将来の王弟妃 アヴィナ -1-
「ごきげんよう、皆さま。どうやら事態が大きく動いたようですね」
少人数で速さ優先の移動をしてきた第四王女ルクレツィアは、予想より早く屋敷に到着した。
応接間にておおよその状況を聞いた彼女は、すぐに頷いて、
「ならば、私がミハイル殿下の婚約者として立候補いたしましょう」
「ですが、それは殿下に負担がかかりすぎます」
これにフラムヴェイルが異を唱える。
若干気まずそうなのはルクレツィアの求婚を断った立場だからか。
そんなこと言うならあなたが結婚してくれれば、と言われたら「ごめんなさい」としか言えない。
それでも言わずにいられなかったのは、彼なりの優しさ。
ルクレツィアはこれに、王女としての凛とした笑みで答える。
「ご心配ありがとうございます、フラムヴェイル様。……ですが、私はこれを好機と捉えております」
「好機、ですか?」
「ええ。おかげで降嫁ではなく、王族に嫁ぐという道が開けたのですから」
個人としてのルクレツィアは地位に固執しておらず、公爵家か侯爵家に嫁ぐつもりでいた。
それよりも趣味の服飾優先というスタンスだったが、王女として国益を考えた場合はまた別。
「それに、第一王女の妃ともなれば高待遇が期待できるでしょう?」
これを聞いた『北の聖女』アナスタシアはふっと微笑み。
「ルクレツィア殿下は個人の利益と国の利益、双方をきちんと判断できるお方なのですね」
「あら、聖女アナスタシア様。あなたこそ、良い方に目をつけられたと思います。……フラムヴェイル様とどうかお幸せに」
「はい。あなたも……ミハイル殿下は少々、その、人格に問題のある方ですが」
微笑みあう二人を見て、果たして義兄はどう思ったか。
結婚するかもしれなかった女と将来結婚する女、表面上穏やかなやりとりにバチバチと散る火花を見てしまったかもしれない。
俺から見ると二人とも、現実を見据えながら最大幸福を追求しているだけで、そんなに仲悪くは見えないのだが。
だいたいの方針を決定した後、女子たちで風呂に。
「ルクレツィア殿下の生まれたままのお姿は、さすがに初めて拝見しますわね……」
「あら、セレスティナ。女同士とはいえそんなに堂々と肌を晒すなんて、アヴィナの影響でも受けたのかしら?」
「いえ、これはセレスティナさまが生まれ持った性質です」
「あ、アヴィナ様!? ルクレツィア様も!」
「ふふっ。みなさま仲が良いのですね。少し羨ましくなってしまいます」
俺にアナスタシア、ルクレツィアにセレスティナ。
実際壮観な光景である。
幼少から宝物のように育てられ、一人の男に身を捧げる。それだけで多大な価値を生み出す身体がこれだけの数、なにも纏わず揃っているのだから。
「フェニリード家が誇る温泉──噂には聞いていたけれど、不思議なところね。でも、なんだかとても心地いいわ」
「そうですね。ここで生活できるアナスタシアさまが少し羨ましくなってしまいます」
「あら。アヴィナ様には公爵夫人となる道もあったのでは?」
「そうですね。交渉次第ではお養父さまの第二夫人となることもできたかもしれません」
「それは……公爵が世の男から怨嗟の声を受けたかもしれませんね」
と、そんなどうでも良い話はさておき。
「ですが、本当によろしいのですか? 隣国での生活はなにかと不便も多いと思うのですが」
「ええ。魔道具や調度品は輿入れの際に運ぶことができるでしょうし……これからこの国と教国はよりいっそう友好を結ぶことになるもの」
「互いに人質を取り合う格好になりますものね」
目を細めてセレスティナが呟けば、ルクレツィアが「ええ」と頷く。
「アナスタシアが教国の密偵でなければ、という前提だけれど、私を冷遇すれば『北の聖女』の身柄が危うくなる。ならば、敵対や支配のためにこの状況を作り出すとは考えにくい」
「あら、ご心配なく。ミハイル殿下がルクレツィア様を冷遇なさるようなら、私はフェニリードの一員としてこの国に尽くします」
「それは頼もしいわね。我が国は二人の聖女を擁し、アナスタシアを教国に貸し出す立場になる。……なかなか良い立場じゃないかしら」
それは、どこまでが国王の算段で、どこからがルクレツィアの予想なのか。
「私はね。ミハイル殿下と案外、良い関係を築けると思っているの」
「殿下はまだあの方とお会いしていませんわよね? こう言うのもなんですけれど、かなりの奇人変人ですわよ?」
「奇人変人なら私も同じよ。……それに、彼の奇行の何割かは打算でしょう?」
水を向けられたアナスタシアは苦笑しつつ「でしょうね」と答えた。
「変人を演じることで相手に自分を侮らせる。心の隙をついて情報を得、また、要求を通しやすくする。どこまでが本気なのか見極めきれないところも苦手なのですよ」
「だったら、それを前提にうまくやるだけよ。そういう相手であれば、求められている役割さえこなせば、こちらの要求も通りやすくなるでしょうし」
なるほど、強かなこの王女様には、あの変人王子の妻が案外合っているのかもしれない。
「では、わたしが義兄に都の流行を流しますので、ルクレツィアさまは義兄からそれを受け取られてはいかがでしょう? 代わりにこちらにも教国の流行を教えていただければ」
「それは素敵ね。でも、この国の流行はあなたのせいでめちゃくちゃになってしまうんじゃないかしら?」
「ええ、そうなるように力を尽くしましょう」
こうして、第四王女ルクレツィアは北の第一王子ミハイルの婚約者に立候補して。
◇ ◇ ◇
「ああ、こんな可憐なお姫様が妻になってくれるなんて!
……アナスタシアに袖にされた悲しみは簡単には癒えないけれど、王子として、これ以上の縁談は求められないでしょう」
果たして、ミハイルはその申し出を二つ返事で受け入れた。
王女の手の甲に口づけが行われて、
「王女ルクレツィア様。どうか私の妻になってください」
「はい。あなた様の隣に並び立てる日を、心待ちにしたいと思います」
ミハイルとルクレツィアが連れてきた書記官によって文書が作成された。
『両国の王の了承をもって、正式にこの婚約を成立とする』
ルクレツィアとミハイルの結婚が成立しないとアナスタシアとフラムヴェイルの結婚も成り立たない。逆もまたしかり。
書類に明記され、お互いが同じものを持ち帰ったことで詐欺みたいな真似も防止され──後に両国王の承認のもと、二つの婚約が正式に結ばれることになる。
こうして、義兄は『北の聖女』を妻に迎える運びとなり、彼にフラれたルクレツィアは地位としては公爵子息を大きく上回る北の王子を手に入れることになった。
これを機に、この国と教国の間には半ば同盟に近い友好関係が結ばれていくことになる。




