■2章おまけ 宮廷料理長のサヴァランくん
第5話のすぐあとのお話です。
朝食の後、メイドさんたちに連れられて移動の途中、城のお手洗いを借りた。
うちの居間より広い……と感嘆しつつお手洗いを出て、廊下の先で待機してもらっているメイドさんたちのところへ向かっていると、「おい」と声を掛けられた。
振り向くと、見知らぬ少年がこちらを睨んでいた。
短く切った黒い髪、鋭い目つき。年の頃は十三、四歳だろうか。白いシャツに黒いズボンという当たり障りの無い服装なので、城で働いている人なのかどうか、いまいち判断が付かない。
「えっと……迷子の方ですか……?」
寝間着で城内をうろついている私の方がよっぽど迷子に見えるということは棚上げして、目の前の年下の少年を心配して訊ねると、「違えよ」と不機嫌な声を返された。
「失礼な奴だな。ガキ扱いするな、俺はちゃんとここの従業員だっつーの」
「それは失礼いたしました」
ここで働いている人だったのか。年齢的に、見習いの使用人さんとかだろうか。
「お前が陛下が連れてきた客だな?」
「客」と言われてきょとんとしたが、招かれた身なので「客」で合っているだろう。頷くと、少年は「ふーん」と、どうでもよさそうに相槌を打ち、そっぽを向いた。
「どうだった?」
「え」
「朝食、どうだった?」
ものすごくどうでもいいです、みたいな素っ気ない言い方の割に、ものすごく朝食の内容を気にしているらしいことが、ひしひしと伝わってきた。なぜ初対面の少年から今朝の朝食について感想を聞かれているのかは分からないけれど、応じない理由もないし、正直に答えよう。
「最高の一言です」
「……っ」
少年が歯を食いしばったかと思うと、無言で俯いた。見えている耳が真っ赤である。肩が震えている。え。なんだろう。怒らせたのだろうか。泣かせたのだろうか。今の短い応答の中に失言があったのだろうか。
年下の少年を泣かせてしまったのでないかとハラハラしていると、少年は俯いたまま、「具体的にどうぞ」と言った。めっちゃ感想を求めてくる。まあ、答えない理由もないし、答えよう。
「あえて、まずは『美味しい』以外の観点から申し上げますね。料理の随所に、作った人の配慮が感じられました。例えばサラダ。フォークの一刺しで美しく食べられるよう、野菜が全て一口大に切られているんです。葉物が大きかったりするとフォークで折りたたんで…みたいな動作が必要なのですが、それがない。ドレッシングも単に上から掛けているのではなく、サラダとドレッシングが層になるように工夫がされていて。上から順番に食べて行っても最後まで均等にドレッシングが掛かった状態なんですよね。ドレッシングの配分を気にして食べる、ということが生じないんです。美味さだけではなく『快適に食べられること』という視点も持った、素晴らしい料理人さんが作られたのだと思いました」
うっかり熱が入って、初対面の少年に長文で語ってしまった。何言ってんだこいつという顔をされるのではと危惧したが、少年の顔は見えなかった。なぜなら彼は両手で顔を覆って仰け反っていたからである。え。どういう反応なんだろう……。
「……で、味、は……?」
少年が仰け反ったまま、呻くように言った。何か心配になる少年の様子だけれど、あの朝食について、これだけは言わねばなるまい。
「筆舌に尽くしがたいあの美味を、あえて言葉で表すなら……極上、です」
「……」
「特にパンケーキ。あのパンケーキ。幸せは、そこにありました……」
「……」
少年が、がくりと膝を着いた。仰け反ったり崩れ落ちたり忙しい。大丈夫かな。何か変なことを言っちゃったかな。でも、年頃の男の子の奇行には目を瞑れって神官様も言ってたしな。右目が疼いてもそっとしておいてやるんだぞって言ってたしな。対応に困るところだ。
「あの……体調不良ですか。右目が疼きましたか。メイドさん呼んできましょうか」
「……、だ、だい、大丈夫だ」
少年が息を荒くしながら立ち上がった。相変わらず不機嫌そうな表情のまま、顔を真っ赤にし、そっぽを向いて続ける。
「お前さ、焼きリンゴが嫌いなんだろ」
「えっ。はい」
皇帝陛下に教えた私の食の好き嫌いが、見習いの使用人さんにまで伝わっているとは……。
「じゃあ、リンゴのコンポートは?」
「うーん……煮たリンゴも、好きじゃないです」
答えると、少年は真剣な表情で顎に手を当て、何やら思案を始めた。
「加熱全般が無理という事か……リンゴの酸味と食感が消えるのを嫌がっているんだな……パンケーキにリンゴのコンポートを添えなくて正解だった……」
「あの……?」
小声でぶつぶつと独り言をしていた少年は、パッと顔を上げ、やはり真剣な表情のまま言った。
「じゃあ、イチゴはどうだ?」
「イチゴのコンポートですか?」
「そうだ」
「好きです。パンに載せても美味しいし、牛乳に混ぜて飲むのも好きです」
「そうか。分かった。邪魔をした」
何が分かったのか分からないけれど、少年はくるりと踵を返すと、足早に去ってしまった。
少年が見えなくなってから、どこからか「なんだよ! 褒め過ぎだろ! 次もパンケーキ作ってやるしかねえじゃん!」という、怒ったような声が響いてきた。あの少年の声だ。
朝食の感想を聞いてきたり、仰け反ったり崩れ落ちたり、真剣にコンポートの好みを聞いてきたり、そして速やかに去ったかと思えば、よく分からない独り言を叫んだり。謎過ぎる少年である。
これが神官様の言っていた年頃の男の子の奇行なんだ……と、しみじみして、ハッと我に返る。廊下に立ち尽くしている場合ではない。お手洗いを済ませたのなら早く戻らないと、メイドさんたちにお腹を壊したのかと心配をかけてしまう。あの素敵な朝食でお腹を壊したなんて誤解をさせたら、料理人さんに立つ瀬がない。急ごう。
それにしても、料理人さん。あの朝食を作った人は、どんな人なんだろう。
もしも叶うなら、会って直接、感想を言いたいものだ。
~登場人物紹介~
ライズ
三メイドの左。前職は第一皇子に雇われた暗殺者。担当はナイフ。
色々あって今は普通のメイドとしてシルヴィスに雇われている。
以前の職場での異名は「血色の暁」。最近リーニャに付けてもらった「三つ編み名人のライズさん」という異名の方が気に入っている。
セット
三メイドの真ん中。前職は第二皇子に雇われた暗殺者。担当は飛び道具。
なんやかんやあって今は一般的なメイドとしてシルヴィスに雇われている。
以前の職場での異名は「血塗られた帳」。最近リーニャに付けてもらった「お手玉名人のセットさん」という異名の方が気に入っている。
シャイン
三メイドの右。前職は第一皇女に雇われた暗殺者。担当は徒手空拳。
紆余曲折を経て今は世間並みのメイドとしてシルヴィスに雇われている。
以前の職場での異名は「血飛沫と陽光」。最近リーニャに付けてもらった「指ぱっちん名人のシャインさん」という異名の方が気に入っている。
サヴァラン
料理長。先代の料理長が引退を表明した際に、調理場内で開かれた「料理長決定戦 ~余った食材で一番おいしい賄を作った奴は誰だ~ 」にて優勝し、十四歳という最年少で晴れて料理長となった。料理の腕前とツンデレ属性により、調理場の皆さんに愛されている。最近はリーニャのためにお菓子の研究に勤しんでいるとか別にそんなこと全然ないんだからね。
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というわけで2章のおまけショートストーリーでした。
続く第3章ですが、連載開始まで月単位で間が空きます(たぶん3か月くらい……)。
のんびりと……お待ちいただければ……幸いです……!
ちなみに第3章では、「働けよこの野郎」と言われていたサボり上手の事務官さんが活躍します。
リーニャと神官様の記念すべき初会話シーンやら、兄に塩対応をかます幼少シルヴィスのエピソードやら、いろいろ出てくる予定です。お楽しみに!




