王弟殿下の婚約者 アヴィナ -8-
「旅の間、ご両名の警護を担当させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
正式に『王族の婚約者』となった俺には城から護衛の騎士が任命されることになった。
今回の旅ではその選定の最終段階として、選ばれた騎士たちが護衛任務を担当してくれる。
同行する騎士の数、全部で16名。
討伐任務でもないのに随分多いな……? と思ったものの、王弟であるテオドールも一緒なわけで。
ついでに言えば『北の聖女』を迎えるのもミッションに含まれているのだから、これでも最小限に絞ったくらいだったりする。
ちなみに騎士の約半数が女性。
同性でないと困る場面(着替えとかトイレとか)もあるので女性王族には必ず女性騎士が一名は帯同する。
女の騎士は数が少ないので人数を集めるのもなかなか大変だろう。
王弟妃内定とはいえまだ公爵令嬢に過ぎない俺はできるだけ威張らず丁寧に接する。
なにか起こって結婚取り消しになった時にわだかまりだけ残っても困るし。
「アヴィナ」
「テオドールさま」
王弟殿下は防寒用にしっかりとしたコートを着込んでいる。
季節が冬に入り、都の空気もだいぶ寒々しい。こっちでも雪が降っておかしくない気候なので、北に行くとそれはもう寒いことだろう。
「お二人にとってはこれが初めてのご旅行ですね」
城から付けられたのは騎士だけでなく、侍女もそうだ。
こちらもお試しということで数名が同行することになっている。ついでに塔にこもりがちなテオドールにもがっつり傍仕えを増やしてやろうという企みもあるっぽい。
妙にうきうきしながら言ってくる彼女たちに俺は「そうね」と答えた。
「じっくりお話する機会にもなりますし、この旅で殿下との仲を深めたいと思います」
実際は辺境伯領行きでも一緒だったわけだが……あの時は護衛の冒険者という設定だったからお互い偽装に気を遣ったし。
魔物討伐に気を張る必要もないので気楽なものである。
さて。
城からの人員に加えて家からのメイド、護衛もろもろでめちゃくちゃ大所帯なので、他に何人いようと大差ない感じだが。
あらためて旅の主要メンバーを挙げると俺、父公爵、義兄のフラムヴェイル、王弟テオドール──それから侯爵令嬢セレスティナ・アーバーグの全部で五人だ。
王族であるテオドールが代表になるし、公爵家からはフラムヴェイルが名代になってもいいので、養父は参加必須ではないのだが……向こうでフランの結婚話が持ち上がる可能性もあるし、いたほうが話が早いだろうということになった。
そして一人蚊帳の外というか、フェニックスへのお目通りからも北の聖女の出迎えからも少々離れた立ち位置のセレスティナは、しかし気合十分、赤をメインカラーとしたコートに身を包んで凛とした佇まいをしていた。
「公爵閣下、此度の公爵領行きへの同行を許可していただけましたこと、あらためてお礼申し上げます」
「礼には及びません。セレスティナ様はランベール殿下の婚約者であると同時に、神殿の貴重な『聖女』でもあるのですから」
公の場では口にできないものの、養父はセレスティナにも「神獣フェニックスへの目通り」の許可を出している。
『もしかすると、フェニックス様との相性はアヴィナ以上に良いかもしれないからね』
目が赤いから火属性が強いんじゃね? という安易な考え方だけではもちろんなく、神官長が「セレスティナに似ている」とした『北の聖女』が太陽に例えられる古の聖女の再来であるからだ。
そもそも北の聖女がわざわざ公爵領に来たがっているのもその辺の意図があるだろうし。
「セレスティナ様と旅をするのも楽しそうでいいですね」
「あら。アヴィナ様はテオドール殿下と同乗なさるのでしょう? わたくしは公爵様とフラムヴェイル様、お二人と親交を深めさせていただきますわ」
「二人きりにしてくださるのですね? ありがとうございます。でも、お友達との時間も大事ですので、わたしともお話してくださいね?」
この令嬢の言葉にはだいたい裏が『ない』のはよくわかっている。
笑顔で答えれば、セレスティナはぴくっとして「……もう、アヴィナ様はとてもやりづらいですわ」と頬を染めた。
そんなわけで、馬車に乗り込み、公爵領に向けて出発。
前回よりは少ないとはいえかなりの大所帯、きっとこれからも移動のたびにこうなるのだろう。
「スノウ? 良い子にしていてちょうだいね?」
みゅみゅ! と、かごの中で鳴く白い毛玉。
少し浮かれて見えるものの、もともと頭の良い子なのでちゃんと言うことを聞いてくれる。
テオドールはそんなスノウを「ふむ」と観察して。
「向かう先が故郷であると本能的にわかるのかもしれんな」
すると「当然だ」とでも言いたげにみゅっと鳴くスノウ。
うん、なかなか良さそうな雰囲気だ。
「テオドールさま、うさぎはお好きですか?」
「好みではあるな。殺傷能力はなく、騒いでもたかが知れている。綺麗好きで、羽毛には利用価値がある」
「可愛いか可愛くないかで良いと思うのですけれど」
「そう言われても、愛でる対象は君で十分だからな」
そうやって急にぶち込んでくるの止めてくれないか?
うさぎ。そういえばバニーガールの衣装はまだ製作していなかった。もう少しして身長が安定してきたら作ってみてもいいかもしれない。
◇ ◇ ◇
今回は辺境伯領行きと異なり、騎馬と馬車のみによる機動力重視の編成。
おかげで移動速度は速めであるものの、野営を極力行わず、行く先々の街で宿を取るため、移動速度はそれほど大きくは伸びない。
また、進めば進むほど、白く降り積もった雪が進行を邪魔してくるように。
多少の雪なら踏み越えていけばいいが、足を取られるような深さになってくると、騎士たちの操る炎の魔法で溶かしながら進むことになる。
とはいえ主要な街道は他の旅行者が似たようなことをして道を開けているので、魔法の出番はそれほど多くない。
「先んじて進行方向の雪を溶かせるような魔道具は開発できないものでしょうか」
「考えたことはある。が、ただちに雪を溶かせるような暖気となるとな……。騎馬に使わせた場合、その騎士と馬が熱気で倒れかねん」
ああ、そうか、そりゃ熱を発する箇所がいちばん熱くなるもんな。
「馬車の上部に火球を放つ筒を取り付けるとか」
「馬車が先頭を走るケースは稀だし、そもそもそれはもう馬車ではなく戦車だ」
「私と君だけなら空でも飛んだほうが早いな。そろそろ飛べるようになっただろう?」
「試す必要がありませんでしたので練習はしておりませんが、この馬車ごと飛ぶくらいまでなら可能な気はいたします」
「それはそれである意味戦車と化すな」
俺とテオドールの馬車に同乗するメイド・侍女は二、三人ごとの入れ替わり制となったが、このいちゃいちゃしてるんだかしてないんだからよくわからない会話を、彼女たちはおおむね「あらあらまあまあ」という感じで聞いていた。
そうして、移動と宿泊を繰り返すこと数日。
「アヴィナ。領地の境を越えるぞ」
公爵領の境には、王家と公爵家の紋章が刻まれた金属製の杭が高くその存在を誇示していた。
その先にも街道のサイドに等間隔で背の高い杭が打ち込まれており、俺は前世にて、北国の道路に設置されていたアレを思い出す。
そしてその有用性を示すように、行く手にはなかなかに見事な雪原が広がっていた。




