■第3話 四日目
懺悔室バイト四日目。
今日も一日がんばるぞという前向きな気持ちで着席すると、早くも扉がノックされた。やる気に満ちた声で「どうぞ!」と入室を促す。
さあ来い。プリン問題でも不倫問題でも、どんと来いだ。
「こんにちは」
聞き覚えのある声で挨拶をして、銀髪赤眼美貌の青年が席に着いた。
うん。
くじけるものか。
「こ、こん、こんにちは……」
今日はどんな血染めエピソードだろうかと怯えつつ、いつものマニュアル台詞を言おうとすると、先に「今日は懺悔ではないんです」と言われた。
「えっ?」
「その、懺悔ではなく……恋の相談をしたくて」
「こい」
え、恋? 恋の相談?
まさかの恋バナに驚きを隠せない。
臣下一族皆殺し、家族殺し、そして恋バナ。話題の振れ幅が大き過ぎやしないか。
毎度こちらを驚愕させている自覚がないであろう皇帝陛下は、私が黙りこくってしまったので、しゅんと悲し気な表情になって、「やっぱり駄目ですよね?」と言った。しょんぼりされると胸が痛むものがある。
「あ、う、い、いえ、せっかくお越しいただいたので、どうぞ……」
お得意様(?)でもある皇帝陛下を追い返すわけにもいくまい。それに、皇帝陛下の恋バナ。普通に気になる。促すと、彼は「ありがとうございます」と微笑みを浮かべた。
「最近、ある女性を好きになりまして。面と向かってお話をしたことはないのですが、その方はとても優しい方なんです」
「ふんふん」
「思いを告げたいのですが、告げていいものか悩んでいます。俺の立場で求婚すれば、彼女はたとえ嫌でも断ることができないでしょうから」
「身分の差があり、あなたがかなり上の立場、ということですね」
お城で働くメイドさんに恋をした、とかだろうか。皇帝とメイドの恋。なんだなんだ。ものすごくドラマティックじゃないか。個人的には皇帝陛下にはぜひ、ぐいぐい行って欲しいものだけど、相手のメイドさんの立場で考えるとそうもいかない。
皇帝陛下に望まれて、それを断るという度胸のある庶民は、というか貴族も含めて、誰もいない。相手が「血染めの皇帝」ならなおさらだ。もしもそのメイドさんに、将来を誓い合った幼馴染だとか、絶賛お付き合い中の恋人がいたりしたら、確実に悲恋が始まってしまう。
「こちらは一方的に相手の人生を決められる。だからこそ強制してしまうようなことは、なるべく避けたい。だって、たとえ手に入れても、嫌われているのでは悲しいですから。できれば相手も望む形で結ばれたい」
圧倒的に優位な立場であることを自覚した上で、相手の意思を尊重する姿勢は見上げたものだ。さすが帝国を治めているだけのことはある。
「彼女の意向に関係なく俺のものにするのは最終手段です」
あ、最終的には強制も辞さないんだ……。
「シスターはどう思われますか」
「そ、そうですね……。陛……ん、んん、あなたの懸念はもっともです。力のある側が求婚した場合、相手に退路はないわけですからね。慎重にもなりましょう。ただ、これは相手があなたを嫌っていた、もしくはすでに心を決めた人がいた場合の話です」
そのパターン前提で考えていたが、そうじゃないパターンだってある。というか、そうじゃない可能性の方が、かなりある。
皇帝陛下に好きだと言われて全く揺らがない女性は、まあ、いないと思う。帝国で一番の権力者である。お金持ちなのである。容姿もこの通りの美青年である。
初回遭遇が懺悔室バイト初日だったせいで、皇帝陛下と対峙しても「心臓に悪い時間が始まる」としか思えなくなってしまった私と違って、帝国のほとんどの女性は、彼と向かい合えば見惚れてしまうだろう。さらに好きだと言われてしまえば、恋に落ちること必定である。
「相手があなたに好意を抱いている場合だって、当然あるでしょう。好意を抱いていないにしても、これから好きになる可能性もあるわけです。要は相手を落とせばいいのです。もちろん、相手に想い人や婚約者がいない前提ですが。で、意中の相手を恋に落としてから、然る後に求婚。これが双方にとって最も幸せな道です。性急に好きだと言ってしまう前に、まずは良好な関係を築くところから始めるのが無難ではないでしょうか」
「なるほど……」
皇帝陛下は感銘を受けたようで、深く頷いていた。
「速やかに手に入れたいあまり、求婚するかしないかの二択で悩んでいました。そうですよね。世の中には順序というものがありますよね」
「はい。順序良くいきましょう。ただ……」
「ただ?」
「めでたく双方合意のもとに結ばれたとしても、身分差がある限り、お相手の女性は苦労されると思います。平民からの成り上がり婚ですからね」
皇帝陛下と相思相愛になったメイドさん。しかし彼女は平民出ということで、貴族の皆さんから中傷されるのだ。「この平民風情が!」「ドジっ子メイドめ!」と……。
「がんばれドジっ子メイド……」
「ドジっ子メイド……?」
うっかり心の声を出してしまったようで、皇帝陛下が首を傾げる。慌てて「ただのくしゃみです」と誤魔化し、話を続ける。
「あなたの隣を狙っていたであろう、やんごとなき身分の女性たちは確実に彼女を貶すでしょうし、あなたの部下たちの中にも、快く思わない者が出てくることでしょう。そもそも、結婚自体を反対されるかもしれません」
私的には、求婚するしない問題よりも、こちらの周囲の反応問題の方が大変だろうと睨んでいたのだが、皇帝陛下はあっさりと「そこは心配いりません」と言った。
「彼女に害を為す連中も邪魔をする連中も、全て消すから問題ないです」
微笑んではいるけれど言っていることが怖い。微笑んで言っていることが怖い。
そんな皇帝陛下の異名は、はい、「血染めの皇帝」です。
「あの、なるべく穏便な方向でいきましょうね……?」
「俺は人心掌握にも政治的な駆け引きにも定評があるので安心してください。処刑は最終手段です」
うん、最終的には処刑も辞さないんだ……。
「というわけで差し当たり一番の課題は、彼女の心を掴めるか、ですね」
「そ、そうですね。穏便に。穏便にいきましょうね」
「では、彼女の心を掴むに当たり、ぜひシスターの意見を聞きたいです。一般的な女性の気持ちを正確に把握したいので、正直にお答えください」
「ええと、はい」
皇帝陛下がさっと紙とペンを取り出した。メモの用意が早い。私の意見が一般女性の総意として皇帝陛下にお届けされるという責任重大なインタビューが始まってしまった。
「好きな食べ物は?」
「リンゴ……です」
「嫌いな食べ物は?」
「焼きリンゴです……」
「好きな色は?」
「水色……」
「叶えたい夢は?」
「えーと……白くてふわふわな小型犬を飼う、でしょうか……」
「現皇帝をどう思われますか?」
「ぐっ……、えっ、ええーと、はい、大変よく国を治められ、立派な方だと思っております、よ?」
「ありがとうございます。以上です」
よかった。割と短いインタビューだった。しかし最後の質問は心臓に悪かった。ご本人の前で何を答えろと言うのか。
「今日は大変参考になりました。直接シスターに相談に来てよかったです」
「いいえ、お力になれたのであれば何よりです」
満足そうな皇帝陛下の様子に安堵する。
ああ、今日も私は懺悔室バイト皇帝戦を乗り切った。全く懺悔ではなかったけれど。
「では、シスター。ありがとうございました」
「はい。お気をつけて」
そして恒例、金貨の巾着がじゃりんと置かれ、皇帝陛下は去っていった。
きっとこれから意中のメイドさんと仲良くなる計画でも立てるのであろう。基本姿勢が「目的のためには手段を選ばない」である皇帝陛下に、これから求愛されるであろうメイドさんの波乱の日々を思って、「がんばるんだぞ」と心の中で声援を送った。
以降、皇帝陛下は懺悔室に現れず、私は残りの勤務日を平穏に過ごしたのだった。




