【閑話】子グリフォンとのあれこれ
ぴぎゃぴぎゃ!
「本当に元気ですね、この子は」
「ええ。動き回るのが楽しくて仕方ないようで」
大奇跡を行使した後ぶっ倒れて、なんとか回復した俺。
目を覚ますと、フラウが子グリフォンの相手に追われていた。
小さな翼でぱたぱた飛び、じゃれる彼(?)。
まだ飛行能力がそれほどないので遠くに行く心配はなさそうだが……相手をするのは大変そうである。
と、思っていたら俺のほうにも飛んできた。
手を伸ばしてあやしてやろうと思ったら「引っかかれますよ」と忠告が。
犬猫みたいに爪切ってやらないとダメか。
「そういえばこの子、男の子なんでしょうか、女の子なんでしょうか」
「確認したところメスのようですね」
なるほど……って。
「フラウさま、いったいどうやって確認を?」
「? 股の間を確認しただけですけれど……?」
それも淑女のすることじゃなくないか?
まあ、辺境伯領では動物が身近な存在だったせいか。
「エサはどうしていたのですか?」
これにはエレナが答えてくれた。
「どうやら主に肉類を好むようです。穀物や果物も食べますが、渋々と言った様子です」
「やっぱり肉食なのね……」
とりあえず塊肉なんかを与えているらしいが。
「生肉を毎回調達するのは大変じゃないかしら」
「そうですね。干し肉や塩漬け肉を与えられれば良いのですが……」
「身体の大きさを考えると塩が多すぎるかもしれないわね」
前世におけるドッグフードやキャットフードも人が食べると薄味だったはずだ。
……俺は食べたことないぞ? 話に聞いただけで。
「こんな生き物の飼育法は誰も知りませんので、知識にも頼れませんし……」
「とりあえず探り探りやっていくしかないわね」
ファンタジー生物だけにある程度身体は丈夫なはずだし。
◇ ◇ ◇
ぴぎゃ!
「こら、外に行こうとするんじゃありません」
魔物としてのグリフォンを見た後だ。
中には子グリフォンを怖がる者もいるので、ひとまずうちの馬車に入れたのだが。
走行中に窓から飛び出そうとするのはやめて欲しい。
腕の中から抜け出してぱたぱたするたびに捕まえないといけない。
苦笑したメアリィが窓を閉じて、
「檻かなにかに入れた方が良さそうですね」
「辺境伯家なら大きめの鳥籠とかありそうね」
金属製ならそうそう壊されることもない。
これにフラウは眉をひそめて、
「私としてはできるだけ自由にさせてあげたいと思うのですが」
「そうは言っても、迷子になられても困るでしょう?」
むう、とうなったフラウは首を傾げて、
「首輪とリードをつけるというのはいかがでしょう?」
「本人的には檻とどちらがましでしょうか……?」
もちろん当人はぴぃ? と不思議そうに鳴いただけでよくわかっていなかった。
子グリフォンの食事はとりあえず、随伴する料理人にお願いした。
料理と言っても食材を適当な大きさに切る程度。
専門職にとっては大した手間ではないものの、
「本人に狩りを覚えさせたほうがいいのかしら」
「都で飼育するつもりであればそれも難しいかと」
「そうね。貴族街にはねずみも多くないでしょうし……」
人に慣れて躾ができるまでは野放しにもしづらい。
「辺境伯領でしたら野兎なども多く捕れると思いますけれど」
「エレナ、メアリィ。もしうちで飼うことになっても、うさぎたちは死守するのよ」
「か、かしこまりました」
俺の声がマジだったので専属二人とも若干緊張しながら了解してくれた。
◇ ◇ ◇
「……実に興味深いな」
子グリフォンにはテオドールも興味津々だった。
「殿下は動物がお好きなのですか?」
「いや。下手に愛着を抱いて、先に死なれでもしたら後味が悪いからな」
それはだいぶ動物好きじゃないか?
「面白い生き物なら君とこれで十分間に合っている」
「わたしを珍獣みたいに言わないでくださいませ」
傍から見たら珍獣なのは認めるが。
「グリフォン、しかも幼体の観察など普通できるものではない。
可能なら観察記録を定期的に届けて欲しい」
「研究にお使いになるのですか?」
「ああ。何かの役に立つかもしれん」
まあいいが、キメラとか作るのは勘弁してほしいものである。
「グリフォンの死体のほうは利用できそうですか?」
「無論だ。……心臓がなくなってしまったのは少々痛いが」
代わりに生きた子グリフォンが生まれたのだから仕方ない。
「グリフォンは風の属性を帯びていたと考えられている。
例えば羽根は魔法の矢の材料などに用いられるだろう。……いや、あるいは飛翔の魔道具を作成するのに使えるか?」
ヴァルグリーフ家の娘であるフラウが風魔法に長けていたのもその関係か?
とすると、うちのフェニリード家は火属性、か。
「臓器は薬の材料になる。肉は食ってしまっても構わないが……骨はゴーレムの素材にでもするのが良いか? む、頭を切り落としてしまったのは失敗だったか」
「辺境伯にお譲りしたのですから諦めてください」
案外テオドールもスノウを可愛がってくれるかもしれない。
同時に「どういう素材になるか」吟味し始めそうなので怖いが。
◇ ◇ ◇
ちなみに、グリフォンの死体と子グリフォンは辺境伯御用達の画家によってスケッチもされた。
ついでに俺やフラウ、ランベールの姿絵もだ。
今回の戦いについて後世に語り継ぐらしい。
「大聖女様。よろしければ仮面を外していただけないでしょうか? その方が絵になりますので……」
「申し訳ありませんが、わたしの素顔は慣れていない方には刺激が強いもので……」
絵にするために聞き取りもされたし、その場には吟遊詩人も同席していた。
「皆様の偉業を広く語り伝えたいと思います」
吟遊詩人が歌い、人気を博した歌は他の吟遊詩人も真似をして歌い始める。
あちこちに散らばった彼らがさらに多くの者に広めて──それがやがて伝承や伝説になる。
「新たな伝説を作ってしまったな、アヴィナ・フェニリード?」
悪戯めいた笑みで言ってくる王子様に俺は苦笑を返して、
「せめて神殿の有用性が再認識されれば良いのですけれど」
◇ ◇ ◇
帰りの馬車は、子グリフォンを檻に入れられたことで快適になった。
ぴぎゃぎゃ!
「窮屈なのはごめんなさい。でも、そうでもしないと大人しくしていてくれないんだもの」
ぴぎゃあ……!
相変わらず、言ってることを理解しているようなしていないような。
とりあえず、今の段階だとスノウよりはだいぶ野生に近い。
それでも犬猫くらいの知能はあると思うが。
「かつての神獣はどの程度の知能だったのでしょうか?」
「選ばれた者と意志疎通ができたと伝えられている。
辺境伯領の血族とは会話していたと考えていいだろう」
「では、この子もいずれは高い知性を身に着けるかもしれませんね」
子グリフォンの世話役にと望まれたフラウ。
家の役に立つチャンスでもあるので役目には意欲的だ。
「となると……初期教育が重要でしょうか?」
「さて、な。できるだけ話しかけてやれば良いのではないか?」
「わたしたちの会話も聞いているようですしね」
ずっと続けていれば人間の言葉をはっきり理解するようになるかもしれない。
「それにしても……」
フラウはふと首を傾げて、
「この子はどの程度の速度で大きくなるのでしょうね?」
「わかるわけがなかろう。伝説にも、グリフォンが幼かった頃の記録はほぼない」
あったとしても脚色・美化された断片情報だろう。
「一定の大きさまでぐんぐん大きくなるのか……。
それとも、長い時間をかけてゆっくりと大きくなるのか、確かにわかりませんね」
「あまり急速に大きくなられると食費も馬鹿になりません。
お父様に予算の増額をお願いしてくるべきでした……!」
悔しがるフラウがなんだか微笑ましかった。




