■第30話 俄かシスターは帝都を駆ける:中編
「昼過ぎに来た客人の方、見ました?」
「私も見ました見ました」
「もう胸が熱いです」
三人のシスターたちは熱心に床を磨きながら、それ以上の熱心さで語り合っていた。
「銀髪で」
「赤い瞳で」
「噂通りの美形」
「「「推せます……!」」」
なんだか聞き覚えのあるフレーズを熱くハーモニーするシスターたち、その話題の対象が目当ての人物だとすぐに分かった。やっぱり皇帝陛下はここに来ているらしい。無駄に目立つ人でよかった。
と、シスター三人組が私に気が付いて、掃除の手を止めた。まあ、棒立ちのシスターがいたら怪しいだろう。ぎこちなく「こ、こんにちはー……」と、挨拶をして、近寄ってみる。
俄かの私と違いきちんと修行を積んでいるであろう本物のシスターの皆さんは、慈愛に満ちた微笑みを返して「こんにちは」と声を揃えていった。この溢れ出る慈しみ、優しさ、天使感。これが本物の威力かと感動した。
「お見かけしない方」
「外の教会の方かしら」
「何かお困りでしょうか」
彼女たちのことは心の中で「三シスター」と呼ぶことに決めた。
「あ、えっと……。今日はお使いでここに来まして。初めてなので迷ってしまって……」
私の口からでまかせに、三シスターは「それは大変」「ご苦労様です」「広いですからね」と、一切疑うことなく労いの言葉をかけた。優しさが眩しい。私こそあなた方を推したい。
「その、客人をおもてなしするような部屋って、どこでしょうか?」
さきほど三シスターの一人は「客人の方」と言っていた。つまり皇帝陛下は秘密裏に足を運んだわけではなく、客人としてこの堂内を通ったということになる。それならお客様用の部屋に通されている……かも。
「このお菓子を持っていくように言われていまして……」
籠を抱えた私の言葉を、三シスターはやっぱり疑うことなく信じて、「それならきっと本部の方です」と、方角を指し示してくれた。まだここは神官様の言う「本部」ではなかったらしい。親切な三シスターに頭を下げてお礼を言う。
「ありがとうございます」
「「「いえいえー」」」
にこやかに手を振る三シスターと別れ、教えてもらった方角に進む。やがて、いかにも重要な場所の入り口といった重厚な扉が見えてきた。扉の両脇には一名ずつ、門番らしき青年が控えている。服装は神官のものだけれど、各自その手に槍を携えていた。その表情はきりりと引き締まっており、おいそれと近づける雰囲気ではなかった。
「こ、こん、こんにちは」
でも近づかないわけには行かないので、勇気を振り絞って会釈をしてみると、怒られることもなく「こんにちは、シスター」と、気さくな調子で会釈を返された。
これなら何食わぬ顔で通れるかなと思ったけれど、「御用は?」と、二名の内ひとりに問われてしまった。
さすがにここまで奥に来ると、シスターだからといって無条件で通してくれるわけではないらしい。それか、私から滲み出る俄かオーラが怪しかったのかもしれない。本物を見た後だと自分のシスター感のなさを痛感して落ち込む。
どうしたものかと冷や汗をかきながら考えていると、門番二人が案じるような表情になった。
「えっと……シスター、掃除中かい?」
「迷っちゃったかな?」
私が困った表情をしていたからか、親切さが滲む声だった。年少の頼りない新米シスターと見て心配してくれたのかもしれないが、もう十七歳なので複雑な気分である。
二名の内ひとりが「確かこの時間の掃除はあっちの区画……」と、親切さを如何なく発揮し始めた。このままでは親切にもシスターがいるべき場所に案内されてしまう。どうしようと焦って、神官様にもらった紹介状を出してみることにした。
「いえ、あの、私、使いの者でして、この先に用が」
そう言って紹介状を見せてみたら、封筒に押された印を目にした途端、二名の顔つきが変わった。
「これは六神官の……!」
「まさかあの幻の……!」
そして大変恭しく紹介状を返され、「どうぞ」と扉を開けてくれた。あまりにあっさりと開けられて拍子抜けした。
「あ……もう通ってもいいんですか」
「もちろんです! それで、その……」
「よろしければ、どのような方だったかお尋ねしても?」
両者から招待状に熱い視線を注ぎながら問われる。「どのような方」とは、神官様のことを訊いているのだろう。うーん。ここで正直に「眼つきが悪くて悪役感満載でお金にがめつい男です」と答えて、後で神官様が私の不法侵入を手助けしたかどで捕まったりしたら大変だ。よし。神官様とは真逆の人物像で答えよう。
「そう、それはまるで清々しさが身の内から溢れ出るような……後光さえ見えてしまう、まさに聖人と言うべきお方でした」
「やっぱり……っ」
「最高かよ……っ」
何事かを呟いて深く頷く二名。よし、神官様とは真逆のイメージを植え付けられたぞ。
「では、失礼します」
下町の小さな教会のしがない神官の紹介状でも効果があるんだなあ、と感心しつつ、門番二名に丁寧に見送られ、入り口を通り抜ける。背後で再び扉が閉ざされる音がしてから、ほっと息を吐いた。今度こそ、本部に侵入成功だ。
踏み入れた堂内は、一般開放されている礼拝堂の華やかさとは異なる趣の美しさがあった。きらきらしい装飾はないけれど、その分落ち着いた雰囲気があって、より特別な場所という感じがする。
そして、ものすごく広い。広い割に人影が見えない。扉がたくさんあるけれど、部屋を一つ一つ見て回っていたら日が暮れてしまうだろう。でも、この部屋のどれかに皇帝陛下がいるのなら。
抱えていた籠を床に置き、覆いの布を取った。
「さあ、ポメコ。あなたのご主人様を探しましょう」




