真の聖女 アヴィナ -7-
「セレスティナさまは、どうしてそこまで『上』を目指すのですか?」
帰り道の途中で、俺は侯爵令嬢にそう尋ねた。
「置いていかれるのは癪だからですわ」
長い迷路に辟易した様子の彼女は、前を向いたままはっきりと答える。
「国の役に立ちたい。民の暮らしを良くしたい。……奇跡の力を苦手とする聖女と、大聖女の好敵手など名ばかりだと言われ続けて黙っていられるものですか」
言葉の上では好戦的だが、その声音には歯がゆさ、悔しさが溢れている。
彼女も優しい──というか、優しすぎる人なのだ。
幼少期に奇跡を得意としていたというのは伊達でもなんでもない。
セレスティナ・アーバーグは十分に聖女に向いている。
けれど、その答えに、父──フェニリード公爵は息を吐く。
「アーバーグ侯爵令嬢。『神』への到達は昇進や、魔法の上達とはわけが違う。それを目指す事が必ずしも正解だとは私は思わないよ」
「それは、わかっているつもりですけれど」
「そうかい? では──『至った者』に国王陛下以上の重責がのしかかるということも?」
ここでようやく、セレスティナは俺を振り返った。
「……そうですね。王位は受け継ぐものであり、時期が来れば次代に引き継ぐことのできるものです。この国では生前退位も珍しいことではありません」
俺の言葉をフラムヴェイルが引き継いで。
「けれど、『神』に『成れば』後戻りはできません。人よりも強い力を無数の人々が求め、期待し、悠久の時を他者のために生き続けることになる」
グリフォンは人のために戦い続け、ついには命を落とした。
フェニックスは争いを避けて引きこもりながらも、人に加護を与え続ける。
「……アヴィナ様は、そのような覚悟で神に至ったんですの?」
「わたしの場合は他に選択肢がなかったといいますか、孤児から居場所を求め続けた結果です。侯爵令嬢として、殿下の婚約者として、十分な役割と権限のあるセレスティナさまは別の道を選んでもよいかと」
老化しない身体になれば配偶者一人を先に逝かせることにもなる。
俺の場合、テオドールとは変わり者同士なのであまり気にしていないが……ランベールは国の中枢にい続けるかもしれない人物だ。
そんな、俺たちの「やめたら?」という説得に、セレスティナは「それでも」と答えた。
「それでもわたくしは、可能性があるのなら挑戦したいのです」
◇ ◇ ◇
上に戻ると、俺がフェニックスの居所からワープした話が主要人物全員に広まっていた。
好きなように行ったり来たりできる俺はやはり神獣と等しい存在だと、公爵家の血族に敬われ崇められて非常にむず痒い。
「自業自得ですわ。……と言いますか、アヴィナ様を脅せば神獣様の元へ直接移動できてしまうのではありませんこと?」
「その場合、神獣様の棲み処まで行く必要があるか? という話もあるね。神獣、あるいは同格の存在が必要なだけなら、アヴィナを捕らえた時点で達成している」
「なるほど。我々としては、アヴィナ様を奪われた時点で詰みですのね」
すっかり最重要人物扱いである。
仕方ないので俺は屋敷にいる時間の大半をフェニックスの元へ遊びに行くことで費やした。
「フェニックスさまは、わたしの衣装を気になさらないのですね?」
『服飾の概念は理解していても、実感はしていませんからね。どのような服装でも「見慣れない格好だな」と思うだけでしょう』
一人でダイレクトに遊びに行けるのでなにしろ気軽だ。
最初のうちはエレナたちもびっくりしていたものの、すぐに「行ってきます」と伝えてさえおけば騒いだりはしなくなった。
フェニックスと話したのは他愛ないことが中心。
俺の生い立ちや、今の世界の状況についても話した。フェニックスの昔話も、ねだればぽつぽつと話してくれた。
『アヴィナ。いつまでここにいられるのですか?』
「冬の休みが終わるまでには戻りますので、2週間と少しといったところでしょうか。……都からここへ転移してくるのはさすがに難しいですよね?」
『不可能ではないでしょうけれど、かなりの修練と魔力を必要とするでしょうね』
「では、すぐには難しくとも必ずまた会いにまいります」
『ええ。私にとっては年単位の時間も長くはありません。うさぎたちと共にのんびりと待つとしましょう』
そのうち、いちいち戻るのが面倒になってフェニックスの懐でうとうとしてしまうことさえ出てきて。
一度本気で寝落ちしかけた時は奇跡が途切れて「熱……っ!?」となったものの、二度目からは慣れたのか、寝ていても熱防御を切らさなくて済むようになった。
それから、空いた時間で友人たちへのお土産を見繕ったり、領民たちに顔見せをしたり、こっちの神殿に顔を出したりして。
あっという間に『北の聖女』のやってくる日が訪れた。
◇ ◇ ◇
公爵領の北──国境のある山岳地帯へと馬車が向かう。
少しでも人数を減らすためにフラムヴェイルとセレスティナは留守番だが、公爵と王弟、それに大聖女を連れた一団は、公爵領の兵も同行させてかなりの大所帯。
「昨夜からの雪が降り積もっておりますので、国境の砦まで時間がかかるかもしれません」
「でしたら、わたしが雪を解かしましょう」
フェニックスとの交流で覚えた結界の応用、範囲内の雪だけを解かす奇跡で道の雪をだけをすべて退けながら進む。
それを見た我が婚約者様はため息をついて、
「そんな事ができるならさっさとやってくれないか」
「領都へ到着してから習得したのですから仕方ありません」
これを見た騎士や兵たちは俺に畏敬のこもった視線を向けてきて──こういうのがさらに信仰を増やしていくことになるんだろう。
ともあれ、俺がいま気をつけるべきことは範囲を広げすぎて雪崩を起こさないようにすること。
ちなみに道と行っても隣国からの侵攻を遅らせるため、馬車が通れるほど舗装されてはいないため、砦までは歩きである。
というかそうじゃないと結界でも雪を解かすのがたぶん追いつかない。
「……さて、向こうの兵力はどれほどのものか」
「テオドールさま、そのようなことを気になさっていたのですか? 北の聖女さまはだまし討ちをするような方ではないでしょう」
「だとしても、他の思惑が絡んでいないとは限らない」
こちらも山中で戦うには十分な兵力を用意しているし、いざとなればテオドールの魔法や魔道具もある。
念のために気を引き締めつつ砦にたどり着き、国境のほうを見やると不思議な光景があった。
春が近づいてくる。
いや、雪のなくなったまっさらな地面がこちらに向かって伸びてくるのだ。
「……幻想的な光景ですね」
「我々も同じ光景の中を歩いてきたのだが?」
砦の人員がそうだそうだとこぞって頷いた。
「ともあれ。……それほど非常識な人数ではなさそうだな」
多くの騎士と兵士に守られて歩くのは、白い衣を纏った数名の女性。
中心にいるのが『北の聖女』だろうと、誰かに言われるまでもなくすぐにわかった。
眩い金髪に鮮やかな赤色の瞳。
月にたとえられがちな俺とは対照的な、太陽のような美貌。
確かにその容姿はセレスティナにどこか似ているものの──より『整いすぎて』いる。
美しすぎる容姿に人が神々しさを覚えるのは今更言うまでもない。
そして、そこそこの歳であるはずなのにどう見ても妙齢の女性にしか見えない。
「お初にお目にかかります。北の教国より参りました『聖女』アナスタシアでございます」
代表者が彼女ならば、俺が出るよりほかにないだろう。
「お目にかかれて光栄です。この国にて『大聖女』を務めております、アヴィナ・フェニリードと申します」
「お噂はかねがね。お会いしたいと思っておりました、アヴィナ様」
間違いなく、彼女──アナスタシアは俺と同じ『神』に『成った』存在だ。




