真の聖女 アヴィナ -5-
夕食を挟み、もう一度入浴して身を清めてから。
俺たちは思い思いの正装に身を包んだ。
「フェニリードの者ではないわたくしが赤を纏うのも、とも思いましたけれど、お相手がお相手、やはり『これ』が礼儀というものですわよね」
セレスティナは鮮やかな赤一色のドレス。
見た目の派手さと生地の質感に圧倒されそうになるが、仕立て自体はいたってシンプル。
同じデザインをグレーの量産品で仕立てたらきっとめちゃくちゃ地味になるだろう。
「アヴィナ様は……やっぱり『それ』なのですわね」
「もちろんです。むしろ、このために用意したと言っても過言ではありません」
俺は不死鳥の外套+必要最小限の布で隠すべきところを隠すという、以前神殿でも披露した『大聖女の装いマークツー』だ。
冬場は寒いと言っても屋内なら暖房が効いているし、不死鳥の外套で身体は温か。
そうでなくとも、これから向かう場所は厚着していられないくらい『暑い』ところだ。
「準備ができたみたいだね。それじゃあ、向かうとしようか」
別室で着替えていた養父、そしてフラムヴェイルと合流。
二人の不死鳥装備も外套、ただしもちろん男性向けのシックなデザインである。
きっちりしたスーツの上にその外套を羽織った姿はまさに公爵家の男子、なんだかんだ言いつつ、養父はフランを次期跡取りと考えて外套を仕立てたのがわかる。
ちなみにアルエットもコートを贈られる予定だが、仕立てるための糸だけ準備してまだ形にはなっていない。あんまり早く作ってしまうと(サイズ的に)成人してから着られなくなるかもしれないからだ。
公爵領に住む他の血族たちは直系と差別化するためか、手袋やマフラーなどを贈られることが多いらしい。
「お義兄さま、その格好は厚くありませんか?」
「そうでもないよ。不死鳥の外套は寒さだけでなく、一定以上の熱も妨げてくれるからね」
耐熱・耐冷における最上級装備。ゲームなら火山とか行く時に重宝するやつだ。その場合、たぶん火山のボスが不死鳥だが。
「わかっていると思うけど、念のために言っておくよ。神獣様のおわす場所への行き方は決して口外してはならない。たとえ、自分や大切な人の首にナイフが突きつけられてもだ」
「承知しております」
「アーバーグ家の一員として、ランベール殿下の婚約者として、しっかりと誓約いたしますわ」
途中までは屋敷の者や専属メイドに見送られたものの、そこから先は俺たち四人だけ。
王族であり、薄くフェニリードの血も入っているテオドールは来ようと思えば来られる立場ではあるものの、同行を辞退してきた。
王家ではなく別の家の継承問題であっても中心に置かれるのはごめん、ということらしい。
少々ややこしい道順で屋敷の地下室に入り、数本しかないという鍵で扉を開ける。
白い『神の石』でできた通路を少し進むとまた扉があったが、そこには鍵穴もノブも存在しない。養父が表面に手を触れることで反応し、ひとりでに動き出した。
「……これは」
扉のあった箇所をくぐる際に違和感。
「アヴィナにはわかるようだね。そうだ。扉を開ける際だけでなく、くぐる際にもそれぞれの資格を判別されている」
「では、わたくしは少なくとも同行者としては認められたのですわね……?」
ごく、と、唾を飲み込むセレスティナ。
捕らえた公爵家の人間に無理やり手を当てさせても、くぐる際にアラートなりトラップなりが発動する。
入り方を口外禁止したうえでこの警戒ようはさすが。
そこから先は石造りではなく、地肌がむき出しの通路。
ただし、まるで高温で熱せられたように通路の表面はつるつるで、しかも、通路は何本にも分岐していた。
「アヴィナ。正解の道がわかるかい?」
公爵の無茶ぶり。そんなもんわかるか、と思いつつ俺は意識を集中させてみる。
さらに地下から温かな、それでいて強大な波動。
かといってそれを真っすぐに追いかけても迷路は抜けられないはず──となれば、波動が通路を通して伝わってくるのを感じ取るしかないか。
聖印を握って心を研ぎ澄ませると、なんとなくわかる。
「こっちです」
正解するうちはいい、とばかりになにも言わずついてくる養父。
フランとセレスティナは顔を見合わせて。
「僕は、必死に道順を記憶するしかないのですが……」
「わたくしは最初から一人で来るつもりがありませんわ」
俺がおかしいみたいにするのはやめて欲しいと思いつつも、近づくにつれてどんどん波動は感じ取りやすくなって。
結局、俺はなにも指示されることなく最後まで正解の道を選び取った。
進むにつれて熱気が強くなり、セレスティナの肌に汗が浮かび始める。彼女は熱防御の魔道具を取り出し装着、暑さを和らげた。
「わ……っ」
行きついた先は、圧倒的な広さの大ホールだった。
強い熱気に包まれており、なんの照明もないのに煌々と照らされている。
熱気と明かりの主は、ホールの中央あたりでうずくまっている巨大な鳥である。
不死鳥──フェニックス。
深紅の瞳と燃える体毛を持ち、周囲に火の粉を散らす唯一無二の存在。
並の生き物ならば近づくだけで命を奪われてしまうその在り様は、一目でそれが尋常の存在でないことを知らしめる。
生まれたばかりの子グリフォンとは迫力が違う。
これが、成体の神獣。
フェニックスは、その両目で静かに俺たちを見据えて。
『よく来ました、公爵家の血族。それに──新たなる聖女よ』
頭に直接響くような声。
養父とフランが入ってすぐのところで跪き、俺もそれに倣おうとしたところ、
『必要ありません。あなたは私と同格の存在なのですから──アヴィナ・フェニリード』
こっちへ、と、呼ぶ声に従って足を踏み出す。
元の持ち主に近づいたせいか、不死鳥の外套がさらに活性化するのを感じる。
その力を肌で感じ取ると──ああ、こうやるのか、と、自然に「熱を和らげる方法」がわかった。
自分を包み込む程度の結界を張り巡らせるともう、快適な場所にいるのとなにも変わらない。
『ああ』
短い声には、明らかな歓喜の色があった。
『同類と出会うのはいったいいつ以来でしょう』
「同類……」
『そうでしょう? 見た目こそ異なれど、私たちは同類。共に生物の域を超えて「神」となった存在です』
ああ、なるほど。
フェニックスは争いを避けるために地下へ引きこもり、長い時を過ごしてきた。それは安全ではあるものの、寂しい時間だったのだ。
敬ってくれる一族はいても、対等に話せる相手はいない。辺境伯領のグリフォンが死んだと聞いた時『彼女』はどれだけ落胆しただろう。
「触れても、よろしいですか?」
『ええ、もちろん』
そっと彼女の羽毛に触れてもほんのり温かいだけで、後はひたすらふわふわした感触があるだけ。
これはちょっと、癖になる。
「あ、アヴィナ様。その、大丈夫なんですの……?」
「大丈夫ですよ。セレスティナさまも触らせていただいては?」
「い、いえ、わたくしは」
会話に応じて視線をセレスティナへ向けるフェニックス。
『セレスティナ・アーバーグ。神殿が任命したもう一人の聖女』
「……ええ」
一歩、前に踏み出しながら、セレスティナは答えた。
「一目、お目にかかりたく参りました。そして、聖女として──そう、聖女に相応しいわたくしになるために、どうか知恵をお授けいただきたいと思っておりますわ」




