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目覚めたら、婚約破棄の5年後でした ~わたしが悪女? 旦那様が妹の元婚約者? 記憶にございません!~  作者: 三羽高明


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冴えないわたしが妖艶な人妻ですか!?(1/1)

 おかしい。何かがおかしい。


 使用人の案内で廊下を歩きながら、わたしは軽いパニックに陥っていた。


 目覚めたら五年が経っており、わたしはマルグリット・ドゥ・ロワイヤルになっていて、結婚相手が妹の婚約者?


 どう考えても異常事態だ。


 ひょっとして、これって何かの陰謀じゃないの? 誰かがわたしを騙そうとしているとか? わたしを嫌ったり恨んだりしている人……殿下!


 そうよ! そうに違いない! 殿下がわたしを陥れようとしているんだ!


 ロワイヤル家のご当主様は宰相閣下なんだもの! だったら殿下とも親しいはず! 彼に頼まれて、わたしをからかうために一芝居打ってるんだわ!


「こちらが若奥様のお部屋でございます」


 わたしがさっきまで寝ていたのは、ロワイヤル家の空き部屋に特別に作られた簡易的な病室だったらしい。使用人がドアを開けると、広がっていたのは小綺麗な室内だった。


 ふうん、ここがわたしの居室って設定ね?


 ソファーも机も椅子も、随分と豪華。皆、このくだらないお芝居のために揃えた小道具なんだわ。無駄遣いしちゃって! さすが、派手好みの借金王子なだけある。


 でも、ここをわたしの部屋って言い張るのは無理があるというものだ。


 だってこの室内、綺麗すぎるんだもの。わたしの私室は足の踏み場もないくらに散らかってるんだから。下手にものを動かされると、どこに何があるか分からなくなってしまうから、使用人には掃除させていないのだ。


 それに、この部屋にはわたしの心を動かしてくれるものが何もない。例えば、クマのぬいぐるみとか、棚いっぱいに詰まったお気に入りの本とか。どっちもわたしの生活には欠かせないものだ。


 ラングドシャ卿と名付けたぬいぐるみはわたしの大親友。どんなお喋りも黙って聞いてくれるし、悪口だって言わない。それに、夜は一緒に寝てくれる。


 彼と過ごすのと同じくらい好きなのは読書。


 サブリナは「お姉様は本の読み過ぎよ。そんなだから、変な夢想癖がついちゃうんだわ!」なんて言ってるけど、だからどうだっていうの? わたしとしては、本でも読まないとやっていられないのよ!


 だって、読書中は太っていてブサイクな自分を忘れられるでしょう?


 本に没頭して、もし自分が主人公と同じ立場に置かれたら……と想像してみる。そして、その話をラングドシャ卿に聞かせる。そうしている間だけは、束の間の自由を味わえるんだから。


 白けた気持ちで部屋を歩き回り、隣室の扉を開ける。そこにあったのは、服、服、服……。え、ここって衣裳部屋?


「信じられない……。お洋服のためだけに一部屋使うなんて……」


 頭がクラクラしてくる。


 コペル家にはわたし専用の書庫があったけど、この部屋はその書庫に負けず劣らず広かった。


 こんなお芝居のためにここまで色んな服を用意するなんて……ちょっとこり過ぎじゃない?


 試しに、近くにあった一着を手に取ってみる。


 うわ、何なの、これ。全然わたしの趣味じゃないし。布地の少ないセクシーなドレスは、おデブとは相性最悪だ。丸いお腹もずんぐりした足も隠せないもの。


 こんなのを着て表を歩いたら、いい笑いものになってしまう。それで、頭が変になったって思われるに違いない。


 顔をしかめながらドレスを元に戻そうとする。


 その時、壁際に設置されていた姿見が目に入った。


「だ、誰!?」


 鏡面に映った女性を見て、思わず奇声を上げてしまう。後ろを確認したけど、誰もいない。


 じゃあ……ここに映ってるのは……わ、わたし……?


 いつものわたしは、焦げ茶色の縮れた毛と、ニキビだらけの肌、控えめに言ってもふとましい体の、ぱっとしない女の子だったはず。


 でも、鏡の中から見つめ返していたのは、そんなわたしとは全く違う女性だった。


 髪はしっとりとした感触で、ふんわりカールしている。色も、艶やかなチョコレートのようだ。


 お肌もツヤツヤのスベスベ。産毛すら生えていない。


 しかも体型に至っては……ああ、ダメ! 好奇心が抑えられない!


 もどかしい思いで服を脱ぎ、「きゃあ!」と歓喜の悲鳴を上げた。


 わたしの腰にくびれが!? それにこのぺっちゃんこなお腹! 手足も細くて、まるで子ジカみたい!


 あとは胸! こんなに痩せてるのに、ここだけは太ってた時と同じくらい大きいなんて! どうやったらこんな奇跡みたいなことが起きるの!?


 そういえば、爪もピカピカだったわね……。


 わたしは鏡に写った自分に見とれてしまう。顔小っちゃい……。眉毛も綺麗に整えちゃって……!


 妖艶な美女。そんな言葉がしっくりくる。


「これはお色気たっぷりの綺麗なドレスも着たくなるってものね……」


 華奢な自分の裸身を抱きしめ、感嘆のため息を吐いた。この芸術的な肉体を服で隠してしまうなんて、あまりにも惜しい。


 わたしはオシャレや美容に興味がなかった。自分が手間暇かけるほどの容姿じゃないってことは、よく分かっていたから。それに、お肌の手入れなんかしている時間があったら、好きな本を一ページでも多く読みたいんだもの。


 それなのにこの変わりよう。これは一体どうしたことだろう。


「もしかしてわたし、本当に五年後に来ちゃったの……?」


 太ったブサイクな少女がたった二日寝込んだだけで、真っ赤なネイルが似合う色気マシマシの絶世の美女になるわけがない。夜中に妖精さんがやって来て、こっそりと魔法をかけたのなら別だけど。


 でも、妖精さんの仕業じゃないとするなら、一定期間の記憶を失ってしまったと考える方が自然だ。


 要するに、本当は二十二歳なのに、何らかの原因で過去五年間の記憶を無くし、心が十七歳当時に戻ってしまったということである。


 思い返せば医師もそんな説明をしていたけれど、あの時のわたしは混乱しすぎて話を真面目に聞くどころじゃなかったのだ。


 他には何て言われたっけ?


 確か、わたしの遭った災難は馬車にひかれたことではなく、船の事故だったとか何とか……。


 旅行へ行く途中に急に天候が変わって船が転覆し、海中に投げ出されたらしい。わたしは運良く王都の港に流れ着いたけど、その時にはすでに意識はなかったそうだ。


 大きな事故だったけど大したケガもなく、失ったのは記憶の一部だけというのは、ある意味では幸運だったのかもしれない。


 コンコン、とドアにノックの音がする。わたしは何の気なしに「はぁーい」と間延びした声を出した。


「マルグリット、調子はどう……何で裸なんだ?」


 指摘され、我に返る。


 そうだ! わたし、全裸だった! いくら芸術的な肉体とはいえ、こんなの人前に出ていい姿じゃないわ!


 慌てて服を着込む。うう、恥ずかしい……! 知らない人にこんな格好を見られるなんて、もうお嫁さんになれないわ!


 ……あ、わたし、結婚してたんだっけ。


「どうしたんだ、マルグリット」


 あまりの慌てぶりがおかしかったのか、半笑いの声が聞こえてくる。衣裳部屋に入ってきたのはフローランさんだった。


 裸を見ても動揺した素振りもないってことは、やっぱりこの人はわたしの夫なんだろう。つまり、わたし、この人にもう何回も恥ずかしい姿を見られてるの!? ああ、何てこと! 顔から火が出そうだわ!


 それにしても……この五年の間に一体何があったんだろう? 何でわたしが、妹の夫になるはずだった人と結婚してるわけ?


 こっそりとフローランさんを観察する。


 フローランさんはわたしと同い年の十七歳……じゃなくて二十二歳。


 やっぱり五年も経つからなのか、最後に見た時よりも背が伸びており、長身と言っても差し支えないほどの上背になっている。顔つきや雰囲気も大人びて、わたしが彼を別人だと思ったのはそのせいだった。


 でも、時折見せるどこか不遜にも思える表情は相変わらずだ。


 長く伸ばした髪は紅茶みたいなくすんだオレンジ色。緑のリボンを使い、低い位置で結わえてある。


 五年前のわたしがフローランさんに抱いていた印象は、どこか侮れない手強い人、という感じだった。


 もっとも、その考えが正しいのかは分からない。だってわたし、フローランさんとはあんまり話したことなかったし。


 それどころか、わたしには友だちが全然いなかった。誰かと過ごすよりも、本を読んで過ごす方が好きなたちだから。別に根暗ってわけじゃないけど。……多分。


「どうだ? 何か思い出したか?」


 フローランさんの問いかけに、わたしは静かに首を振る。彼はわずかに落胆したような顔になった。


「……これを見てもダメか?」


 フローランさんが懐から取り出したのは指輪だった。とっても綺麗なダイヤがついている。……ひょっとして、結婚指輪エンゲージリング


「これ……わたしのですか?」

「ああ。僕が贈った」


 フローランさんから手渡された指輪を、自分の指に嵌めてみた。でも、何も感じない。確かにサイズはぴったりだけど……。


 わたしが大した反応をしないせいで、フローランさんはますます残念そうに眉を曇らせた。


 妻に存在を忘れられた夫。彼は今、すごく惨めな思いをしているに違いない。そうと気付き、少し胸が痛んだ。 


「ごめんなさい。早く思い出せるように努力します」


 この五年後の世界が現実だとするならば、わたしのするべきことはそれしかないだろう。一刻も早く「マルグリット・ドゥ・コペル」から「マルグリット・ドゥ・ロワイヤル」になるんだ。


 ……いや、「戻る」って表現する方がいいかしら?


「わたしたち、いつから結婚してるんですか?」

「四年前だ」


 四年……。そんなに前からわたし、人妻だったんだ。何だか変な気分。


「でも、フローランさんはサブリナと婚約するはずでしたよね?」

「その話なら、コペル家の方から断りを入れてきた」


 で、代わりにわたしと結婚したってわけ? だけど、どうしてうちの方から婚約取り消しを申し出たんだろう?


「……お父様!」


 コペル家のことを思い出したわたしは、弾かれたような声を出した。


「そうだったわ! 色んなことがありすぎて、すっかり忘れてた! お父様はどうなっちゃったの!? まさか、まだ牢屋の中!? それにお屋敷は!? 現在も差し押さえられ中なんてこと……」


「落ち着け、マルグリット」


 フローランさんがわたしの肩にポンと手を置く。


「気になるのなら確かめに行けばいい。百聞は一見にしかずと言うだろう? ロワイヤル家とコペル家は、どちらも王都の貴族街に屋敷を構えている。馬車を使えばすぐだ」


 あっ、そっか! わたしたち、ご近所さんだったんだ!


「君は本当に家族思いなんだな、マルグリット」


 フローランさんが優しい顔になる。愛情に満ちた眼差し。ちょっとドキリとしてしまった。


「君はとても素晴らしい女性だよ」


 フローランさんが膝を折り、わたしの唇にキスをした。


「フ、フローランさん!」


 頬が熱くなるのを感じながら夫をなじる。フローランさんは面白そうな顔になった。


「僕たちはとても仲のいい夫婦だった。キスなんて日常茶飯事だったぞ? だから、早くこれにも慣れた方がいいだろうな」


 フローランさんがわたしの肩を抱いて退室を促す。どうやら車庫まで連れて行ってくれるらしい。


 飄々ひょうひょうとした態度で屁理屈をねれるくらいフローランさんは余裕たっぷりだったけど、対するわたしは汗が止まらなかった。誰かに恋愛感情を向けられるなんて生まれて初めてだ。素敵なラブストーリーを読んでいるような気分!


 目覚めたら絶世の美女になってて、愛のある結婚生活まで手に入れてた。これ、夢じゃないわよね?


 もし夢なら、しばらくは醒めないで。今後の妄想の材料にするために、少しでも多くのシチュエーションを体験しておきたいから。


 そんな風に祈りながら、わたしは夫と共に実家のコペル家に向かったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 楽しく拝読しています! 5年間の空白にいったいなにが起きたのか、気になりますね。 ぽっちゃりちゃんが美人になって溺愛生活……なんて、ワクワクしますw 好奇心が押さえられず、全裸からの旦那さ…
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