー………なんか、私がギャーギャー言ってても動じないし、良くも悪くも静かすぎて感情なさそうに見えるときある」


「それは……単にお前に反応するのが面倒くさいと思ったからかもな」


「はあ!?それなら直しなさいよ!」


 琴乃が湊の言葉に怒るのをよそに、湊は食べ終えたトレイの上に箸を置いた。

 夕方の食堂は人がまばら。周囲を見てもあまり人がいなく、混雑時のお昼と比べればだいぶ快適だった。


「……さてと、そろそろ行こうぜ。時間も時間なわけだし」


「ああ、はいはい。水残ってるからちょっと待ってよ」


 そう言ってコップを片手に持つ琴乃だったが、ふと思い出したように手を止めた。


「てかさ、そういえばまだあの後輩に付きまとわれてるわけ?この前、夜一緒に帰ってたって聞いたけど?」


「……誰から聞いたんだよ、それ」


「そっちのサークルの子から。『蓮見くん、あの子とよく一緒にいる』って」


「一緒にいたって、夜スーパーで偶然会っただけ。バイト帰りでたまたま」


「ふーん……じゃあそれ以上の事は何もしてないわけね?」


 琴乃はじとっとした目で湊を睨む。まるで「嘘は許さないからな」とでも言うように。


「当たり前だ。ただのサークルの後輩だし」


「………あんたがそうやって無自覚に優しくするから、勘違いした女が寄ってくるのよ」


「いや、別に優しくしてるつもりもないんだけど……」


「それでも少なくとも好印象を抱かれてるんだからタチ悪い。湊ってめっちゃイケメンってわけではないけど、優しいし人の事ちゃんと考えてるし、無害そうに見える分警戒されにくいんだよ。見た目地味だし、ガツガツしてないし。だから変にモテるの。わかってる?」


「……初耳だな。というか別にモテてない」


「はあ……ほんっと分かってない。高校のときだってさ――」


 そこまで言って琴乃の目が泳ぐ。

 そして、唐突に口を尖らせてぼそりと付け足した。


「……まあ、そんなんだから私は好きになったんだけど」


「え?」


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