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目覚めたら、婚約破棄の5年後でした ~わたしが悪女? 旦那様が妹の元婚約者? 記憶にございません!~  作者: 三羽高明


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冤罪、投獄、婚約破棄(1/1)

「罪人の娘め! お前との婚約は解消だ、マルグリット!」


 突然婚約者から呼び出され、急いで王城へと駆けつけたわたしが真っ先に聞いたのは、予想もしなかった言葉の数々だった。


「殿下、一体何をおっしゃっているのですか?」


 訳も分からず混乱する。


 ここは城の中心にある大広間だ。周囲には殿下が集めたであろう大勢の貴族たち。皆、巻き込まれては大変と思っているのか、端の方にひっそりと固まって事の成り行きを見守っている。


「罪人の娘とはどういうことですか? それに、婚約の解消って? 何のことだかさっぱり……」


「何をするんだ!」


 後ろから聞こえてきた悲痛な声にハッとなる。お父様が衛兵たちに取り押さえられ、床に組み伏せられていた。


「お父様を離して!」


 無我夢中で衛兵に突進したけれど、鍛え上げられた戦士たちは、わたしの体なんて簡単に弾き飛ばしてしまう。


 ドスンと床に尻もちをついてしまった。その拍子にスカートがめくれ、切り分けてないバームクーヘンのようなぼってりとした脚が露わになる。


「そんなおぞましいものはさっさとしまえ」


 殿下はさも不愉快そうに顔をしかめた。


 わたしは慌ててスカートを足首まで引き下ろす。


 屈辱で体が震えていた。穴があったら入りたいような気分だ。もっとも、子グマ並みの体重の十七歳の女の子が入れる穴があればの話だけど。


「マルグリット、知らないようだから教えてやろう。罪人とはお前の父、コペル宮内大臣のことだ」


「お父様が?」


 衛兵に取り押さえられている父に視線を遣る。お父様は苦痛に顔を歪めながら、「身に覚えがございません!」と訴えた。


「誓って申し上げます! 私は何もしておりません!」

「ふん、罪人は皆そう言うんだ。そうだろう、副大臣」

「その通りでございます」


 殿下の後ろに控えていた男性が慇懃に礼をする。宮内副大臣。お父様の部下だ。


「証拠は何もかも揃っております。大臣は王室の予算を着服し、私腹を肥やしていたのです。これを罪人と言わずして、何と表現しましょう」


「あくどい奴め。俺に賭け事のしすぎだのこれ以上借金を増やすなだの普段から言っていたのはこのためか? 自分の取り分を減らしたくなかったわけだな!」


「殿下、そんなの言いがかりです!」


 呆然としながら話を聞いていたわたしは、ついに黙っていられなくなって口を挟んだ。


「お父様は真面目な方です! 殿下は騙されているんですよ! 副大臣はお父様がいなくなれば自分が宮内大臣になれると思って、嘘を吐いているんです!」


「おい、誰かこのうるさいのも床に転がしておけ」


 殿下が命じるやいなや、衛兵がわたしの太い腕をひねり上げる。痛みのあまり、喉の奥から「ひっ」と声が漏れた。


「マルグリット!」


 お父様が掠れた叫び声を上げる。殿下は鼻を鳴らした。


「もう決定は覆らん。コペル宮内大臣は牢屋に繋いでおけ。そして……マルグリット・ドゥ・コペル。お前との婚約は解消だ」


 殿下は無慈悲に言い放つ。


 そうしてわたしは王宮の外へ、お父様は牢獄へと連れて行かれたのだった。



 ****



 ああ……こんなこと、家族に何て言おう。


 馬車に揺られて屋敷へと帰る道すがら、わたしは心底惨めな気持ちになっていた。


 殿下が急にわたしとお父様を城へ呼び寄せた時に、何かがおかしいと気付くべきだったんだ。役立たずなわたしの第六感! もし事前に何が起きるのか察していたら、絶対に殿下の呼び出しには応じなかったのに!


 とりとめもないことを考えながら、衛兵にひねられた腕をさする。ちょっと赤くなっていて、ジンジンとした疼きは今もおさまらない。


『そんなぶよぶよのハムみたいな体にも、神経が通っているんだな』


 ここに殿下がいたら、そう言っていたに違いない。婚約者の……元婚約者の幻の声を想像して、ますますげんなりとなってしまう。


 でも、今頃お父様はわたし以上に痛い思いをしているに違いないわ。拷問とかされてたらどうしよう!? それで、ありもしない罪をペラペラ喋って、死ぬまでずっと牢獄暮らしだったら!?


 体中から血の気が引いてくる。だけど上手い具合に馬車が止まったので、それ以上悪い想像をせずにすんだ。


 どうやら家に着いたらしい。でも、まだ門までは少し距離があるようだ。何でこんなところで停車したの?


 不思議に思い馬車から降りると、そこには信じがたい光景が広がっていた。


 屋敷から家財道具が運び出されている。それを積み込むための荷馬車が門の前に陣取っていたので、うちの馬車は家の中に入れなかったらしい。


「ちょっと、待ちなさいよ、あんたたち!」


 家の中から金切り声が聞こえた。妹が血相を変えて玄関から飛び出してくる。


「いきなり家に押しかけて色んなものを根こそぎ持って行くなんて、どういう了見よ!? しかも、あたしたちにここから出て行けですって!?」


「サブリナ!」


 わたしが妹の元に駆け寄ると、サブリナは「お姉様!」と、いくぶん表情を和らげた。


「聞いてちょうだい、お姉様! こいつらったら、訳の分からないことばっかり言うのよ!」


 サブリナは家財を運ぶ男たちを恨めしげに指差す。


「犯罪の証拠を探すために家にあるものは全部押収するとか、屋敷も差し押さえるとか……。挙げ句の果てには、お父様が投獄されただなんて! 冗談も大概にして欲しいわ!」


「サブリナ……そのことなんだけどね……」


 事情を察したわたしは額を押さえる。言いにくいけど、彼女には知ってもらわないといけない。


「本当……なの。お父様、捕まったのよ」


 不意に悲鳴が聞こえた。屋敷のポーチでお母様が失神している。使用人たちが慌てて介抱を始めた。


「そんな……どういうことよ! お父様が罪なんか犯すはずないわ!」


 サブリナはわたしの肩をガクガクと揺さぶる。わたしは「められたのよ!」と言うしかなかった。


「副大臣が殿下を丸め込んだの! それで、殿下はお父様を逮捕して、わたしとの婚約も解消するって……!」


「何ですって!? あの副大臣め……! あいつ、殿下がお姉様を嫌ってることを利用したのね!」


 サブリナの言う通り、殿下はわたしを嫌って……というより恥じていた。ブクブク太って醜い女。王族の婚約者として相応しくない。彼はいつもそう言ってわたしを蔑んでいたのだ。


 そんな殿下だから、わたしとの婚約を解消する口実があると分かれば、その真偽もろくに確かめずに飛びついてしまうのも頷ける話だった。


「とにかく、こんな扱いは不当だわ!」


 サブリナはすっかり憤慨している。ちょうど家具を満載した荷馬車が動き出し、彼女はまなじりを吊り上げた。


「その荷馬車、止まりなさい!」


 気の強いサブリナは、荷馬車を猛然と追いかけ始めた。わたしはぎょっとなって妹の背を追う。


 道の真ん中でやっと彼女の肩を掴んだ時には、汗だくですっかり息が上がってしまっていた。これだから体を動かすのは嫌なんだ。


「止めないでよ、お姉様!」


 サブリナは自分の肩からわたしの手を払う。細身だけど、この子は結構力が強いのだ。


「だって、こんなのあんまりだわ! あたしは許さないわよ! 絶対に、絶対に……!」


 その時だった。道の向こうから、猛スピードでこちらに駆けてくる馬車が見えたのは。


 御者がわたしたちの存在に気付いた時には、すでに手遅れだった。


 馬がいななく。


 わたしは絶叫し、一瞬にして視界が暗転した。

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