王弟殿下の婚約者 アヴィナ -9-
時間が惜しいので、俺がセレスティナを、アナスタシアがフラムヴェイルを連れて上に帰還した。
「アヴィナ様! 皆様がお集まりです。すぐにお召し替えを」
「ええ、お願い」
「わたくしたちも着替えてから向かいますわ。また後ほど」
緊急事態でも身支度が挟まるあたりはさすが貴族だが。
普段よりは急ぎで、ゆったりした普段使いのドレスに着替えると、主要人物の集まる会議室へと向かった。
程なくセレスティナやアナスタシアも合流して。
「状況はどうなっていますか?」
「向こうの砦から書状が届き、こちらの砦の者が運んできた。そこからはまだ何の動きもない。ひとまずは早めに返事をするべきだな」
書状を運んできた兵士は温かくして美味しいものをとってもらい、休憩してもらっているらしい。
「緊急であれば、わたしが書状を持って砦まで転移しましょうか?」
「それならば、私が直接、殿下を説得に参りますけれど」
「いや。急を要することになればアヴィナに頼むかもしれないが──アナスタシア様に出向いていただくのは悪手でしょう」
と、眉を寄せつつも養父──フェニリード公爵。
「先方はまさにそれを期待しているのかもしれない。近くに来てくれさえすれば、取り押さえることもできるのだから」
もちろんもう一回転移することはできるが、その場合、アナスタシアが自分の意思で逃亡したことになる。
逃げた先が他国なら、連れ戻すためと人を送りこむことができる。
「まずは対応を検討するべきだ。陛下から公的な指示を受けるのは難しいだろうからね」
「そもそも、教国から来る人間にはそれほど制限をかけていないからな」
と、これはテオドール。
検問のようなものは敷いているものの、旅人や商人であれば基本的には普通に入国できる。
軍人やVIPがいきなり来るのが普通はない、というだけだ。
「留めておける時間は長くはない。向こうとしては、湯治ついでに挨拶に来た、とでも言えば理由も立つ」
「では、基本的には受け入れる方針なのですね?」
「許可を求めているだけ、慣例に則っているとも言えるからな」
そうなるとそこまで話し合うことも多くない。
「出迎えには誰が出向くのですか?」
「当主代行として私が参りましょう。砦での会談が希望ならともかく、ただの出迎えで現公爵や『聖女』が出る必要はありますまい」
養父の弟──不在時に領地を取り仕切っている彼が勝って出てくれたことで方針は決定。
「……本当に申し訳ありません。こちらの殿下がご迷惑をおかけいたします」
「アナスタシア様が恐縮なさる必要はございません。……その上でお伺いしたいのですが、殿下の目的はやはり」
「はい。私の婚約に横やりを入れ、自身との結婚を求めるつもりでしょう」
滞在中の会話から見ても、アナスタシアが嘘をついている様子はない。
彼女のスタンスは王家から一線を引くこと、で間違いないはずだ。
「教国の第一王子殿下は、その、かなり情熱的な方ですわね?」
「そうですね。これまで幾度となく、情熱的に口説かれて参りました」
「にもかかわらず、アナスタシア様のお心は動かなかったんですの?」
「私にとっては、殿下よりもフラムヴェイル様のほうがよほど魅力的な方です」
いきなり名前を呼ばれた義兄が小さく肩を震わせて。
「申し訳ありません、アナスタシア様。どうか、ご本人の前でそれを口にすることはお控えください」
「あら。では、フラムヴェイル様と二人きりでなら構いませんか?」
「それは、まあ。……問題ありませんが」
意外といい雰囲気なんじゃないか、この二人。
照れるフランにくすりと笑ったアナスタシアはテオドールに視線を向けて。
「テオドール殿下。国王陛下とすぐに連絡を取る手段はお持ちではないのですか?」
「ふむ。……まあ、隠すことでもあるまい。もちろん、この公爵家にも、そして私にも、陛下と繋がる魔道具はある」
「ええ。我が国にも存在すると伺っておりますので、意外はございません」
「ならば、わかるのではないか? これはあくまでも緊急用の手段であって、公式的な命令には劣るのだ」
遠い距離での通信を可能にする魔道具なんてめちゃくちゃ高いに決まっている。
軍事的に見ても資産的に見ても盗んだり壊したりする意味が大きいので人前では使いたくないし、そうなると「王とこういう話をした」というエビデンスを残しづらい。
謁見の間で指示を受けたり、手紙でこうしろと言われたりに比べると、後から検証ができないという点で難があるのだ。
「話せる時間にも限りがある。故に前もって方針を纏め、了承を得る形を取る必要がある」
「納得いたしました。……では、私とフラムヴェイル様の婚約についても合わせて了承いただけるのですね?」
「あくまでもこの時点では口約束だがな」
というわけで、許可を得た教国の第一王子が翌日、この領都へとやってきた。
◇ ◇ ◇
護衛が数名、その他のお付きが数名で総勢十人ちょっと。
向こうの第一王子は銀の髪と青い瞳を持った、20歳ほどの青年だった。
「ああ、アナスタシア! 私に無断で他国の貴族と婚約しようなどと……私の胸がどれほど締め付けられたか、君にわかるかい?」
「殿下。王弟殿下や公爵家の方々の前で失礼です。どうか先にご挨拶を」
「ああ、そうだったね。……これは失礼。あらためてご挨拶させていただきます。私は教国の第一王子──名はミハイル。どうかお見知りおきを」
到着するなりアナスタシアに駆け寄り、騎士や兵が警戒する中、彼女の手の甲にキスをかました彼は、なんというか、うちの王子様たちとはまた違った性格らしい。
順番をひっくり返しての挨拶が、思ったよりもしっかりと行われ──かと思えば、彼はこちらの挨拶が終わらないうちに、
「おお、君が噂の『大聖女』か! これは美しい! まるで神話に伝わる神の姿そのものだ! ……ああ、この出会いをもたらしてくれた神に感謝しなくては」
今度は俺のところに歩み寄って大袈裟な賛辞をくれる。
さらに、彼が俺の手の甲にもキスしたところで、
「申し訳ありません、ミハイル殿下。アヴィナは私の婚約者ですので、不貞を疑われるような行動はどうかお控えください」
テオドールは仮面を外していないものの──その声はなんだか冷えている。
これにもミハイルは笑顔を絶やすことなく「ああ、そうだったね」と応じて。
「これは失礼いたしました、テオドール王弟殿下。……おっと、こちらはセレスティナ・アーバーグ侯爵令嬢では? これはまたお美しい、あなたもまた『聖女』だとか。ああ、我がアナスタシアと並び立つ姿などさぞかし絵になることでしょう」
まだやるんかい、と言いたくなるようなムーブをなおも続けた。
第一王子ご一行が客間に案内され、落ち着ける状態になったあと、セレスティナが「……なんなんですの、あの方は?」と眉をひそめていたが、正直全面的に同意である。
アナスタシアにだいぶご執心と聞いていたが、あれはどちらかというとただの女好き、そう考えるとランベールとは似たタイプなのかもしれないが。
「やはり、一筋縄ではいかなさそうな方ですね」




