真の聖女 アヴィナ -6-
「待ちなさい。神獣様にあれこれ畳みかけすぎだ」
養父の制止を受けた俺たちはいったん冷静になった。
『そうですね。ひとつずつ、用件を片付けていきましょう』
フェニックスがそう言ったところで、なにやら上からぴょこん、と落ちてくるものがあった。
みゅっ。
白い毛玉。ぴょんぴょんと俺たちに寄ってきて楽しそうにするそれは、
「……うさぎ?」
『この子たちは、地上とここを行き来することができるのです。時々こうして遊びに来てくれるので、意外と退屈しないのですよ』
いや、すごくないかそれ? ワープか、すり抜けをしてるってことだろ?
ついでに言うとフェニックスの熱を受けている様子もない。
眷属の名は伊達ではないということか──待てよ。
「うさぎたちにできるなら、わたしにもできそうですね」
『あなたならばできるでしょう。この空間と、あなたの部屋を思い描けばいいだけです』
宛がわれた自分の部屋をイメージ──すると、飛行機の離陸直後のような感覚と共に部屋に移動した。
もちろんメイドたちはびくっとして「アヴィナ様!?」となったわけだが。
「気にしないで。神獣さまのところから直接移動してきただけだから」
「その説明で気にならないはずがないと思うのですが」
みゅ~。
「あら、スノウも一緒に行きたいの? じゃあ、一緒に行きましょうか」
「……なにがなにやら」
「さすがはアヴィナ様。常識では理解できないことを簡単に成し遂げてしまうのですね!」
帰りもあの空間をイメージしたらふっと移動できた。
まあさすがに魔力と体力はかなり使うが……スノウがみゅみゅ~と喜んでくれたのでよしとする。
「これならば、わたしはいつでも来られそうです。他のお話を優先させてくださいませ」
『しばらくの間、話し相手が増えますね。私としては嬉しい限りです』
「いえ、あの、アヴィナ様はとんでもないことを簡単にやりすぎでは? ……まあ、それこそが大聖女なのでしょうけれど……」
頭を抱えるセレスティナをよそに、フラムヴェイルがすっと進み出て。
「では、恐れながら、私の用件を先に聞いていただけますでしょうか」
『ええ、もちろん。……と言いますか、フェニリードの男は相変わらず硬いですね。もっと気を楽にしても良いのですよ?』
義兄は「無茶を言うな」と言う顔をしてから、こほん、と軽く咳ばらいをした。
「公爵家の後継について、父公爵と相談のうえ、神獣様のご意見もお伺いしたいのです。現状は、私が継ぐ方向で考えておりますが、不都合はございませんでしょうか」
『あなたたちには十分に良くしてもらっています。人の家のしがらみに関しては、あなたたち自身で解決してください』
「かしこまりました。……では、また決定の際にはご報告させていただきます」
フェニックス自身にはアルエットがいい、とかそういう希望はないらしい。
それならばいろいろと融通はきくか、ということで話はセレスティナに戻って。
「あらためてお伺いいたしますわ。神獣様、わたくしもアヴィナ様のように、類稀な奇跡の力を得ることは可能ですか?」
人が『神』に至る方法。
それはある意味、この世界そのものの在り方をも揺るがしかねない話だが。
『もちろん。……と言いますか、誰にでもその可能性はあるのです。つまりは「信仰」さえ得られれば良いのですから』
「っ」
一瞬、セレスティナはぱっと表情を輝かせた。
しかし、回答の意味をよりしっかり咀嚼した彼女はすぐにその難解さを悟る。
「信仰とは、どのように得れば?」
『それは、あなたたち人間のほうがよく知っているのでは? 人が特定の対象に信仰を抱くのはどのような時ですか?』
「……それは」
セレスティナは唇を噛んだ。
「自身や、大切な者が本気で困窮し、現実的な助けが期待できない時。
……あるいは、尊敬や信頼では収まらない、圧倒的ななにかを目にした時、ですわ」
『よく理解できていますね。ならば、それを実践すればよいだけです』
「っ! そんなもの、簡単には実践できません! それこそ偉業でも成し遂げない限り……っ!」
『そう。だからこそ、聖女は簡単には現れないのです』
むしろ、フェニックスやグリフォンのような「人ならざるもの」のほうが信仰は得やすい。
人は自分と異なるものを恐れる。
畏怖もまた信仰の一形態。強く貴い異形への思いが一定以上集まれば、それが彼女たちを神へと至らしめるだろう。
しかし、人はそうもいかない。
父公爵が深く頷いて、
「戦にしろ、政治的な功績にしろ、それが理屈で受け入れられる範囲ならば『信仰』には至らないだろう。我らが陛下をはじめとする王族でさえ、民から信仰されているとは言い難い」
単なる敬意では、いくら集めても信仰には足りない。
『北の教国はその点、うまく「聖女」を運用していると言えるでしょう。聖女の存在を代々喧伝し、その重要性を民にまで浸透させている』
もしかすると北の寒い土地というのも関係しているかもしれない。
自然の脅威に耐えるために救い主を求めたり、自然を神にたとえることはよくある。
『この方法は、この国が容易に真似できるものではないでしょう』
ぎゅっ、と、セレスティナの拳が握られた。
「つまり、わたくしがアヴィナ様やあなた様に追いつくには」
『並の人間では到底成しえないような、達成しただけで偉業と讃えられるような、そんな成果を挙げること。それが最も現実的な手段です』
つまり、俺がやった「グリフォンの新生」のようなことだ。
まあ、うん、ぶっちゃけた話。
「偉業を成すだけの力を欲して『真の聖女』を目指しているのに、肝心の手段が偉業の達成だなんて……っ!」
服屋に着ていく服がないではないが、そういう状態だ。
外に出られないなら服屋を呼べばいいじゃない、でもないが、そうやって無理で道理を引っ込められる存在でもなければ『神』には至れない。
例えば、最初から神にそっくりな容姿を持っていた俺のように。
『現実的な可能性で言うのであれば、あなたはかなり恵まれているほうです。あなたからはかつての聖女に近いものを感じますから』
「それは、『北の聖女』さまがそう言われるように、セレスティナさまが昔の聖女さまに似ていると?」
『そうですね。人の身から「神にもっとも近い眷属」に至った偉大なる者。セレスティナには彼女の面影があります』
ここで言う神とは神殿が崇める唯一神、つまり大元の神様のほうだ。
他の「神に至った者」たちはその神に連なる者として信仰を受けた結果なわけで、つまり、フェニックスもグリフォン、過去の聖女たちもみな神の眷属。
フェニックスの眷属にうさぎがいるのと同じようなものだと考えていい。
『私に言えるのはこの程度でしょう。もし不足であれば、件の「北の聖女」にも尋ねてみてください』
「……そう、ですわね。先達の体験談は参考になりそうですわ」
若干「こんなのどうしようもなくね?」という雰囲気を感じるものの、セレスティナはまだ諦めた様子ではない。
直近で北の聖女に会える予定なのはちょうど良かっただろう。生まれながらに特別だったフェニックスとは別の意見がもらえるかもしれない。
……俺はどうかと言われたら、大元が神様チートだからなにも言えないんだが。




