将来の王弟妃 アヴィナ -4-
公爵領での式は、領民に次期領主を知らしめると共に「この地を守っていくに相応しい」と認めてもらうためのものだ。
なので、関係者のための内向きのものではなく、開かれた式。
具体的には、屋敷から領都の広場までをゆっくりお披露目した後、衆人環視のもとで夫婦の誓いを行う。
式を行うのは聖職者、すなわち現地の神殿の者が行うのは通例なのだが。
「わたしに式の進行を?」
「はい。『大聖女』であるアヴィナ様がいらっしゃるのであれば、適任者は他にいないかと」
ここにきて思いがけない打診である。
「……と、申しますか、かの『北の聖女』様の結婚を私ごときが承認するなどあまりに恐れ多く」
「それは、わかります」
領都の神殿長の言い分に、俺は思わず頷いてしまった。
男性であるとはいえ、彼にも長年神に仕えてきた自負はある。とはいえ、奇跡の力では圧倒的にアナスタシアが上。
それだけでも気が重いのに、アナスタシアと同格の俺がのほほんと参列していたら「なんか違くね?」ともなる。
「かしこまりました。そういうことでしたら、お引き受けいたします」
「ああ、ありがとうございます! どうぞよろしくお願いいたします」
結婚式の進行は初めてだが、都の大神殿で神事に参加したことは何度もある。
軽い打ち合わせを行えば手順は覚えることができた。
テオドールにも報告すれば「仕方なかろう」と了承してくれた。
「群衆に紛れるよりは、目立つ場所にいてくれる方が守りやすいとも言える。かえってこれで良かったかもしれんな」
「テオドールさまは、この式で何かが起こるとお考えで?」
「起こった場合に備えるために人を配するのであって、起こらないのであれば不要になるわけではない。式は特段問題なく終わるだろう」
北の教国にこの式を台無しにする意味がない。
王が承認し、第一王子も参列しているのだ。下手なことをすれば教国の次期国王まで被害を受けかねない。
南の隣国からは遠すぎるし、テオドールとしては「やるならもっと別の手で来る」と考えているらしい。
果たして、その予想は当たり、式はつつがなく執り行われた。
◇ ◇ ◇
「古来、結婚の儀式は『神に身を捧げること』になぞらえて形を整えられたと言われています」
花嫁のドレスは原則、純白。
これもまた神の衣を意識してのこと。
「かけがえのない一人に身を捧げ、生涯尽くすこと。それがもともとの結婚の意味です。そして、それは現代においてもそうあるべきことでしょう」
ウェディングドレス姿のアナスタシアと、礼服姿のフラムヴェイル。
二人より注目を集めてしまわないように、俺の衣装は派手さ控えめ。淡いクリーム色の衣の上から不死鳥の外套を羽織った。
広場に特設された高台を見守るのは、花嫁の姿を一目見ようと集まった多くの民たちだ。
「願わくば、二人の愛が永遠でありますように。ここに、神へ結婚の誓いを」
頷いた二人は、周りの民たちに見せるように。
また、高く天にいるはずの神に声を届けるように宣言した。
「私は」「私は」
「私たちは、ひと繋がりの夫婦となり、生涯愛し合うことをここに誓います」
瞬間、辺りに温かなオレンジ色の光が降り注いだ。
観衆がどよめく中、ひらり、と舞い降りたのは一枚の羽根。
鮮やかな赤色をしたそれはまさしく、不死鳥──フェニックスのもので。
これはもう、俺が余計なことをしなくても良さそうだが、まあせっかくだから。
「この地を守りし神の眷属、フェニックス様も祝福されています。
それではわたしからも、神に承認された証として祝福の光を」
俺の散らした白い光がオレンジ色の光とまざりあって、しばし、幻想的な光景を作り出す。
この式の様子は、運よくその場に居合わせることのできた吟遊詩人たちによって歌となり、のちのちまで語り継がれることになったとか。
◇ ◇ ◇
式が終わった後は夜を通しての宴である。
正確には夜通しどころか、用意された食材が尽きるまで三日くらい続く。
領都ではあちこちで宴会が行われ、屋台もたくさん出ての大騒ぎ。
偉い人の結婚というのは、民にとってはお祭りみたいなものなのである。
もちろん、さすがにその辺の平民と新郎新婦が酒を酌み交わしたりはしない。
貴族は貴族でパーティを行い、そっちで親族等々に祝われることになる。
式が二度行われる関係上、このパーティはごくごく小規模で、とくに何事もなく終わるかと思ったら、
「我が国からも祝いの品をたくさん用意してきた! さあ、好きなだけ飲んでくれ!」
第一王子ミハイルがしこたま提供してくれた蒸留酒と乾物のおかげもあって、あっちこっちに酔っ払いが誕生した。
なにしろ教国の酒は強い。
そこに、保存のため塩をきかせた肉や魚が加われば、ついつい飲みすぎてしまうというものである。
そしてもちろん、こうした席で最も狙われるのは新郎であり。
「さあさあ、フラムヴェイル。どんどん飲んでくれ」
叔父から酒を注がれた義兄は困った顔をして、
「叔父上。私はそれほど酒が強くありませんので……」
「何を言う。公爵領の冬はそんなことでは越せないぞ」
いや、公爵邸は暖房の魔道具で冬でも温かだろうに。
酔っ払いに論理は通用しないし、郷に入っては郷に従えの精神も大事なのは事実。
こんな調子で次々酒を勧められたフランはみるみる真っ赤になっていき、
「あまり夫に無理をさせないでくださいませ」
やんわりとそれを留めたのは妻となったアナスタシアだった。
彼女はにっこり微笑むと、夫のグラスをそっと奪い取ってぐいっと飲み干す。
おいおい大丈夫か、と皆が心配する中、何事もなかったかのように笑顔で。
「これは良いお酒ですね」
北国の人間は酒が強いというのは本当なのかもしれない。いや、本当か?
それを見ていたテオドールはふむ、と首を傾げて、
「聖女というのは酒にも強くなるものなのか?」
「いえ、わたしはあそこまで強くないと思いますが……」
そうか? と、うちの婚約者殿が首を傾げていると、当のアナスタシアが寄ってきて、
「アヴィナ様もお酒を好まれるのですか? でしたらぜひご一緒に」
「アナスタシアさま、相当な酒豪でいらっしゃるのですね?」
「ふふっ。聖女をしていた頃は皆の手前、あまり羽目を外すわけにはまいりませんでしたので、今日はたっぷりと飲ませていただきます」
いや、あんた聖女をやめるわけじゃないだろう、という話もあるが、まあ聖職者だから酒はだめとかそんな教義はない。
「アナスタシア様、いくらお強いと言ってもほどほどに……」
見かねたフランがやんわりと制止にかかれば、聖女は「あら?」と首を傾げて。
「式を挙げたら呼び捨てにしてくださるお約束では?」
「うっ。……ええと、酒を飲むなとは言わないけれど、身体に障らない程度にしてくれないか、その……アナスタシア」
「ええ、もちろん。旦那様の仰せのままに」
あ、これ、酔いつぶれない範囲ならいいんでしょ? って意味だな。
「さあ、アヴィナ様。せっかくですので飲み比べなどいかがです?」
「それは素敵ですね。では、テオドールさまもご一緒に」
「……言っておくが、私はほどほどにさせてもらうぞ。我々が揃って酔いつぶれたとあっては示しがつかん」
そんなこと言いながらテオドールはけっこう飲んだし、一番弱いのはやっぱり義兄だった。




