始末はきっちりとつけてみせましょう(1/3)
「若奥様、お客様がお見えです」
ロワイヤル家に帰宅すると、使用人からそう告げられる。客間で待っていたのはドルレアン銀行の頭取さんだった。
「本日は、貸金庫の移転についてのご相談に参りました」
挨拶が済むと、頭取さんが本題に入る。でも、わたしには何のことかちんぷんかんぷんだった。
「若奥様がご希望されておりました移転先ですが、やはりご要望の広さの金庫をご用意するのは難しいと言わざるを得ません。ですので、少々距離がありますが、別の街にある支店をご利用いただく方が……」
「あの、何の話ですか?」
とうとう困惑を口に出すと、頭取さんはしばらくきょとんとした末、腑に落ちたような顔になった。
「そうでした。若奥様は記憶がないのでしたな。実は、わたくしどもは若奥様よりある内密の依頼を承っておりまして。それが、貸金庫の移転だったのです」
「貸金庫の移転?」
「はい。金庫の中身だけをそっくりそのまま移すのです。もちろん、その際に関係者が金庫の中身を外部に漏らすなどということはありませんのでご安心を」
「金庫って、この前わたしが行った『382』の貸金庫のことですよね?」
何で別の支店に中身を移そうと思ったのかしら? もしかして、あそこが悪女マルグリットのお宝部屋だと気付いた誰かが、侵入を試みたことがあるとか!? 探偵小説に出てくる怪盗みたいに!
でも、頭取さんは「『382』ではありませんよ」と返した。
「若奥様は当行にもう一つ貸金庫をお持ちです。我々が移転の相談を受けておりましたのは、そちらの金庫のことでございます」
「もう一つの……貸金庫?」
何だか秘密の予感!
「それって、何が入ってるんですか?」
「それはわたくしどもには分かりかねますな。お客様のプライバシーは尊重するべきものですゆえ」
「義姉様! 帰ってたの?」
大げさなくらいの大声が聞こえてきて、客間にナデジュちゃんが入ってきた。
「もう! ひどいよ! 帰ったら一緒にケーキバイキングに行こうって言ってたの、忘れちゃったの?」
ケーキバイキング? そんなの約束したっけ? でも、とっても楽しそう!
「ほら、行くよ?」
ナデジュちゃんがわたしの腕を強く引っ張る。わたしは頭取さんに慌てて挨拶をすると、いそいそと義妹の後に従った。
「どんな種類のケーキが用意されてるの?」
ワクワクしながら尋ねる。
「ザッハトルテはあるかしら? あと、フルーツタルトも! エクレアとか、プディングとか、マカロンとか……」
「ないよ」
ナデジュちゃんは足を止め、平然と言ってのけた。
「ケーキバイキングなんてないよ」
「そ、そんな……!」
頭の上に岩が落ちてきたようなショックを受ける。抗議するようにお腹がぐぅ、と鳴った。
「ひどいわ! 楽しみにしてたのに! 何で嘘吐いたの!? 食べ物の恨みは恐ろしいって知ってるでしょう!?」
「怒らないでよ。アタシは悪いことはしてないよ。前に言ったでしょう? あの男に近づいちゃダメって」
「あの人は怪しくなんかないわ。ドルレアン銀行の頭取さんよ」
「知ってるよ、そんなこと」
ナデジュちゃんはだから何とでも言いたげである。取り付く島もない雰囲気だ。
その態度に何となく違和感を覚えた。あの人が怪しくないと分かっているのなら、どうしてわたしたちの面会を邪魔したんだろう?
「これが義姉様にとって一番いいことなんだよ」
ナデジュちゃんは真剣な顔で言った。
「それに、兄様のためにもね。あんな人とは縁を切って。お願い、義姉様」
ナデジュちゃんはほとんど懇願するような口調になっていた。
何かある、とわたしの直感が告げる。だって、大した理由もないならこんなに頭取さんを警戒する必要があるとは思えないもの。




