■第17話 お茶会の日
今朝はいつもよりも早くに目が覚めた。いつもより丁寧に顔を洗って、いつもより念入りに髪を梳かす。
今日は皇帝陛下からお茶会に呼ばれた日である。出発は午後なのだけれど、朝からなんとなく落ち着かない気持ちでいたら、「リーニャちゃん、なんだかそわそわしてるなあ」と父に言われ、「今日はお城の人と逢引きの日だもの」と母が答え、「逢引きではないです」と私が訂正した。
本日パン屋はお休みなので、父も母もゆっくりと朝食を楽しみながら、「宮廷務めの人」についての話題で盛り上がっていた。
私を週一で帝城でのお茶会に誘う皇帝陛下のことを、父母は「娘に好意を持っている、宮廷務めのなんかたぶん偉い人」という、ふんわりした認識で受け止めている。
皇帝陛下が使者と手紙を介してそういう風に説明をしており、私もそのことに異論はない。だって、いかにのんびりした父母と言えども、娘をちょくちょく呼びだしている相手が自国の皇帝だと知ったら、さすがにひっくり返るだろう。
お茶会に行くときは、普段着である綿のワンピースとエプロンではなく、いつもは着ることのないような、なんだか上品な服に袖を通す。
私がお茶会に訪れる度に、三メイドが「次回は是非このお召し物で」と服をお土産に持たせてくれるので、登城に見合うよそいきの服に困ることは無い。毎回上等な衣服をいただくのも申し訳ないので、初めはお土産の服を断ったのだけれど、「この手で着せ替えを堪能できない分せめて」、「いろんな服を着せたいんですの」、「まだまだ推しの衣裳があるのですわ」と押し切られてしまった。服選びが好きな三メイドなのである。
なお、一度袖を通した服は後日に三メイドの誰かが自宅に来て回収してくれるので、お洗濯の手間にも家での収納にも困ることは無い。アフターサービスが万全な三メイドなのである。
ちなみに今回の服は白いブラウスと若草色のスカート。三メイドが選ぶ服は毎回、自力で着脱可能で、歩行にも支障がなくて、そして可愛らしい。彼女たちには頭が上がらない。
着替えた後は、髪を編み直す。ライズさんのように素敵に髪を結い上げる技術はないから、髪型は普段通りの三つ編みになるけれど、せめていつもより丁寧に編む。
身支度を終えた私を見て、父母は揃って親指を立てて「ばえ!」と言った。たぶん神官様の影響である。
「では、いってきますね」
「いってらっしゃーい」
「ゆっくりしておいで」
見送る父母に手を振り返し、大通りに向かう。同じ帝都とは言え、下町にある自宅から帝城までは歩くと時間がかかるため、いつも馬車が用意されている。お茶とお菓子をご馳走になる身で交通の便まで図ってもらって、なんだか申し訳ないけれど、実際ありがたい。
指定の時間に大通りに着くと、もはや見慣れた送迎用の馬車が目に入った。最初は国章が入った宮廷御用達馬車だったけれど、目立つのでやめてくださいとお願いしたら、一般的な見た目の馬車にしてもらえた。ただし内装は豪華なままだ。
「お待ちしておりました、リーニャ様」
「ホウゼンさん、こんにちは。今日もよろしくお願いいたします」
御者のホウゼンさんに挨拶を返す。宮廷お抱え御者として勤続四十年にもなるというホウゼンさんは、きっちりと撫でつけた白髪と厳格な表情がベテランの風格を漂わせている。ライズさん曰く「彼ならば護衛いらずです」とのことだった。
さて、あとは馬車に乗り込んで、帝城に向かうだけなのだけれど。
「リーニャ様。本日は同乗者が居てございます」
「やっほー、リーニャちゃん。君のお義兄さんだよー」
馬車の中に、すでに先客がいた。
最近お近づきになったばかりの朗らかな金髪の青年、皇帝陛下のお兄さんにしてサボるために全力を尽くす事務官、エオルスさんである。
「こんにち……。……。どうしてエオルスさんが……?」
「せっかくだからリーニャちゃんの馬車に同乗しようと思って!」
何がせっかくなのか全く分からないけれど、「さあ座って座って」と促され、向かいの席に座った。ホウゼンさんが静かに扉を閉め、馬車が動き出す。
「ご乗車ありがとうございます。当馬車は皇帝陛下直行特急『リーニャ護送1号』、安全運転で乗客の皆様を目的陛下までお送りいたします。車掌はわたくし、ホウゼンです。よろしくお願いいたします」
馬車内の音声管から、丁寧な口上を述べるホウゼンさんの渋い声が流れてくる。真面目にアホみたいな馬車の名前を告げないで欲しい。目的地みたいなノリで目的陛下という謎の造語を使わないで欲しい。けれど大変真面目な御者さんであるホウゼンさんに対して私は何も言えない。エオルスさんに至っては「よろしくお願いしまーす」とノリノリである。
皇帝陛下とのお茶会は何度もしているのに今回はなぜか落ち着かず、妙に自分の装いが気になって三つ編みを何度もやり直したりしたものだけれど、馬車に現れたエオルスさんに驚いた結果、却って気持ちが落ち着いてきた。ちょっとありがたい。
「リーニャちゃん、今日はシルヴィスと恒例のお茶会だよね?」
頷くと、エオルスさんは両手を目の前でパンと合わせ、頭を下げた。
「どうかさりげなく、『ところであなたのお兄さんっていい人ですね』的なことをシルヴィスに言って欲しいんだ……!」
「な、何があったんですか……」
お待たせしました、次話でやっと皇帝陛下が登場します。
殺意に溢れ、間違えた、最高に爽やかな笑顔で、爽やかに登場します。




