パーティーに招待されました(2/2)
「わあ……すごい人!」
その日の夜。わたしは宣言通り、ロワイヤル兄妹と一緒に、ある上流貴族家で開催される夜会に出席していた。
会場の舞踏室は着飾った大勢の男女で賑わっている。優雅な音楽が流れ、誰も彼もが楽しそうにしていた。
「マルグリット、はぐれるなよ」
フローランさんは優しくもしっかりとした仕草でわたしを誘導してくれる。
素敵! パーティーでお父様以外の男性からこんなに丁寧にエスコートしてもらえたのは初めてよ! 元婚約者なんて、「なるべく離れて歩け。お前みたいなのを連れ回していたら俺の品格が疑われる」っていつも言ってたのに!
フローランさんは右手にわたし、左手にはナデジュちゃんを従えていた。両手に花ね! そう、わたしも立派な「花」なのよ!
今夜のわたしは深い紫のドレスを身につけていた。ネイルカラーもそれに合わせてある。全体的にシックな色合いだ。でも、印象としては地味な装いとはかけ離れているだろう。特に南半球が丸見えの胸元とかね。
まあ、一番恐ろしいのは、そんなドレスを華麗に着こなしちゃうわたし……って、前にもこんな風に思ったことなかったかしら?
「あら、マルグリット様じゃありませんか!」
「寝込んでいたとお聞きしましたが、お元気そうで何よりですな」
「また顔が見られて嬉しいです」
係員がロワイヤル一行が来たことを知らせると、会場中の視線が一気にわたしに集まった。
え、何何? わたし、こんなに早くから注目の的になっちゃった感じ? 「会場で一番目立ってやる!」って張り切った甲斐があったわ!
「マルグリット様、喉が渇いていませんか? お飲み物、用意しますよ」
「本日も素敵なお召し物ですこと!」
「さすがはロワイヤル家の若奥様ですなあ」
しかも、皆かなり好意的に接してくれている。
五年後のわたしって……ひょっとして皆の人気者ってやつ? こんなことってあるの?
だって十七歳のわたしは、いつも皆から軽んじられてたのに! わたしが歩く度に「ドスドス」って効果音をつけたり、「お太り様一名通りまーす」って言ってバカにしてたの、ちゃんと知ってるんだからね?
王子の婚約者である以外には取り柄がない娘。それが皆のわたしに対する共通認識だった。
「若奥様、ぜひ一曲お相手をさせてください」
口ひげを生やした、身なりのいいロマンスグレーの紳士がダンスを申し込んできた。
このわたしがダンスに誘われてる! パーティーに来て本当に良かったわ!
「悪いが、妻と最初に踊るのは夫の特権だ」
夢見心地で申し出を受けようとしたけれど、その前にフローランさんが素早くわたしをフロアの中心に連れ出す。本当に愛妻家ね!
心を浮き立たせながら音楽に身を任せる。
ふと、あることに気が付いた。
体がとっても軽い! ターンも複雑なステップもあっさりこなせる!
やっぱりこの体は最高だ。ダンスがこんなに楽しいと思ったのは初めてだもの! ぜい肉とおさらばするとこんなに良いことがあるのね!
「はいしゃいでいるな、マルグリット」
「はい! このまま何十曲でも踊れそうです!」
……まあ、さすがにそれは大げさだったようだ。大張り切りで踊りまくった結果、曲が終了する頃にはすっかりバテてしまっていたから。
「少し休んでいろ。飲み物を持ってくる」
フローランさんが料理の乗ったテーブルへ向かう。それと入れ違いで、男性がこちらに近づいてきた。……あっ! さっきわたしにダンスを申し込んできた人だ!
「お楽しみのようですな」
「とても楽しいパーティーですから」
笑顔で応じる。男性は「それは良かったです」と微笑んだ。
「事故のことを知った時は、本当に驚きました。ですが、もう心配はいらないようですな。こうして普段の生活に戻られたこと、大変喜ばしく思います。つきましては、今後ともぜひわたくしどもをお引き立てくださいますよう……」
「義姉様!」
不意にナデジュちゃんが会話に割り込んできた。
「兄様が探してたよ! ほら、こっち!」
「え? う、うん……。失礼します」
話し相手の男性に一礼してナデジュちゃんについていく。男性から充分離れたところで、ナデジュちゃんは立ち止まった。
「……フローランさんは?」
夫の姿を求め、辺りをきょろきょろ見回す。でも、ナデジュちゃんは「あれは嘘だよ」と平然と言ってのけた。
「いい、義姉様。さっきの男にあんまり近づいちゃダメだよ」
「何で?」
予想外のセリフに、わたしは目を瞬かせる。ナデジュちゃんは「何でも!」と口を尖らせた。
「義姉様は記憶がないんだよ。だから、それを利用して悪いことを企む人が出てくるかもしれないでしょう?」
「あの男の人がそうだっていうの?」
悪い人には見えなかったけど……と考えていると、ナデジュちゃんは「とにかく用心して」と言った。
「今の義姉様、隙が多いんだもの。もっと気を付けないと、大変な目に遭うよ」
そういえば、昨日もナデジュちゃん、わたしが隙だらけって言ってたっけ。でも、わたしとしては、いつも通りに振る舞ってるだけなんだけどな……。
そう思いながら、何気なく辺りに視線を遣る。
すると、周りの人たちがこっちをチラチラと盗み見しながら、様子をうかがっているのが分かった。
……何、この反応。
わたしと面と向かっている時には見せなかった表情だ。怖がっているとでも表現するべきかしら?
でも、そんな態度を取られるようなことをした覚えはない。一体何があったの?
「ロワイヤル様、お一人ですか?」
声をかけられ、我に返る。いつの間にかナデジュちゃんはいなくなり、知らない青年が傍にいた。
「よろしければ、ダンスをいたしませんか?」
「ええ、喜んで」
紳士的に誘われ、ちょっとほっとする。
そうよ。皆の様子が変だなんて、わたしの勘違いに決まってるわ。
多分、大きな事故から生還した人が珍しかったとか、そういう理由でこっちを見ていただけ。現に、この青年はこんなにも優しくわたしをエスコートしてくれてるじゃない!
……あら? でも、何だかおかしいわね。どうしてこの人、わたしを舞踏室の外に連れ出すの?
「あの……ここ、控えの間ですよね?」
青年が後ろ手にドアを閉める。何となく不安が湧き出てきて、わたしは胸の前で指を組んだ。
「マルグリット・ドゥ・ロワイヤル……」
青年が地の底から響くような低い声を出す。
さすがのわたしも、これはただことではないと気付く。「ひぃ」と二、三歩後ろに下がった。
「や、やめてください! わたしには夫がいるんです! あなたの気持ちには応えられません!」
「ロワイヤルめ! よくも俺をこんな目に……!」
青年が飛びかかってきた。わたしは「ぴぎゃあ!」と品のない悲鳴を上げる。
「フローランさん、助けてぇ! わたし、ヒロインが寝取られる展開のあるお話は好きじゃないの!」
「マルグリット!」
わたしの声が届いたのか、ドアを蹴破るようにしてフローランさんが室内に乱入してきた。
フローランさんはわたしに馬乗りになっていた青年の襟に掴みかかる。二人はそのまま取っ組み合いを始めた。
こ、これはあれかしら!? 一度は言ってみたいと密かに思っていたセリフ、「わたしのために争わないで!」を繰り出す絶好の機会!?
でも、夢が叶う前に、屋敷に仕える使用人たちが騒ぎを聞きつけ、二人を引き剥がした。
パーティーの主催者の中年女性が、「何事ですの!?」と泡を食った様子で駆けつけてくる。
「こいつが悪いんだ!」
フローランさんに殴られた目の周りを押さえながら、青年がわたしを指差した。
「この女が俺を嵌めたんだ! お陰で国王の側近になる夢が叶わなくなった! こいつさえいなければ……!」
「くだらないことでマルグリットを恨むのはよせ」
フローランさんは口の端から流れる血を手の甲で拭う。
「お前が期待を裏切ったのがそもそもの始まりじゃないか。……行こう、マルグリット。楽しんでいたところ悪いが、今日の宴はこれまでだ」
フローランさんがわたしの肩を抱く。ナデジュちゃんも傍にピタリとくっつき、ロワイヤル一行は馬車に乗り込んだ。
「あの……? 何が起きてるんです……?」
どうやらあれはナンパではなかったらしいと、ようやく気付きだした。
「わたし、あの人に何かしたんですか?」
「あいつは義姉様の犬だったんだよ。まあ、分かりやすく言えばスパイね」
ナデジュちゃんが訳知り顔で返す。わたしは「スパイ!?」と仰天した。
「そんなの、何のために必要なの!?」
「そりゃあ、色々だよ。邪魔な奴の周辺を探らせたりとかさ。ほら、ロワイヤル家って結構ライバルも多いでしょう? 父様は宰相の地位を兄様に引き継いで欲しいと思ってるけど、それに反対する人もいるんだよねー。で、そういう人たちがロワイヤル家に悪さをしないように、義姉様はいっつも気を配ってたんだよ」
「あの男も以前はマルグリットの手足として働いていた。が、彼はミスを犯して、それが君の逆鱗に触れてしまったんだ。そして、君はあいつにちょっとした罰を与えた。彼はそれが気に食わなかったんだろう」
ナデジュちゃんもフローランさんも、まるで天気の話をするように滔々と子細を語る。一方のわたしは呆気に取られていた。
わたしがスパイを雇っていた? で、任務に失敗したその人にお仕置きした?
本当に……それってわたしがやったことなの?
「フローランさん、ナデジュちゃん……。二十二歳のわたしって、どんな人なの?」
この疑問を口にするのは二度目だ。あの時は質問の答えを聞くまでもなく、わたしは自分のことを悪女だと思ったけれど……。
何だか頭が痛い。早くベッドに横になりたくて仕方がなかった。
「帰ったら、君にプレゼントを贈るよ」
フローランさんが神妙な顔で言う。
「自分で直接確かめればいい」
「……?」
何のことだかよく分からない。直接確かめるってどういう意味?
馬車がロワイヤル家の門を潜る。パーティーファッションのまま、わたしはフローランさんの居室に赴いた。
そこで彼が手渡してくれたのは、手のひら大のカギだった。
何、これ?
もしかして、秘密の部屋をこれで開けるとか!? そして、その先にはめくるめくような大冒険が……!
「ドルレアン銀行の貸金庫のカギだ」
妄想が膨らんできたけれど、フローランさんの口から発せられたのは夢のない言葉だった。
「ドルレアン銀行って、王都で一番大きくて歴史の古い銀行ですよね? そんな銀行の貸金庫に一体何が?」
「行ってみれば分かる」
フローランさんが面白そうに笑った。
これは、やっぱり大冒険の予感!? 宝の地図とかがしまってあるのかも!
そうよ! 美貌の悪女は世を欺く仮の姿! 本当のわたしは、財宝のためなら山を越え海を渡る冒険家なんだわ!
「お宝を見つけたら、山分けしましょうね」
慎重な手つきでカギを懐へしまう。
「わたしとフローランさんとナデジュちゃんにお義父様、お義母様……あっ、コペル家の人たちにも分けてあげないと!」
「……? そうだな……?」
フローランさんは何故かきょとんとした顔だ。夫の怪訝そうな表情は何となく気になったものの、まだ見ぬ冒険の方がわたしには大事だった。
「明日にでも早速ドルレアン銀行へ行ってみますね。帰ったら、冒険の準備もしなくちゃ。やることが山積みだわ……!」
お宝発掘の旅に出る前に、冒険小説をいくつか読んで予習をしておく方がいいわね。どんなのにしようかしら?
わたしはるんるんとした足取りで退出する。フローランさんは最後まで不思議そうな顔をしていた。




