えっちの伝道者 アヴィナ -3-
長いようで短かった一年が終わり、学園にも節目の時が訪れた。
卒業式は卒業生代表である第一王子ランベールの言葉と共につつがなく終わり、そして、代わりに新たな一年生を迎えることとなった。
「……この一年で、学園も大きく様変わりしたものね」
在校生は、新入生より先に入寮して新たな仲間を出迎える。
三年生になった辺境伯令嬢フラウ・ヴァルグリーフにとっては去年も経験した手順なのでそこに戸惑いはない。
感慨は、入れ替わりに伴う「中心生徒」の変化についてだ。
第一王子ランベールの派閥は王子当人の卒業と共に主要人物が去ったことで大幅に縮小。
第四王女ルクレツィアは隣国への嫁入りが決まったことから国内での求心力は低下、十分な人気は保ちながらも、流れを作る立場ではなくなった。
代わりに台頭してきたのは、共に王族との婚約を決めている二人の令嬢である。
第一王子の婚約者──セレスティナ・アーバーグ侯爵令嬢。
王弟の婚約者──アヴィナ・フェニリード公爵令嬢。
太陽と月、対照的な美貌を持つ二人の令嬢の元には様々な思惑から多くの生徒が集まるようになった。
もともと目立つ生徒たちではあったものの、はっきりと先導者と見做されるようになったのは卒業がきっかけだと言っていい。
かつては一部の令嬢のまとめ役をさせられていたフラウとしては頭の下がる思いだ。
寮の自室で紅茶を飲みつつ、ほう、と息を吐く。
生徒の務めを果たすため、公爵家に借りている部屋はいったん留守にしている。
守るべき子グリフォンもフェニリード家に預けている状態だ。
しばらくはあまり顔を出せないので寂しがるかもしれないが、あの家には動物の世話に長けた人材もいるので心配はないだろう。
万事つつがなく、故に、フラウとしてはこの時期にあくせくする必要があまりなくなった。
幸い、子グリフォンの世話という、生涯をかけた役割も持てた。
故郷に居場所があるというのはそれだけで救いだ。
国王、そして大聖女から認可された大役であるためよほどのことがない限りは誰かに取られることもない。
結婚に関しても婿を取れる立場であり、最悪、相手が見つからなくとも父である辺境伯は諦めるだろう。
というわけで、新入生歓迎に関してはのんびり観察しているのだが。
「兄姉から話を聞いていた子は驚いたんじゃないかしら」
今年の主役は、二人とも、一癖も二癖もある人物だ。
アヴィナに関してはもともと奇抜な性質の持ち主だったが、セレスティナも公爵領行きをきっかけに趣味を目覚めた。
侯爵令嬢が、公爵令嬢のものを参考に新調した制服は部品ごとに取り換えられる仕様を踏襲しつつ、さらに「取り換え」ではなく「追加」も念頭に置いた形へと発展していた。
どういうことかというと。
例えば、ドレスの腕部分だけを取り外して半袖にしたり、別の意匠の袖に取り換えられる──これは従来通り。
セレスティナの制服にはこれに加えて、フリルなどの装飾を追加するための接続部分が丁寧に隠されて配置されているのだ。
アヴィナが「いざという時に脱ぐ」ことを念頭に制服を作ったのに対し、セレスティナは「必要に応じてどこまでも盛る」ことを念頭にした。
特にこの新入生歓迎の時期は最初ということもあってこれでもかと装飾を増やしており──正直やりすぎではないかと思う部分もあるものの、それでもお洒落に見えるように工夫されているのはさすがとも思った。
そして、セレスティナが取り入れた「新しい装い」。
革手袋や細い革チョーカーなどは、侯爵令嬢が導入するなり学園内で大きな話題になった。
美女が装着するとなんでも似合ってしまう、というのもあるのだが、これまでは先入観からはしたないと思われていた装いを「本当にそうか?」と問い直されたことで、これを「格好いい」と思う生徒が出てきた。
これは、おそらく流行る。
革手袋は一種の「武装」として、少しでも自分を強く見せたい──そうしないと妙な求婚を防げないような令嬢が気に入るだろう。
革チョーカーは、令嬢自身よりもその婚約者に受けがいいはずだ。いつの世も、男というのは「自分の女」に独占欲をむき出しにするものだから。
もちろん、アヴィナも黙ってセレスティナに譲ったわけではない。
彼女は制服の『下』に淡い真珠色の──首から下全てを覆う一体型の、光沢感ある独特の衣装を纏ってきた。
いわく、聖女の訓練着だったか。
普通に着用していては熱気がこもってしまって着ていられないそれは、セレスティナですら着るために試行錯誤している最中。
まして、好き放題な色合いで、体型にぴったり合ったものを用意できるのはアヴィナだけ。
光沢と淡い色合いの美しさを備えたその衣装に、一部の令嬢たちはうっとりと見惚れ──男たちも、まるで服を着ていないかのような『装い』に唾を飲み込んだ。
『アヴィナ様。その衣装、その、下着はどうなっているのですか?』
ある者が意を決してそう尋ねると、アヴィナは微笑んでこう答えた。
『この「下」にはなにもつけておりません。ですが、この「第二の肌」だけでは破廉恥という声がありましたので、きちんと対策はしております。
下着というか水着ですけれど、下着同様に着用いたしました』
アヴィナが「水着」と呼ぶそれは質感や意匠が異なるだけで、形状的には下着とほぼ変わらない代物。
それを必要最低限の部分に身に着けているとすれば──それは、逆に「裸であるかのような錯覚」を強めているだけなのではないか?
もちろん、その上から制服を着ているので水着とやらは見えないわけなのだが。
公衆の面前で、想像できるようなことをありありと説明してしまったことで、アヴィナの特殊性、神の現身として生まれたが故の無頓着さ──親しいフラウはそんなものではないと知っているが、周囲からはそう見える──が一気に周知された。
年明けあたりから積極的に動き始めたアヴィナとセレスティナにより、他の令嬢たちの中にも奇抜な衣装を纏おうとする者が現れており、彼女たちもまた新年度のこの時期にこぞって、これはと思う装いを試し始めている。
予算の都合もあるため、アヴィナたちほど大盤振る舞いはできていないものの、例えば革手袋やチョーカーを身に着けるだけ、スカートに深いスリットを入れたり、一部に透け感を大胆に取り入れたりするだけでも雰囲気はがらっと変わるのだ。
そうした試みが合わさった結果、新入生たちが受けることになったのはまさに「歓迎」であると同時に「洗礼」となった。
若者らしい大胆さと、上位者の豪胆さ、それらが合わさった奔放な装いが、今までそれを噂程度でしか知らなかった者たちに強烈に突き刺さったのだ。
結果は、
「絶賛と拒絶の両極端」
こんな世界があったなんてと感動する者もいれば、貴族として相応しくないと批判する者もいた。
そして、アヴィナたちは批判されてもどこ吹く風。
批判を批判し返すことはしないまま、同好の士を集めてさらなる「布教」にいそしんでいる。
伝統から考えればはしたない装いが含まれているのは確かな事実だが。
同時に、アヴィナの行いが王家から許容されているのもまた事実で。
アヴィナ・フェニリードは『大聖女』として打ち立てたいくつもの功績とはまた別に、新たな伝説を打ち立てようとしていた。




