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目覚めたら、婚約破棄の5年後でした ~わたしが悪女? 旦那様が妹の元婚約者? 記憶にございません!~  作者: 三羽高明


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7/23

新生活のはじまりはじまり(2/2)

 兄妹からデザートのおこぼれをもらい、夕食は終了した。


 明日からはわたしも皆と同じものを食べる、って料理人に言っておかないと。兄妹からの配給にこれ以上頼るわけにはいかないもの。


 こうしてつつがなく食事は終わったけれど、大変なのはその後の入浴だった。


「マッサージをいたしますね」

「角質をお取りします」

「髪のケアを始めましょう」


 わたし専属の何とかアドバイザーなる格好いい肩書きの人たちが浴室に入れ替わり立ち替わり入ってきて、せっせとお世話を開始したのである。


「あの……体くらい、一人で洗えますけど」

「若奥様、体は洗うものではなく磨くものですわ」


 チッチッチ、と舌を打ちながら、何とかアドバイザーさんが爪の間をブラシでこする。


 コペル家にも湯殿の世話をしてくれる人はいたけど、わたしはその手を借りたことはない。だって、ブヨブヨした体を見られるのは恥ずかしいし……。


 お風呂が終わってからも、まだ何とかアドバイザーさんから解放されなかった。体中にクリームを塗られたり、ヘアオイルをペタペタつけられたりする。


 手足の爪を綺麗にヤスリで削ってもらい、全ての行程が終わる頃には、なんと二時間も経っていた。


 普段はカラスの行水のわたしにとっては、呆れるぐらいの長風呂だ。美しさを保つのも大変なのね……。


 気疲れを覚えながら寝室へ向かった。まだ寝るのには少し早いけど、今日は色々あって疲れたから、早めに床につこうと思ったのだ。


 目覚めた時に寝かされていた即席の病室の寝台とは違い、寝室のベッドは豪華な造りだった。


 横になってみると、シーツはふかふかでお日様の匂いがした。幸いにも、わたしは枕が変わっても寝られるタイプだ。寝心地も悪くないし、ここでなら熟睡できそう!


 いつもは寝る前にホットミルクとクッキーをお供に本を読むんだけど、今日は無理そうね。だってわたしの私室には小説が一冊もなかったから。


 それに、わたしの大親友も! ぬいぐるみのラングドシャ卿!


「あなたがいないと眠れないのに……」


 八歳の頃から毎日彼に添い寝してもらっているのだ。それなのに、急に一人で寝るなんて心細くて仕方がない。


「わたし、どうして本もぬいぐるみも持ってないんだろう?」


 多分実家に置いてきちゃったのね。明日、人を遣って持ってきてもらおうっと。


「おやすみ、ラングドシャ卿」


 実家にいるであろう親友に就寝前の挨拶をする。その時、ドアが薄く開いた。


「誰だ、そのラングドシャ卿というのは」


 フローランさんだった。ぎょっとなったわたしは飛び起きる。


「フローランさん! ここはわたしの寝室ですよ!」

僕たち・・・の寝室だ」


 フローランさんが平然と言い返してきた。


 ああ! そうだった! わたしたち、夫婦だったわ!


「わたしとフローランさんは……いつも一緒に寝ていたんですか……?」

「当然だろう」


 フローランさんは何食わぬ顔で布団の中に潜り込んできた。わたしは悲鳴を上げそうになる。


「いけません、こんなの! 十七歳のわたしは、寝室にラングドシャ卿以外の血が繋がっていない男性を入れたことなんてないんですよ!」


「そのラングドシャ卿とかいう奴より、僕の方が絶対にいい男だ。君が望むなら、今から証明してやろうか?」


 フローランさんの目が妖しく光る。わたしは「ぎゃー!」と色気もあったものじゃない声を出した。


「ラングドシャ卿はクマのぬいぐるみです!」


 布団を目元まで引っ張り上げながら必死で訴えた。


「フローランさんが焼きもちを妬くような相手じゃないですよ!」

「……クマのぬいぐるみ?」


 フローランさんは肩透かしを食らったような顔になる。


「恋人じゃないのか?」

「違います! 親友です!」

「なるほど……クマのぬいぐるみが親友……」


 フローランさんは一瞬呆けた後、すぐにおかしそうに笑い出した。


「そうかそうか。そういうことだったんだな」


 フローランさんは布団の上からわたしをポンポンと叩いた。


「仲良しだったのか?」

「はい。夜もいつも一緒でした」


 言ってしまった後で後悔する。だってクマのぬいぐるみと寝てるなんて、十七歳の時でさえ妹に「お姉様、いい加減でそういうのは卒業しなさいよ」と呆れられてたから。


 でも、フローランさんはバカにするでもなく「今、彼はいないようだが大丈夫か?」と聞いてきた。


「あんまり平気じゃないかもしれません……。明日、実家から連れてこないと、って思ってたところです。ロワイヤル家のわたしの部屋には、彼はいないみたいですから」


「そうだな。僕も君がクマのぬいぐるみを愛好しているなんて今初めて知った」


 フローランさんが片肘をついて、ベッドに横になる。


「添い寝なら、今日のところは僕が親友の代役を務めてやってもいいが」

「え……」


 わたしは身を硬くする。けれどフローランさんは「何もしないから安心しろ」と返した。


「マルグリットのことは、いたいけな十七歳の少女として扱うと約束しただろう? 無体を働くつもりはない。君に嫌われたくないからな」


「さっきは襲ってこようとしませんでしたか?」


「……したかもしれないな。嫉妬していたんだ。すまない。許してくれ」


 フローランさんが眉を下げる。


 この人、腹黒かと思いきや意外と素直なところもあるのね。まあ、未遂だし反省してるし、今回は見逃してあげよう。


 それにしても、わたしが恋のトラブルに巻き込まれるなんて! ラングドシャ卿とフローランさんとわたしの三角関係!? 妄想が捗りそうな題材だわ!


「おやすみ、マルグリット」


 フローランさんが優しい声で囁く。


「添い寝じゃ物足りなくなったらいつでも言うんだぞ。僕は一晩中ここにいるからな」


「もうお腹いっぱいです……」


 添い寝するのは決定事項なのね。


 それにしても、生身の男性と一晩寝室で一緒に過ごすなんて! そんなイベントがわたしの人生で起こるなんて思ってもみなかったわ!


 なんだか緊張する……。ちゃんと寝られるかしら?


 なんて思った傍から、眠気が押し寄せてくる。すぐ傍に夫の温もりを感じながら、わたしはそのまま眠りに落ちた。

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