聖女を導くもの アヴィナ -1-
「これは……素敵なお風呂ですね!」
大人の魅力を兼ね備えた絶世の美女は、プロポーションも完璧で。
俺同様に傷も染みもない肌、セレスティナを上回る胸の大きさはまさに圧巻。
そりゃ、向こうの王子様も欲しがるよな、と納得してしまう。
公爵家自慢のVIP用風呂を見渡したアナスタシアに、お付きの巫女も同意して。
「ええ。広さは神殿の水浴室に勝るとも劣らぬものですが……」
「調度品の質や目を楽しませる趣向では断然こちらです……!」
ん? でかくないか、神殿の水浴室。
頭に疑問符を浮かべた俺を見て、アナスタシアは微笑み、
「みなで使えるように広い場所を用意しているのです。
普段は清らかな水が満ちるように、魔道具のようなものを作って整えていますが、時には湯を満たすこともあるのですよ」
「奇跡で魔道具を……それは考えたこともありませんでした」
「あら。神の石による聖印も、ある意味では聖具でしょう?」
聖具か。なるほど、言いえて妙である。
魔道具同様に力を補充しないと使えないとすれば、聖女が常駐している場でもないと実用性がない。
そう考えるとこっちの神殿で廃れているのも納得である。
「ふふ。このような場所でご一緒できるとは……。神に感謝しなくてはなりませんね」
「ええ。これも神のお導きでしょう」
俺がここにこうしているのは神様チートの賜物だ。
「ところで……セレスティナさまも、早くこちらに参りませんか?」
「無茶を言わないでくださいませ。気軽に『並べ』と言われても心の準備ができませんわ!」
裸を見せるのは慣れているだろうに、わざわざ湯浴み着なんかを用意しつつ、こそこそと近づいてくるのはセレスティナ。
せっかくだから一緒にと誘ったのだが、なんだか恥ずかしがっている様子。
「セレスティナさま。ランベール殿下に捧げるご自慢の身体ではありませんか。もっと自信を持ってくださいませ」
「それはそうですけれど……聖女二人に並べるほど、わたくしは自信家ではありませんわ」
「あら。セレスティナ様はとてもお美しいですのに。……ほら」
「ひゃん!? へ、変なところを触らないでくださいませ……!」
『北の聖女』様に腰を軽く抱かれて悲鳴を上げる侯爵令嬢。
うん、やっぱりアナスタシアはちょっとその、同性愛の気があるような?
「もう……! わたくしと似た容姿で、わたくしよりも美しいのですから……妬けてしまいますわ」
やけになったように素肌をさらけ出しつつ、ため息を吐き出すセレスティナ。
それぞれに髪や身体を『洗われ』ながらも会話は続いて。
「ふふっ。もしも『こちらに』来る気があるのならば、その美しさにもより磨きがかかりますよ」
「! そういうものなんですの……!?」
世の女性のほとんどが神を目指したがりそうな情報だが。
「ええ。……私は、あなたが『真の聖女』を目指すことに断固反対いたしますけれど」
「っ」
びくりと、セレスティナは身体を震わせた。
「何故、わたくしが『そちら』を目指してはいけないんですの?」
「あなたが国の中核に位置しているからです。私は、私が王妃となることを認めませんし──それはあなたであっても同じです」
簡単に、アナスタシアは「第一王子からの求婚の件」を口にする。
「聖女が国そのものを掌握することはあってはなりません。絶対に」
「……では、わたくしが殿下との婚約を解消すれば、聖女を目指しても構わないと?」
「構いません。むしろ、大歓迎です」
にこりと、なんの屈託もなくアナスタシア。
本人には悪気がないのだろう。実際、セレスティナ個人にはむしろ好意を抱いているように見えるが、なかなかに食えない。
価値観が普通の貴族とも、転生者である俺とも違う。生粋の『聖女』。
「アナスタシアさま。その言い方ですと、まるでこの国の政略結婚に干渉なさっているかのようです」
「ああ、申し訳ありません。そのようなつもりはないのです。ただ、王妃になるつもりならば『真の聖女』は目指さないで欲しいと申し上げたまでで」
これに、セレスティナは顔を俯かせた。
「それでも、わたくしは、あなた方に置いていかれたくありませんわ」
「それは違います。置いて行かれるのは私たちの側ですよ、セレスティナ様」
聖女は人を超越した寿命を持っている。故に、結婚相手より先に逝くことは基本的にありえない。
それどころか、子や孫の死を看取ることさえあり得る。そうアナスタシアは語った。
「役割を終えて次に繋ぐことのできるあなた方は、私たちとは別の役割を持っている。それだけの話です」
「わたくしでは、聖女の位には不足ですの?」
「そうではありません。あなたには十分な素質があるでしょう。おそらく『至る』ことも不可能ではありません」
その話は俺も気になる。
身体を洗い終わり、温かな湯に身を浸たしながらアナスタシアに尋ねた。
「人が『神』に『成る』有効な方法を、アナスタシアさまはご存じなのですか?」
「簡単です。常人であることをやめればいい……それだけです」
「それは、結局のところ『偉業を成せ』ということではありませんの」
この問いに『北の聖女』は首を振った。
「それも一つの方法ではありますけれど、固執する必要はありません。行いであっても、生まれであって、精神性であっても──人を超越することが『至る』ための道筋になります」
例えばアナスタシアは素質を見出され、幼少期から厳しい修行の果てにそこに至った。
例えば俺は神に似た容姿を持っていたために『成る』に至った。
どちらもないのなら偉業を打ち立ててみせてもいいし──常人であることを、意図的に捨ててみせてもいい。
沈黙。
「……精神性において人を超越するとは、具体的にどういうことですの?」
「無私の愛情。退魔の遂行。神への絶対的信仰。……様々な形が考えられますが、そうですね。わかりやすいところで言えば、アヴィナ様のご趣味などいかがでしょう?」
「わ、わたしですか!?」
しかも、なんかすごいところに話が繋がったぞ?
さっきまでの時点で、主人に絶対の忠誠を誓うメイドたちは「これあんまり聞きたくない話だなあ」という顔をしていたのが、ここに来てはっきりとそれが驚愕の表情に変わる。
「あ、あの、アナスタシア様? それはまさか服飾のお話ではありませんわよね?」
「いえ、それで合っております。装うことを放棄することで神に近づく──私も興味がありまして、アヴィナ様に詳しくお話をお伺いしたいと」
「! そういうお話であればいくらでもいたしましょう。夜通しでも構いません」
はっちゃけている自覚はあれど、俺としてはここでチャンスを逃すわけにはいかない。
目をきらきらさせながらぐいっと身を乗り出せば、セレスティナが「ああもうめちゃくちゃだよ」という表情で頭を抱えた。
「神に近づくために裸になれ、などと、気が触れたとしか思えませんわ」
「ですから『いっそ気が触れていると思えるほどに自己を解放せよ』というお話です。そうでしょう、アヴィナ様?」
「ええ、その通りです」
「いえ、アヴィナ様は絶対にそこまで考えていませんでしたわよね!?」
考えていないが、まあ理論的にはそういうことになる気はする。
「うふふ。どうしましょう、セレスティナさま? どうやらわたしの趣味に付き合うことが修行になるようですけれど」
「……ああ、もう!」
横に「目を輝かせた北の聖女」がいる状況、追い詰められたセレスティナはとうとう叫んだ。
「やればいいんでしょう、やれば! やってやりますわよ!」
うん、ここにアーバーグ侯爵がいたら俺たちに決闘を申し込んだかもしれない。




