聖女を導くもの アヴィナ -4-
ひとしきり歓談したあと、みんなにも披露することに。
突然ラバースーツ×3で現れた俺たちを見て、集められた面々は揃ってぎょっとした。
「これはまた……奇抜なことを始めてくれたね?」
「アヴィナ! これはまた君の仕業だろう!? アナスタシア様とセレスティナ様まで巻き込んで……!」
「ご心配くださってありがとうございます、フラムヴェイル様。私は自ら好んで着ておりますので問題ございませんよ」
苦笑してやんわり苦言を呈してきた養父は温厚なほう。
義兄フラムヴェイルなどははっきり頭を抱えて俺を咎めてきた。
実際俺のせいなので言い返すことはできないものの、アナスタシアから擁護が入ると少年はさらに目を見開いた。
「……いえ、あの、だとしてももう少し何か着ていただけたらと」
「ふふっ。きちんと肌は隠しておりますし、私たちは仮とはいえ婚約した身ではありませんか」
真っ赤になって目を逸らすフランに対し、アナスタシアは余裕の表情。
ぱっと見、そこまでの年齢差には見えないものの、実際は倍以上歳が離れているわけで──異性経験はなくとも人生経験が段違いか。
若い義兄は姉さん女房になにかと支えてもらうほうが合っているかもしれない。
「ところで、お義兄さま? 公爵領に居を移すことになると結局ご趣味は滞ってしまうのでは?」
それどころではなかったフランは「ああ」と何度か目を瞬いてから、
「考え方を変えたんだよ。アナスタシア様の仲介があれば、公爵領から教国へ遊びに行く事もできるかもしれないだろう?」
「ああ。ここは都と教国、どちらにも近いとも言えますものね」
「そういうこと。それに、実際赴けなくとも、両国の情報が入ってくるのは利点になる」
この国と教国でどんなドレスが流行っているか情報を集められればだいぶデザインの参考になるか。
「? フラムヴェイル様のご趣味、ですか?」
「ええ、私は恥ずかしながら絵が趣味でして。特に女性用の衣装を描くのが好きなのです」
「まあ。それでしたら、私が里帰りする際はフラムヴェイル様も来られては?」
「よろしいのですか?」
「もちろん、許可が下りればの話ですけれど。フラムヴェイル様おひとり程度ならば共に転移も可能です」
転移って、俺がフェニックスのところに行ったようなあれか。
「アナスタシアさまは教国の都まで転移が可能なのですか?」
「いえ、さすがにそれは。中継地点で宿泊して2、3日はかかるかと」
「ああ。各街の神殿に転移用の部屋を用意してもらえれば安全に跳べますし、宿泊場所も確保できますね。それならわたしでもなんとかなるかもしれません」
「……いや、うん、あらためて聖女のとんでもなさを実感したよ」
遠い目をする義兄からそっと離れると、待っていたようにテオドールがやってきた。
「君は、お二人の分の『それ』を創ったのか?」
「アナスタシアさまはご自分で作られましたが、セレスティナさまの分はそうですね」
「ふふん。どうですの、テオドール殿下。ランベール殿下も褒めてくださるかしら」
「私が貴女の婚約者ならばあまりいい気分ではないが」
自慢できる相手を求めてやってきたセレスティナが赤いラバースーツ(着直した)姿で胸を張れば。
テオドールは眉をひそめたうえでじっとその全身を見つめた。
「テオドールさま? はしたない衣装と仰られるならあまり視線を送らないでくださいませ」
「馬鹿を言うな。単に知的好奇心をそそられただけだ。色の変化も興味深いし──切れ目を加えたのは通気のためだろう?」
「そうですわ。アヴィナ様にお願いして加工していただきましたの」
作った際は全身覆っていたスーツだが、今は手首から先のパーツをオミット。
さらに背中に大きめのスリットを作って体温を逃がせるようにしてある。
「背中が開くドレスはありますし、そこまで突飛なものではないでしょう?」
「突飛だからこそ気に入っているように見えるが」
「そういう部分もありますわ。この光沢、色合い、癖になりそうですもの」
セレスティナはふりふり系が好きなんだと思っていたが、意外にシックというか、SM色が強い衣装も好みらしい。
ならば、
「セレスティナさま。もしや革の衣装などもお好みでは?」
「革、ですの? ドレスなどに用いるには不向きな素材だと思いますけれど」
「一体に整形は難しいので、小分けにして身に着けるのです。ベルトや紐を用いて身体に密着させると映えますし、その衣装とはまた異なる『味』が出ますよ」
「……あら。それは、なかなか面白そうですわね?」
お主も悪よのう、とばかりに笑んだ少女が手を差し出してくる。
俺はその手をがしっと掴んだ。
「なんだ。アヴィナ、いったいどうやってセレスティナを篭絡した」
「篭絡とは人聞きの悪い。単にお互いの趣味に妥協点を見つけただけです」
「おかしな趣味の持ち主が増えたようにしか見えないが」
まるで俺を評するような言葉のチョイスにセレスティナがぱっと表情を輝かせて。
「テオドール殿下から見て、わたくしはそこまで『おかしな趣味』に見えますの?」
「む? ……ああ、なるほど。『超越』か。さすが『北の聖女』、良い所に目をつける」
なんか今のやりとりだけでおおよその流れを察したらしいが……この人、頭回りすぎじゃないか?
「少なくとも常人には見えぬ。だが、人を超えた発想であれば必ず『至る』わけではない。おそらくは、あくまでもきっかけに過ぎないだろう」
「ええ、構いません。それに、わたくしが『至る』ためには殿下との子に王位を継がせてはならないそうですし」
「……それは、政争に大きく影響する話だな」
「ですので、今のところはあくまで『挑戦』としておきますわ。もしも、上手くいったならばそれはそれで、やりようはいろいろとありますし」
次代、次々代まで実権を握りすぎるのがまずいと言うのなら、例えばランベールに第二夫人を取ってもらい、そちらの子に王位を継がせるとあらかじめ公表してしまうという手もある。
それなら権力を握るのは第二夫人のほうになる。
もしくは夫であるランベールの死を契機に神殿に入る、と、あらかじめ決定しておくとか。
子供への王位継承をもってランベールともどもどこかに引っ越してのんびり暮らすことにするとか。
どうすればアナスタシアが許してくれるかも含めて話の流れ次第。
「そういえば、アヴィナ様はその黒に似た衣装を衣に合わせていましたわよね? 重ね着も含めればさらに幅が広がるではありませんの」
「ええ、もちろん。体温調整の問題が解決すればドレスの下に纏うこともできるかと」
「それだと少し生地が厚いのが気になりますわね。……薄く改良することも含めていろいろ考えなくてはなりませんわ」
ぶつぶつとあれこれ考え始めるセレスティナ。
テオドールほどではないが、彼女も宮廷魔術師を多く輩出する家の娘。魔法に関する造詣は深く、魔道具への興味も人一倍らしい。
奇跡と魔法の両方を運用できるようになれば常人の倍の速度で魔道具製作も夢ではないかもしれない。
嬉々とした令嬢を見て、テオドールはやれやれとため息をつき。
「『聖女』の発想と実現力には舌を巻く。きっとあの『魔女』も同意見だろう」
うん、ヴィオレ姉さまに聞かれたらまた盛大に拗ねられそうである。




