王弟殿下の婚約者 アヴィナ -5-
「アヴィナ様の専属として務めさせていただくことになりました、ノエルと申します! どうぞよろしくお願いしますっ!」
紆余曲折ありつつも決定した、俺の新しい専属メイド。
並んだ彼女たちの中からまず挨拶してくれたのは、灰色に近い銀色の髪をした少女だった。
資料によると歳は十五歳。
屋敷で何度も顔を合わせている相手なので、こちらも「よろしくね、ノエル」と微笑んで答える。
「ノエルは学園には通っていないのよね?」
「あ、はい……。残念ながら私の家はそれほど余裕がありませんでしたので……」
「ノエルの実家は伯爵家の分家ですが、女子の数が多く、四女である彼女には学園入学の許可が下りなかったそうです」
学園を卒業しなかった者は貴族家の子女であっても一人前としては扱われない。
実家を追い出されたわけではないし、ノエルの場合は我が家の庇護もあるので「貴族家出身のメイド」として尊重されるが──後ろ盾を度外視して考える場合の立場・権利は平民と同等だ。
「でも、いいんです! 私はフェニリード家で雇っていただけて本当に幸せですから!」
満面の笑顔で告げる彼女に、スノウがみゅみゅ! とノリ良く反応。
メアリィがくすくすと楽しそうに笑って、
「アヴィナ様もご存じだと思いますが、ノエルの特技は──」
「はい、動物のお世話です!」
ノエルは馬の世話からうさぎたちの相手、果てはグリフォンの飼育に関する試行錯誤まで動物に関することならなんでも大好きな変わり種だ。
貴族家、特に公爵家のメイドにおいては稀有な人材である。
馬は便利だしうさぎは愛くるしいが、においやトイレの問題はどうしたって出てくる。動物の世話を継続的にするにはそういったことを嫌がらない精神が必要になる。
専属の増加に伴って「専属メイド頭」という立場になったエレナが頷いて、
「ノエルには基本、お屋敷に常駐してアヴィナ様のお部屋の整頓・美化・贈り物の対応などを行ってもらいます」
「手が空いている時は動物のお世話をしてもらって構わないわ。できるだけスノウの相手もしてあげてね?」
「もちろんです。どうぞお任せくださいませ……!」
動物好きに悪い人はあんまりいない。
少なくとも、スノウたちと笑顔で戯れている彼女が公爵家に不義理を働くところはあまり想像できなかった。
続いて、進み出たのは赤褐色の髪と目をした女性。
年齢は現在25歳らしい。
「コレットと申します。アヴィナお嬢様の専属に指名していただき光栄に存じます。どうぞよろしくお願いいたします」
「ええ。よろしくね、コレット」
恭しく、きっちりとした一礼にエレナがほんのりと満足そうな表情を浮かべる。
「コレット様には寮のお部屋の管理を担当してもらいます」
「エレナ? これからはあなたが上役なのですから呼び捨てにしてください」
「っ、失礼しました。……コレット、私としてもよろしくお願いします」
「はい。もちろんです」
明るく趣味一直線のノエルと対照的に、コレットはきっちりしたできる女タイプ。
メアリィがにんまりと笑って、
「コレットは代々フェニリード家に仕えているメイドの家系なんですよ」
「そうなのね。それじゃあ、実家は北のフェニリード領になるのかしら?」
「仰る通りです。私は公爵様の都への移動と同時期に増員としてこちらに参りました」
養父が現在、基本こっちに滞在しているのは領地のほうが安定していることと、子供たちが学園入学する年頃になったことが主な理由だ。
こっちに来たのはなんでも五年ちょっと前、義兄が十歳くらい、義妹が四歳くらいの頃だったらしい。
それだとフラムヴェイルはともかく、アルエットは向こうの景色をあまりよく覚えていなかっただろう。
「それじゃあ、ゆくゆくは故郷に戻りたいんじゃないかしら?」
「ご心配には及びません。私の一族は不死鳥様に特別な敬意を抱いております。そして、アヴィナ様もまた不死鳥様同様、私たちが誠意をもってお仕えすべき方と確信しております」
「そう。それじゃあ、コレットの信頼に応えられるように頑張らないとね」
まだ十二歳の俺が神獣フェニックスに並べるほどの存在なのかはまったく自信がないが。
エレナ同様──いや、それ以上にフェニリード家に忠誠を誓っているコレットは、絶対に他家を利するようなことをしない。
人目に触れづらい寮の私室を預ける人間には「絶対的な信用がおけること」が第一条件だった。
「ノエルとコレットがいてくれれば、エレナとメアリィがずっとわたしに付き添ってくれなくても問題ないわね」
「私は休日返上してでもアヴィナ様のお傍に侍る覚悟ですけれど」
「だーめ。ちゃんとお休みは取りなさい」
というわけで、専属として新たに迎え入れるのは以上二名。
これで、傍にエレナかメアリィがいてくれれば屋敷でも寮でも二名体制を維持できる。
ノエルたちには少しずつ俺への対応に慣れてもらって、ゆくゆくは必要な際に連れ歩けるようになってもらいたい。
それから、
「専属ではありませんが、もう一人、あらためてご紹介いたします」
進み出たのは落ち着いた青色の髪を持つ年頃の令嬢だ。
「シルヴェーヌと申します。あらためて、メイドとしてお引き立ていただいたこと、感謝を述べさせてくださいませ」
丁寧な所作で一礼してみせる彼女が件の、婚約を解消されてしまった令嬢だ。
真新しい公爵家のお仕着せの中には、そこそこお高い銀製の聖印を身に着けている。
「シルヴェーヌは新人メイドですので、まずは基礎的な教育を受けてもらうことになりますが……最優先の役割として、アヴィナ様の神殿行きに同行してもらいます」
「願ってもないお話です。少しでもお役に立てるよう誠心誠意努力いたします」
そのまま祈るように跪こうとするシルヴェーヌを見て、エレナがこほんと咳払い。
「ふふっ。教養も魔力も行き届いたメイドがいてくれると、アヴィナ様のお世話もぐっと楽になりますね」
「そうね。わたしは魔力がほとんどないもの」
その点、シルヴェーヌは学園を卒業しているので魔力も高いし魔法もある程度使える。
きちんと教育を受ければエレナやメアリィ同様、簡易的な護衛としての役割もこなせるようになるだろう。
それからもちろん各種魔道具の起動や維持も。
ノエルとコレットは魔力がそこまで高くないので、そういう意味でも期待の星だ。
「テオドール殿下からいただいたお守りのせいで余計に余裕がないから、エレナたちに負担をかけてしまっているのよね」
「あら、ですがアヴィナ様? お守りを付けるようになられても、お守りを付ける前とそれほど変わりないように思えるのですけれど」
「そう?」
それは相変わらず魔力がくそ雑魚という意味──ではない。
いやそれはそうなのだが、お守りに魔力供給してもなお以前と同じくそ雑魚で収まっているということは。
「……念のため、もう一度魔力測定をしてみましょうか」
普通はここまで頻繁に測る必要もないものなのだが。
養父に願い出て家の測定具を使わせてもらったところ、数値は「72」で。
「わたしの魔力、5倍くらいに増えていますね……?」
測定に協力してくれた養母はにっこり微笑んで、
「旦那様があなたを見出したのはやはり慧眼だったようね」
どうやらまだ、俺の知らない事柄が隠されていたらしい。




