【閑話】姉娼姫と婚約記念パーティ
「……貴族のパーティに呼ばれるなんていつ以来かしら」
都一番の娼館『瑠璃宮』の娼姫ヴィオレは、馬車の窓から外を見ながらため息をついた。
隣に座る美女──娼姫たちを束ねる娼館の主はそれに苦笑して。
「あなたは『外』の仕事にはほとんど顔を出さないものね」
『瑠璃宮』は客を選べる娼館──それは相手が貴族であっても変わらないが、条件の良い話であれば招かれて客先を訪れることもある。
そうした席は身内だけの小規模な催しがほとんどだが、時には、数奇者の貴族が奔放な宴を開くこともあり。
店主が、着飾った『娼姫』と共に盛り上げに行くこともある。
そして、ヴィオレはその手の催しへの参加を断っていた。
「可愛い妹の晴れ舞台でもなければ、今日だって参加しなかったわ」
王弟と公爵家養女の婚約記念パーティ。
店主が、たった一名の同行者に選んだのは──次期店主に内定している、という理由からヴィオレだった。
ヴィオレとしては、こういうのは好んでおらず、裏であれこれやっているほうが好きなのだが。
だからこそ娼館の主は向いているとも言えるわけで。
客を取らず、経営に専念できる立場を得るにはこうした経験も必要になる、と。
「別に、もっと若い後継者を見繕えばいいじゃない」
憂鬱な気分から愚痴れば、店主は「あら」と笑って。
「アヴィナからのお誘いがそんなに気になっているのかしら」
「そういうわけじゃないけれど」
幼くして娼姫になったと思ったら、処女を散らす前に「買われて」いった妹、アヴィナ。
彼女は公爵令嬢となって約一年で魔性の王弟の心を射止め、代々的な婚約記念パーティを開いてもらえるまでになった。
そんな彼女がヴィオレに言ったのだ。
城の敷地内に専用の棲み処を得られるようになったら、雇われる気はないかと。
「割の良い話ではあるでしょう?」
「なら、なおのこと貴族社会に適応しなおしなさい」
「……はいはい」
適当に応えつつ、ヴィオレは仮面を装着した。
目の周りだけを覆うシンプルなもの。
アヴィナからの招待状があるとはいえ、娼姫としての参加である以上は目立ちすぎると良くない。
ドレスも、一般的なものよりは煽情的ではあるもののドレスコードの範囲内。
「せいぜい、嫌味を言われるのを覚悟するわ」
◇ ◇ ◇
ヴィオレは、かつて『雷鳴の魔女』と異名がついたこともある宮廷魔術師だった。
自分でも才能があると思っていたし、実際、彼女よりも魔力が高く研究熱心な者など、かの王弟テオドールくらいのものだった。
いくつもの研究成果を挙げ、得意の雷で何体もの魔物を葬った。
これからも華々しい功績を打ち立てていけると信じた矢先、それは起こった。
『神殿と対立するくらいなら協力し、その文献を塔で解析、魔法研究の役に立てるべきです』
そんな主張がいわゆる軍拡派の癇に障ったらしく──複数名の宮廷魔術師たちがこれに反発、陰湿な根回しによってヴィオレの縁談がまとめ上げられた。
当時のヴィオレは、頭の冴えさえあれば生きていけると思っていて、貴族的な政略は不得手としていた。
それが災いし、「結婚しても宮廷魔術師は続ける」という約束は一方的に破棄され、夫との仲も良好とは言えないもの。
身体だけは頻繁に求められたのが幸いだったが、それは彼女を家に繋ぎとめるための策で。
妻としての役割──子をなし、次代に血をつなぐという使命を、流産という形で失った彼女は、家からも追い出された。
実家からも拒絶され、後ろ盾のない彼女が塔に戻れるはずもなく。
残る選択肢の中から娼館を選んだのは、どうせもう子供はできないだろうという諦めもあった。
幸い、店主は感じの良い人物で。
似たような境遇の女が集まる『瑠璃宮』は居心地がよかった。
才能を競う魔窟から抜け出してみれば、彼女の美貌は男からの羨望を集めたし、お互いに楽しむためだけの男女の交わりは意外と性に合った。
仕事が安定してくれば魔法や薬の研究もできるようになり──これこそが天職なのかもしれないとさえ思うようになった。
だからこそ、今さら貴族の知り合いの集まる場所になど行きたくはなかったのだが。
◇ ◇ ◇
「娼姫ヴィオレ──かの『雷鳴の魔女』にこんなところでお会いできるとは幸運でした。
よろしければ、魔法の探求においてあなたが最も重要としている理念をお教えいだけませんか?」
「え、ええ、構いませんけれど」
これは、いったいどういうことだろう。
表面上は胸を張り、笑顔を振りまきつつも内心怯えながら会場を歩いてみれば……話しかけてくる者たちの口調も表情も、思った以上に穏やかで。
当時はいなかった若い宮廷魔術師などはむしろ憧れの表情であれこれ質問してくるほど。
身体に向けられてくる視線にも「これがあの石女か」といった蔑みの色はほとんどなく、むしろ女としての優越感を覚える。
そもそも、当時ヴィオレを目の敵にしていた奴らの顔がほとんどない。
比較的親しかった者たちは嬉しそうに「戻ってくればいいのに」とさえこぼして。
戸惑うヴィオレを見て、店主はくすくすと笑った。
「当時、最盛を誇っていた軍拡派はフェニリード公爵家の尽力やウィルフレッド王子殿下の5歳のお披露目などを経て少しずつその勢いを落としていったわ。
あなたが塔を去った後、テオドール殿下を含む数名が主導で、塔内の権力闘争に明け暮れる一部貴族も失脚。
そしてこの一年、アヴィナ・フェニリード公爵令嬢──『大聖女』様の活躍によって、軍拡派・保守派は融和の道筋を辿っているの。……知らなかった?」
「いえ。知ってはいた、のだけれど」
実感として胸に響いてはいなかった。
そうは言ってもどうせ、現場に行けば陰口を叩かれ、蔑んだ目で見られるのだろうと勝手に思い込んでいた。
それを変えてくれたのは──。
「ほう、そこにいるのは『瑠璃宮』の。そうか、そういえば呼んでいたのだったな」
「あら。わたしにとってはもう一人の母、そして姉のような人ですもの」
歩いてきた二人組を見て、ヴィオレは店主と共に恭しく一礼した。
「この度はご婚約、まことにおめでとうございます」
「卑賎の身ではございますが、『瑠璃宮』一同、心よりお祝い申し上げます」
珍しく仮面を外している王弟テオドールは「ふん」と軽く祝辞を流すと「顔を上げろ」と命じてくる。
相変わらず圧倒的なまでの美貌──そして、その隣に立って平然としているどころか、同格かそれ以上の美を振りまく『妹』の頼もしいこと。
「久しぶりだな、魔女」
「……ええ、閣下もお変わりないご様子で。
もう、今の私は『魔女』と名乗れる身分ではございませんが──あなた様がお相手を得られる日が来るとは思いもしておりませんでした」
かつては競うように研究成果を披露しあっていた相手を前につい憎まれ口が出てしまい、店主でさえも「ちょっと」と青ざめるも、テオドールは「言ってくれるな」と楽しそうに笑って。
「私も、まさかお前が幾多の男を惑わすようになるとは思わなかった。
最近は随分と『怠けている』そうではないか。
お前達の店は金さえ払えば、無粋な研究者の自慢話も聞いてくれるのだったな?」
「ええ、もちろんいつでも歓迎いたします。
ただ、披露いただいた研究内容について、気になるところがあればつい口を挟んでしまうかもしれませんけれど」
売り言葉に買い言葉。
さすがにこれは、結婚相手を決めたばかりの男に言うことではなかったものの、当のアヴィナはにこにこと笑って。
背伸びをするようにテオドールに囁いてみせる。
「殿下。わたしは殿方の生理的な苦しみには理解がございますので、避妊さえしていただければ後はお好きなように」
ちょっと待て、それではまるで自分がこの男に抱かれるみたいではないか。
娼館に帰った後、ヴィオレは「違うから」という内容をしたためた手紙を何通も公爵家に贈りつけた。




