王弟殿下の婚約者 アヴィナ -4-
「メイドたちより、アヴィナ様の専属希望が殺到しております」
「あら、そんなに来ているの?」
普段はあまり会話することのないメイド長との面会にて。
告げられたのは、予想を上回る状況報告だった。
これにメアリィは「そうでしょうとも」とばかりに胸を張って。
「アヴィナ様の功績を考えれば、専属になりたい娘はいくらでもおります」
「でも、メアリィだって最初はわたしに不満があったでしょう?」
「そ、それは。私の将来の目標に繋がらなかったからで……!」
俺はくすりと笑って「意地悪を言ってごめんなさい」と謝った。腕の中のスノウも「元気出しなよ」とばかりにみゅみゅっと鳴く。
「あの時と今では状況が違うものね」
娼館から買い上げられた平民の娘でしかなかった頃と、王弟殿下の婚約者。
それこそ「仕えた場合の将来的ビジョン」に大きな差がある。
エレナが傍に控えたままこれに同意を示して、
「アヴィナ様、あるいはアルエット様。お二人に気に入られれば王族妃の侍女も夢ではありません。この機会を逃したくないと考えているのでしょう」
「そうね。……となると、しっかり選定しないといけないかしら」
「輿入れの際には専属の召し上げも可能と伺っておりますが」
「ええ、その通りよ」
仮の段階ではあるが、結婚して住居を移すことになったら「メイド」ではなく「侍女」に世話を任せることになる。
その際に今のメイドたちは略式の試験を経て「王弟夫妻の暮らす離れの侍女」として城に雇用してもらえる予定だ。
「地位だけが目当てのメイドなんて役に立ちません。厳しく選定すべきです!」
「……アヴィナ様を利用するつもりだったあなたが言うことかしら」
「エレナ! 昔の話はもういいじゃない!」
うん、まあ、メイドたちの生活に関わるのだから「結婚目的」も一概にダメではないが。
「全員は取り立てられないし、お城に迷惑をかけないためにも、ちゃんとした子を選びましょう」
◇ ◇ ◇
選定の第一段階として、メイド長を中心に勤務態度による選り分けをお願いした。
この段階で半分~三分の一くらいまで人数を絞ってもらう。
今の仕事を真面目にこなせない人間に侍女の仕事が務まるとは思えないからだ。
この「一次試験」合格者リストが提出される頃には学園の二学期も始まっていて。
「……履歴書でもあればもう少し便利なのだけれど」
「? アヴィナ様、履歴書とはなんでしょう?」
「生まれや経歴、年齢を一枚の紙にまとめたもの……かしら。同じ書式で全員分を集められれば、必要な情報が一目瞭然でしょう?」
履歴書フォーマットの提案は別途行ってみるとして。
PCもプリンターもないこの世界では、仮に履歴書原本があっても気軽に複製できない。
各メイドの基本情報付きの候補者一覧を作るだけでも手書きでけっこうな作業が必要だったはず。
「そうね。ないものは仕方ないとして……この子たちの素行をさらに調査しましょうか」
「メイド長と各部門の長がまとめた資料では不足だと?」
「彼女たちの能力を疑っているわけじゃないわ。ただ、上役からだけだと見えないこともあると思うの」
上司の見えないところで後輩をこき使って手柄だけ持っていく輩とか。
仕事はできるけど、上司に見えないところで周りにきつく当たりまくる奴とか、そういうのを徹底的に弾いておきたい。
俺の説明にメアリィが、なんだかわくわくしてきた様子で、
「では、どうなさるのですか?」
「ヨハンやマリア、サラ……今回の選定に直接関わらない人たちに聞き取りをしてちょうだい。そうすれば普段の姿がより見えてくるはずよ」
スラムの浮浪児から公爵家に拾われた少女、マリア。
彼女なんかは俺を慕ってくれているし真面目なので、できるなら選定に加えたいくらいなのだが──さすがにまだ幼すぎるし、一般メイドの仕事も覚えきれていないくらいなのでとりあえず今回は候補から除外している。
エレナたちが仕事の合間を縫って動いてくれている間にまた時間が経って。
「アヴィナ様。私の従姉妹を公爵家で雇い入れていただくことはできないでしょうか……?」
ルクレツィアの派閥に所属している令嬢からそんな相談を受けた。
外部からも俺のメイド狙いの人間が現れたのかと思ったら、どうやらそれだけが理由ではなく。
「従姉妹は今年の四月に学園を卒業したのですが……予定されていた婚約が破談になってしまい、結婚に後ろ向きになっているのです」
「結婚が破談に……。差し支えない範囲で理由を教えていただけますか?」
「それが……その。婚約相手の家が没落寸前まで衰退してしまいまして」
「あ」
俺を殺そうとして平民に落とされた令嬢の実家だった。
当主である父親が処分され、妻と娘は平民に格下げ、財産もごっそり没収され、残った息子が当主になってどうにかこうにかやっていくことになったはずだが……。
「もともと、お相手の男性は家を追放されてでも従姉妹を守る覚悟でいらっしゃったのです。ですが、さすがに当主の役目を放り出すことはできません」
両親や妹は自業自得としても、家の運営を放り出したら使用人まで露頭に迷う。
「しかし、例の不祥事によって軍拡派からは『余計な事を』と糾弾、保守派からは『大罪を犯した』と白眼視、彼は『こんな家に妻を迎える事はできない』と婚約を解消しました」
「相手の意向を無視しているのであれば得策ではなかったのでは、とも思いますけれど……」
「親族としては、従姉妹が嫁がなくて良かった、とも思うのです。もちろん、アヴィナ様は被害者ですので責任を感じる必要はございません」
彼女はそこで「ですが」と言葉を切って、
「結婚するのが恐ろしい、新しい相手を探すくらいなら神殿に入ろうかと思う、とまで思いつめておりまして」
「それは……心配ですね」
「……ええ」
信仰を持つ貴族はいる。が、神殿に入って巫女になるとなればそこはいわゆる「出家」だ。
娼婦になるよりはまだスマートとはいえ、罪を犯したわけでも夫に先立たれたわけでもなく、貴族として成人した娘がするのはかなり異例。
「ですが、そのお話からどうして当家での雇用に?」
「従姉妹は、アヴィナ様にある種の信頼──いえ、信仰を抱いているのです。お相手の男性が家族ごと断罪されなかったのも、アヴィナ様のお陰でしょう?」
「なるほど……それで、わたしの傍にと」
「ええ。神殿の空気に触れる機会もあるでしょうし、神殿入りをしなければいつか結婚の道が開けるかもしれません」
ふむ、と、俺は考えた。
俺の関わった事件の被害者となると罪悪感もあるし、神殿入りを自ら望むような人物なら悪い人格ではないだろう。
学園卒業生なら一定の作法と魔力量は確約されている。
派閥を考えてもスパイ等の可能性は低いだろう。
「わたしの専属ではなく当家のメイドに、ということであれば問題はないかと思います。念のため養父に相談のうえ、正式な返答をさせてくださいませ」
「ありがとうございます。ご配慮、心より感謝いたします」
養父からの許可はあっさり出た。その旨を伝えると話はとんとん拍子に進み、本人からの希望も得られたため、簡単な面接を経て、我が家に新たなメイドが加わることになった。
「彼女にはメイドの業務を一通り教育しつつ、アヴィナ様の神殿行きの際には積極的に同行してもらうこととします」
神殿関連限定ではあるものの、実質的に俺の専属に近い立場である。
うまく行けばエレナたちの負担が減りそうだが……。




