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目覚めたら、婚約破棄の5年後でした ~わたしが悪女? 旦那様が妹の元婚約者? 記憶にございません!~  作者: 三羽高明


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結婚の真相を求めて(1/2)

『フローランさんへ


 これを読んでいる頃には、わたしはあなたの元を去っているでしょう。たった四年間の夫婦生活でしたが、お世話になりました。わたしは遠い海の向こうへ行くことにします。くれぐれも、行方を捜したりなさいませんように。


 もうお別れですからはっきり言いますけど、わたしはフローランさんと結婚するべきではなかったのです。


 あなたも本心ではそう思っていたのでしょう? サブリナと婚約していれば良かった、と。そのチャンスを奪ったわたしを、あなたはさぞかし恨んでいるのでしょうね。


 でも、全てを水に流しましょう。これから先、二度と会うことがない人を憎んだって、何の意味もありませんもの。


 結婚指輪とドルレアン銀行の貸金庫「382」のカギを手紙に同封しておきます。どちらももうわたしには必要のないものですから。金庫にある資料はお好きになさって。四年間の結婚生活を耐え抜いたご褒美です。


 わたしのことなど早く忘れてください。わたしも、フローランさんのことは一日も早く記憶から消すように努めますから。


 永遠にさようなら。


 マルグリットより』


「……何、これ」


 足がガクガクと震える。


 書かれている内容をすぐには呑み込めなかった。


 筆跡は間違いなくわたしのものだ。でも、こんなのはわたしの出した手紙じゃない。わたしはこんなことは絶対に書かない。「フローランさんと結婚するべきではなかった」だなんて!


 激情が体を貫き、発作的に手紙を破り捨てそうになる。でも、すんでの所で思いとどまった。もし手紙をメチャクチャにしてしまったら、誰かが部屋に忍び込んだとフローランさんにバレてしまう。


 もう一度だけ内容に目を通し、手紙を封筒の中に戻した。引き出しを閉め、夫の居室にわたしがいた証拠が残っていないかを確認してから部屋を出る。


 自室に戻って服を着替えた後、ソファーに座り大きく息を吐いた。


 一体、何が起きているんだろう?


 わたしたちは愛し合っていたはずなのに。それなのに、どうしてわたしはあんな手紙を書いたの? 何でフローランさんの元から消えようと思ったの?


 あの手紙の内容は嘘の塊だけど、わたしが逃亡を図ったのは事実だ。


 わたしは海の事故で記憶を失った。わたしが船に乗っていた理由は旅行のためだと聞かされていたけど、それは本当のことじゃなかったんだろう。わたしは逃げようとしていたんだ。自分の夫から。


 確かに、意識が戻った時のわたしは結婚指輪を嵌めていなかった。恐らく、あの手紙にあった通りフローランさんに返してしまったためだ。


 わたし……本気でフローランさんを捨てるつもりだったの?


 何で? どうして?


 分からない。自分のことなのに、何も理解できない。一体わたしは何を考えていたの?


 ――フローランさんのことは一日も早く記憶から消すように努めますから。


 わたしが何も覚えていないのは、そんな恐ろしいことを考えていたせいだったのかしら? うっかりおかしなお願いをして、それが叶ってしまった?


 気になることはもう一つある。


 ――サブリナと婚約していれば良かった、と。そのチャンスを奪ったわたしを、あなたはさぞかし恨んでいるのでしょうね。


 サブリナとフローランさんの婚約話がお流れになったのは、わたしのせいじゃない。それなのにこんな言い方じゃ、まるでわたしが妹から婚約者を略奪したみたいじゃない!


「……略奪」


 自分で考えておいて、嫌な予感がした。だって、わたしは悪女だったのよ? それなのに、何にもしてなかったって言えるの? 裏から手を回してなかったと断言できる根拠は?


 フローランさんは、わたしたちの結婚には後ろ暗いところなんてなかったと言っていた。でも、それを信じていいのかしら? したたか者のわたしなら、悪事を完璧に隠すくらいはお手の物だったんじゃないの?


 いや、でも、サブリナはわたしを恨んでいる様子は全然なかったし……。


「……確かめてみるしかないわね」


 こんなところでうだうだ考えていてもしょうがない! わたしは馬車に飛び乗り、早速コペル家へと向かった。


 でも、サブリナは留守だった。近所の公園を散歩中らしい。


「足が悪いからって、閉じこもってばかりも良くないでしょう?」


 出迎えてくれたお母様が微笑む。


「それに、あの子は昔から外にいる方が好きだったもの」

「ねえ、お母様。サブリナとフローランさんのことなんだけど……」


 恐る恐る切り出す。


 本当は面と向かって直接尋ねるつもりだったけど、あの子の帰宅を待っているのがもどかしく思えてきたのだ。


「何であの二人、婚約しなかったの? ……わたしのせい?」


 お母様の顔に一瞬浮かんだ動揺をわたしは見逃さなかった。鉛でも飲み込んだような気分になる。やっぱり、わたしがサブリナからフローランさんを奪い取ったの……?


「あなたは何も悪くないのよ」


 お母様は慰めるようにわたしの背を撫でた。


「あの頃のコペル家は大変だったの。それにね、こっちが断らなくても、放っておいたらロワイヤル家の方から婚約の取りやめを申し出てきたはずよ。だって、当時のコペル家は力を失ってしまっていたんだから。だから、あなたのせいでサブリナがケガをしたとか、そんなことは……」


「え、わたしのせいでケガ?」


 予想外のことを言われ、ポカンとなった。


「それって何の話? わたしがサブリナとフローランさんの婚約を邪魔して、彼を自分のものにしたんじゃないの?」


「そんなことしてないわよ!」


 お母様は目を見開いた。


「誰がそう言っていたの? きっと、あなたに敵意を持つどこかの悪党でしょう? そんなの、鵜呑みにしちゃダメよ!」


 いや、思い付いたのはわたしだけど。


 でも、お母様がこんな風に言うってことは、全部わたしの妄想だったのかしら? わたし、この結婚に関しては、やっぱり何にもやましいことはしてないの?


 ああ、良かった……。悪女とはいっても、そこまで堕落はしてなかったのね。

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