真の聖女 アヴィナ -8-
「さすがですね。既に雪解けの結界を習得なさっておいでとは」
「教国では、この結界も技術として継承されているのですか?」
「そこまで体系化されているものではありませんけれど、我が国では先代『聖女』が後継を育てるものですので」
出迎えが無事に済んだ俺たちは、俺と『北の聖女』──アナスタシアを中心として山の麓へと向かっていた。
そう、俺とアナスタシアが中心で、である。
各陣営の最重要護衛対象が並んで歩いているとか、守る側からしたら正気の沙汰ではないわけだが、
『問題ないでしょう? 聖女が本気になれば、ここにいる戦力の大半をひと息に吹き飛ばせるのですから』
今そうしていない時点で交戦の意思はない……という意味だと理解していてもなお、戦慄せざるをえない宣言が無理を押し通した。
なお、この宣言を受けて騎士の一人が「本当に可能なのですか……?」と俺に耳打ちしてきたものの、
『そうですね……。かつての魔女が得意としたという雷撃を、全方向へ同時に放つ程度でしたら、わたしでも可能かと』
これを聞いた護衛たちは「あ、確かにそうなったら無理だわ」と心を一つにした模様。
もちろんテオドールはその程度では動揺せず、「妙な動きをしたら切り捨てさせていただく」と警告するも、アナスタシアは動じず、
『ええ、かしこまりました』
と、微笑んで答えただけだった。
「ところで、アヴィナ様? 仮面を外して素顔を見せていただくことはできませんか?」
「あ……そうですね。我が国では既に周知の事実ですし、外しても問題はないでしょう」
ちらりと視線を向けても、テオドールはため息を共に小さく趣向するだけ。
お許しが出たので仮面を外せば──主に教国側の人間たちが大きくどよめいた。
「これは……なんと神々しい」
「アナスタシア様もお美しいが、アヴィナ様のお姿はまさに神そのもの……!」
信仰心の強い国なのが幸いしてか、俺の容姿に邪な反応をする者はぱっと見いない。
そして肝心のアナスタシアは手を胸の前で組み合わせて──恍惚の表情。
「まあ、素敵……! 私が男であれば真っ先に結婚を申し込んでいるところです……!」
「あ、ありがとうございます。ですが、アナスタシアさまが聖女でなくなるのは国家的な損失では?」
「確かにその通りですね。……残念です。聖女同士の婚姻なんてとても素敵だと思うのですけれど」
この人ちょっと変なひとだな……?
俺は『北の聖女』に対するイメージを修正しつつも、念のため「急に攻撃系の奇跡どーん!」とかされないように最低限の警戒をしながら馬車までアナスタシアを案内した。
あらかじめ余裕をもって馬車を用意していたので問題なくアナスタシアたちを乗せることに成功。
車内には俺、アナスタシア、父公爵、アナスタシア付きの巫女、両国の騎士各一名。
「あらためまして、訪問を許可してくださり感謝いたします、フェニリード公爵」
「とんでもございません。『北の聖女』様の来訪とあらば、喜んで懐を開くのがフェニリードの務めでしょう」
フェニリードは国における北の守りであると同時に、神獣フェニックスの守り手。
『神』に対する特別な敬意を持っていることから、たとえ他国の人間であっても『聖女』を邪険にすることはできないわけだ。
「聖女様の目的は聖地の訪問──ということでよろしいのですかな?」
「ええ。それから、もちろんアヴィナ様にお会いしたかったこともありますし──もうひとつ、大事な目的がございます」
「ほう、それはいったい?」
「詳しいお話は落ち着いた場所でいたしましょう。ご子息──フラムヴェイル様もご一緒に」
なんかいろいろあったが、ようやくこの話にこぎつけた。
敢えて同席を求めるということは……お義兄さま、けっこう脈ありなのでは?
◇ ◇ ◇
領都に入るに際して、教国側の人間は最低限を残して武装解除を要請された。
形ばかりのものだと両者が理解しているため、これはあっさりと了承。
街に足を踏み入れた北の人間たちを、領都の民はこぞって歓迎した。
「あれが『北の聖女』様……!」
「アヴィナ様と並ぶお姿を見られるなんて、いつ死んでも悔いはない……!」
いや、頼むから長生きしてくれと思いつつも。
俺はアナスタシアと共に笑顔を作り、民たちに手を振った。
と、なにかを思いついたらしいアナスタシア、馬車の窓へ向かって手を差し伸べると──きらきらとした浄化の光を周囲に振りまき始める。
もう一方の手が俺の手を握って「さあ、アヴィナ様も」。
「もう、仕方ありませんね……」
つないだ手からじわりと伝わる熱が、なんだか心地いい。
聖女同士の共鳴現象とでも言うのだろうか、いつもよりもずっとスムーズに奇跡の力が引き出されていく。
領都全体を包むような光の粒の中、馬車が到着して。
みゅうみゅうみゅうみゅう!
うさぎたちがいつも以上に嬉しそうにぴょんぴょんぴょんぴょん飛び跳ねる。
「まあ、可愛らしい。この子たちが噂に聞く、神獣様の眷属なのね」
うん、うさぎに好意的な人間に悪い人はいないんじゃないか? いや、それはともかく。
「お待ちしておりました、聖女アナスタシア様」
「お目にかかれて光栄ですわ。どうぞごゆっくりなさってくださいまし」
フランやセレスティナ、それから公爵家の面々に出迎えられた『北の聖女』は、客室に案内されるのを待つことなく、参加者を限定した話し合いの場を希望した。
◇ ◇ ◇
「不躾なお願いであることは重々承知しておりますが……申し訳ございません。なにぶん、私は神にお仕えする身。普段は貴族社会から離れて生活しておりますので」
「ああ、こちらは構いません。そちらがお疲れでなければこのままお話を進めましょう」
信頼できる最小限の護衛だけを残し、VIP用の応接室へ。
騎士の数を極限まで減らし、王弟であるテオドールまで護衛としてカウントしての相談の場。
聖女と話したくてうずうずしている様子のセレスティナまで「後でね」と参加を却下され、俺と父公爵、フラムヴェイル、そしてアナスタシアとお付きの巫女一人だけが主な参加者である。
出された紅茶を一口飲んだアナスタシアは「美味しい」と微笑んでから視線を戻して。
「お話というのは他でもありません。私──聖女アナスタシアは、フェニリード家長子フラムヴェイル様に求婚いたします」
「!」
息を呑む一同。おお、ほんとに結婚の申し込みだったのか。
「……これは、ありがたいお申し出で。しかし、フラムヴェイルへ恋慕の情を抱かれている……という、単純なお話ではないのでしょう?」
「はい、もちろん。フラムヴェイル様とはこれが初対面ですし」
フランは絶世の美女から流し目を送られて緊張している様子。
「一目見て素敵な方だと感じましたが、私なりの意図と、それから条件もございます」
「条件、ですか」
「はい」
やはりそこが争点。
「私がフラムヴェイル様に結婚を申し込むのは、フラムヴェイル様が『公爵家の後継ぎとなるのであれば』という条件付きでございます」




