聖女を導くもの アヴィナ -3-
「……なるほど。これは確かに独特の着心地ですね」
アナスタシアの纏ったラバースーツは俺のものよりさらにぴちぴちだ。
なにしろ魔法で直に肌を覆ったので余分な隙間が一切ない。
豊かな双丘の形までしっかり象ってその丸みと張りを強調している。
……俺も今のが着られなくなったら自分で作ろうかな。
「ああ、やっぱり白もいいですね……! 黒は独特の深みがありますが、白だとある種清楚な印象になります」
「ええ、神に仕える者としてはこちらのほうが向いているかと」
「いえ、あの、白が清楚なのは確かにその通りですけれど」
「あ、アナスタシア様。まるで裸でいらっしゃるようで目のやり場に困ります!」
セレスティナや巫女たちの意見ももっともだが、当の本人は取り合わず。
「構わないわ。本当に裸を見られているわけではないもの」
「さすがはアナスタシア様、割り切っていらっしゃいますね」
「ありがとうございます。……ふふっ。慣れると快適そうですし、今日はこのまま過ごしてみようかしら」
「ええ、皆もとても喜ぶと思います」
「その『喜ぶ』には邪な意味が含まれていますわよね……!?」
まあ、健全な男子がエロい目で見てくるのを止めることはできないからな。
「それよりも、セレスティナさまもいかがですか? 一度試してみては」
俺の言葉にびくっとした侯爵令嬢は「い、いえ、わたくしは」と首を横に振る。
「わたくしではとても、お二人と同じことはできませんし」
「でしたらわたしが作りましょう。さあ、さあ!」
「セレスティナ様、昨夜『やってやりますわよ』と仰られたのはどなたですか?」
「ああもう、わかりました! わかりましたから、せめて白はやめてくださいませ!?」
「かしこまりました。では、赤で作ってみましょうか」
一糸まとわぬセレスティナ様の身体を覆うように奇跡でラバースーツを形成。
他人の身体だと締め付け過ぎないようにする加減が難しいが、なんとかうまく装着させることに成功した。
手の指から足先までセレスティナのすべてが赤色のボディスーツに飾られて。
「あら。赤色もまた趣が変わって素敵ですね」
「そうでしょう? 高級感が出るというか、大人っぽく見えるというか。赤も捨てがたいと思います」
光沢素材のせいか若干メタリックというか、高級車のボディを見ているようなときめきがある。
「いかがですか、セレスティナさま? ……セレスティナさま?」
肝心の本人はどうかと言えば、なにやらぼうっと立ち尽くしていて。
衣装になにか不備があったかと思ったところで、
「これは……本当に独特の衣装ですのね? コルセットのように強引に締め付けるのではなく、肌にぴったりと密着して……」
呟くと、両手を持ち上げたり身をよじらせて背中側をチェックしたりしてあれこれ動きはじめた。
「不思議ですわ。身に着けている実感は確かにありますのに、ドレスと違って取り回しを意識する必要がない。本当にただ手足を動かしているような……」
お? これはひょっとして、ひょっとするんじゃないか?
若干うっとりし始めた感さえある令嬢を見て、俺はアナスタシアとにっこり微笑みあった。
「セレスティナさま? 鏡でもご覧になってみては?」
「あっ……ええ、そうですわね?」
あらためて鏡に向かい合ったセレスティナは、電撃にでも撃たれたかのように硬直。
「……これが、わたくし? わたくしの身体?」
「ええ、そうです。セレスティナさまの新しい『肌』です」
はあ、と、可憐な唇から息が吐き出され、白く柔らかな頬に明らかな朱がさす。
それは羞恥だけから来るそれでは明らかになく。
「適度な密着感。まるで全身を抱きしめられているようで……これは、これは」
「……気持ちいいでしょう?」
囁けば、彼女はそこで初めて感情の理由を理解したかのようにぞくぞくと身を震わせる。
「駄目ですわね、わたくしは。アヴィナ様は新しい装いを『当然のもの』にしようとなさっているのに」
「そんなことはありません。衣装で気持ちよくなってもいいのですよ、セレスティナさま?」
ここは押し時と見た俺はここぞとばかりに持論を展開。
「わたしは、わたしの趣味が世に認められることを目指しています。けれどそれは『着てもよい』『脱いでもよい』という認識を広めたいということであって、他人をいやらしい目で見てはいけない、『いやらしい目で見られることを喜んではいけない』ということではないのです」
そもそも俺の趣味はえっちな衣装だし、とはさすがに言わないが。
「……ですが、神に近づくことも目的のひとつなのでしょう?」
「その衣装を纏っても奇跡の効果が落ちることはないと思います。それは神が認めていらっしゃるからではありませんか?」
言われたセレスティナは短い祈りを口にして小さな光を生み出して。
「……確かに。いえ、むしろ力が増しているような。何故ですの?」
「ふふっ。それは、セレスティナさまが『神の御手に抱かれているような』感覚を覚えていらっしゃるからでは?」
「神の、御手に」
祈りに集中している時はある種のトリップ状態だ。
深く入り込むのに身体を締め付けないほうがいい人、そしてその逆がいてもそれは個人差。
セレスティナは「そうですの」と呟くと、自分の身体をぎゅっと抱きしめて。
「アヴィナ様。この衣装、色を塗り分けることはできるんですの?」
「魔法で行うのは至難ですが、奇跡でなら可能ですよ。あらかじめ絵に起こしていただければ確実です」
「それでしたらお洒落な装いも目指せますわね。なにも普段から全身でなくとも、手袋や靴下のようなものだけ身に着けることもできますし」
あ、なんかスイッチが入り始めた。
やっぱり着飾りたい派のセレスティナには脱いでもらうより着てもらうほうが合っていたか。
ラバースーツは俺の基本姿勢である「裸を目指したい」とは少し異なるベクトルにある。着ているのに裸であるということは、裸なのに着ているということでもある。
「ふふ、ふふふ。なんだか楽しくなってきましたわ。この素材でスカートを作っても面白そうですし、それで、それで……ああ、興奮したら身体が熱く」
「あ。アヴィナ様? この症状は興奮のせいだけではないのでは?」
「そうでした! セレスティナさま、一度そのスーツを脱いでくださいませ!」
だんだん茹だった感じの表情になってきた令嬢を慌てて救出。
なにごとかと言えば、あれだ。
ラバースーツというのは通気性においては最悪。そんな素材で全身を覆っていれば蒸し風呂に入っているようなものであり。
冬場の外気にさらされていてなお、短時間でびちゃびちゃになることさえあるくらい『暑い』。
少し休んだらよくなり始めたセレスティナは息を吐いて、
「どうしてアヴィナ様たちは平気なんですの……?」
「わたしたちは奇跡を用いて体温調節していますので」
「それでは本当に聖女専用の衣装ではありませんの!」
「ええ。冗談ではなく、奇跡を用いる修行のために活用できそうです」
この結果にセレスティナはふて腐れたように頬を膨らませるも、すぐにはっとして。
「いえ、それならば騎士が用いている魔道具が使えますわね。鎧が蒸れるのを防ぐための品ですけれど、体温調整という意味では同じですし。あれを小型化・軽量化して四肢と首にでも装着すれば……」
その発想は生粋の聖女であるアナスタシアや俺にはできない。
アナスタシアはくすりと笑って、
「本来の意味の聖女かどうかはともかく、この国にとってセレスティナ様は立派に『聖女』なのかもしれませんね」




