【閑話】婚約者との雪見酒
「テオドールさま、一緒にお酒でもいかがですか?」
「珍しいな。君が私を誘ってくるとは」
帰還の迫ったある日の夜、俺はテオドールに交流を持ちかけた。
「ミハイル殿下から上等なお酒をいただきまして。……こちらに来てから、思ったほど仲を深められていませんでしょう?」
「何かと慌ただしかったからな。それに──」
「男女で共に温泉に浸かるわけにもまいりませんものね」
混浴できればいろんな意味で仲は深まると思うが。
貴族の身だと日本の恋人同士とは勝手が違う。
「せっかくだ。有難くいただくとしよう」
「ありがとうございます。つまみもいろいろとご用意いたしました」
ミハイルからもらったのは蒸留酒。
アルコール度数高めなので味のしっかりしたものを選んだ。
必然的につまみは乾きものが中心となる。
「公爵領では乾物の研究が盛んに行われているようですね」
「見てわかる通り、冬は作物の栽培も滞るからな」
窓の外ではしんしんと雪が降り続いている。
城から付けられた侍女が給仕をしてくれ、その所作をうちのメイドたちが熱心に観察する。
透明な液体の入ったグラスを軽く打ち合わせて乾杯。
「隣に並べるようになれば、わたしがお酌をして差し上げるのですが」
「得意なのか?」
「それはもう。酒は飲ませてもらえませんでしたけれど、お酌の仕方は徹底的に仕込まれました」
成人貴族相手に尽くすのだから相手も目が肥えている、自然と上手くなるというものである。
「ならば、酒の知識もあるのか?」
「主な銘柄や産地などはおおむね把握しているかと。特に役に立つ場面もありませんけれど」
これが伯爵くらいの貴族家なら接待で夫人の手腕が問われることも多いだろうが、王弟妃ともなると有能な侍女がつくので任せておいても特に問題ない。
軽く言葉を交わしつつグラスに口をつければ、すっきりとした味と共に喉がかっと熱くなる。
「さすが、良いお酒ですね」
「ああ。だが、あまり調子に乗って飲みすぎるなよ?」
「承知しております。そのために水や氷、つまみも用意したのですから」
強い酒はビーフジャーキーやドライフルーツ、ナッツなどを少量口にしつつちびちびやるのが良い。
弱めの酒みたいにつまみをぐいっと喉に流し込もうとするとあっという間に酔っぱらう。
「一杯目はそのまま、二杯目は氷を入れて試してみましょう」
「柑橘を絞って入れてみるのも良さそうだな」
「我が国の酒はワインが中心ですから、こういったお酒は気分が変わって楽しいですね」
温かな部屋でゆったりと腰を落ち着けながらの雪見酒。
一緒に温泉には入れなかったが、これはこれで良いものである。
「それにしても、ほんの短い間に大きく状況が動きましたね。この分ですと、式を挙げるまでにまだまだいろいろなことがありそうです」
「まったくだ。……父上と、その後を継ぐ誰かにはもっと腕を振るってもらわなくては」
「そうでなければテオドールさまが研究に打ち込めませんものね」
「わかっているではないか」
ふっと笑った王弟は、仮面を完全に外すとテーブルの上に置いた。
ほんのりと頬が染まった魔性の美貌はもう、必殺の域にある。
精神防御の魔道具が支給されていなければ卒倒者が出ていたのではないか。
「研究のため、という意味でも旅行の甲斐はあったな。珍しい素材の買い付けが捗った」
「いつの間にそのようなことをなさっていたのですか?」
「君達が地下で遊んでいた間だが?」
「それは、婚約者を放りだしていたこと、深くお詫び申し上げます」
フェニックスとの語らいはいつでもできることではないので優先すべきだが、それはそれとして、自分の男を放置するのも女として良くない。
しかし、テオドールは「まあいい」と軽くそれに応じる。
「君もあまり、責任や義務を負いすぎるな。学園もまだ一年生、本来ならば夢を見ていて良い時期だ」
「ありがとうございます。テオドールさまが心配してくださるなんて、わたし、それほど気負っているように見えましたか?」
「君の仮面は厚いからな。それに、あまり派手にやり過ぎると取り込まれる」
アナスタシアの登場もあって、俺たちが中核に置かれる可能性はむしろ下がったような気もするが。
「それとも、この国を統べるのが君の望みか?」
内心を探るような問いに、俺は「まさか」と微笑みを浮かべた。
「この国の服飾を、ならば別ですけれど。面倒ごとを一人で背負い込むのはごめんです」
「ならば、意見が一致するな。私も魔法や魔道具を研究している方が性に合う」
「積極的に王子殿下のいずれかを推していきたいところですね」
軍拡派と保守派のいざこざはだいぶ抑えられた。
保守派のルクレツィアが隣国に嫁ぎ、軍拡派のランベールが次期国王となる──という絵が成立すれば、みんな「仲良くするほうが得」と気づくだろう。
俺は、ほう、と息を吐いて。
「とはいえ。正直なところ、アナスタシアさまの主張とは別の考えも浮かぶのです」
「というと?」
「わたしには奇跡も魔法も、人に与えられた特別な力という意味で同じものなのです。ですから、魔法を推して、聖女が縮こまる必要もないのではないか、と」
同じ人間が君臨し続けることによる腐敗はまた別の問題。
歴史的に見ても、ひとりの治世が長くなりすぎると弊害も出てくるものだ。
「なるほどな」
頷くテオドール。しかし彼は「私は反対だ」ときっぱりと口にした。
「なぜですか?」
「面白くないからだ。奇跡には美学がない。探求の醍醐味が存在しない。そんなものに世を荒らされては、魔法研究者達の立つ瀬がなくなる」
「……テオドールさま、もしや、わたしたちの作った『あれ』に相当ご立腹ですか?」
「当然だ。あんなものを簡単に出されて黙っていられるものか」
ぐいっと蒸留酒をあおって「対抗せざるをえまい」と口にする彼。
「防水加工は現状、生地の表面を魔力を含んだ薬液で覆って成立させている。この色を変えるには薬液に塗料を混ぜれば良いと考えられるが、しかしそう簡単な話でもない。
布自体の色味も影響してくるだろうし、塗料を混ぜることで防水効果が弱まる事も予想される。
これに対応するためには配合の比率、塗料の素材を厳選することが必要だ」
ぶつぶつと呟き始めるが、これ、だいぶ酔ってないか?
いや、表情はそれほど変わっていないので、酔っているとすれば楽しい研究にか。
「色を変える研究は今までは行われていなかったのですか?」
「あるにはあったが、それほど必要なものもなかったからな。黒なら黒で決まった色をしている方が加工済みとはっきりわかりやすい」
「なるほど。改良が進んでお値段が下がれば女性のお洒落に流用できるようになり、色味の種類も求められるかもしれませんが──」
「今はまだその段階にはない。……あるいは、君たちの所業が一足飛びにそこにたどり着こうとしているのかもしれん」
「でしたら、女性たちの要請から、研究資金の提供が増えるかもしれませんね?」
俺たちが広めて「自分たちも欲しい」と言う人が増えれば、あるいは。
「ふむ。希望的観測ではあるが、そうなればあながち、奇跡と魔法の共存も可能ではあるか?」
「奇跡によって『理論的には可能』であると示すことで、逆算的に開発を楽にすることにも繋がるやもしれません」
もちろん酒の席での与太話なのでどこまで実現するかは不明だが、そうして思いついたことを適当にぽんぽん口にするのはなかなかに楽しいひとときだった。




