67 身代わり
途中で視点変わります。
「問題ない!」
貫かれたのは布だけで、無事ではあるようだ。
足下には太い矢が落ちている。壁に刺さっている別な矢もある。
一瞬で四本、撃ちこんできたようだ。
カルナリアの知っている弓矢ではない。
普通はもっと細いものを、一本ずつ放つ。
音も威力もすさまじい。
信じがたいほどの強弓。
間違いなく、ドルー城からものすごい距離を舟に当ててきたあの射手だ。
矢のほとんどは外れたかかわしたようだが、一本に縫い止められて、フィンの動きが止まってしまった。
水路の向こう側に、弓を持った男がいる。きわめて精悍な風貌。カルナリアの目には見える、鳥肌が立つほどの「武」の輝き。次の矢を四本、指にはさんで、つがえようとしている。
巨漢が投槍をかまえてすり足で橋を渡ってくる。
こちらもとてつもない強者。
「武」の色が、これまで見た中で一番輝いている。
王宮で「見」てきた、国を支える武将たちの誰よりも才能にあふれた者――しかし、ガルディス配下ということは、この国では認められることがない身分の者なのだろう。
どちらも、剣士であるフィンに近づかず、飛び道具で仕留めるつもりなのが明白。
手配書が兵士たちに示された時に、自分は絶対に傷つけてはならないが、フィンは殺して構わないと言っていた……!
「!」
カルナリアは一瞬、駆け戻ってフィンの前に立ちふさがろうとした。
彼らは自分を殺すわけにはいかないのだから、そうすれば守れる。
しかしそれは、終わりの時をわずかに伸ばすだけで――すぐ七人全員がやってきて、捕らえられて、終わるだろう。
万事休す。どうすることもできない……!
そこでフィンが怒鳴った。
「離れろ! お前がいてはできないことをやる!」
「はいっ!」
カルナリアは即座に反応し、建物と建物の間に身をねじこませた。
フィンを見捨てるわけではない。
あの謎の人物が何か奥の手を使うのだろうという、最後の希望。
それが何なのかは見当もつかないが、今は気にしている場合ではない。離れろと言われたならそうするべき。
絶対に、逆らったらろくでもない結果になる何かが起きる。
「うぉぉっ!」
猛々しい、恐らく巨漢だろう気合いの声が背後から。
轟音が鳴った。
何かが壊れる音がした。
男の怒声。それに重ねて色々な音。雷のような破裂音。水音もした。また轟音。建物そのものが揺れる。バキバキバキとものすごい破砕音……!
「ひぃぃぃ……!」
何が起きているのかはまったくわからない。
見えないし、振り向くつもりもない。恐ろしすぎる。
小柄なカルナリアでもぎりぎりという狭い隙間を、体を横にして、進んでいった。
広いところに出てしまったら、『流星』で飛んでくる連中に囲まれておしまいだ。
『流星』を使って城へ逃げこむべきなのだが、相手も当然カルナリアがそうすることを想定し、警戒しているだろう。
複数の『流星』持ちに囲まれている今の状態では無理だ。
使うにしても、とにかくこの包囲を抜けてからでなければ。
カルナリアはひたすら狭いところを縫って逃げ続けた。
「ここ! この下! 家の隙間にいる! 誰か代わって!」
子供の声が、真上から聞こえてきた。
飛び移ってきて、自分の居場所を仲間に告げているのだろう。
他の者はともかく、あの子供だけは、自分と同じ隙間に入ってくることができる。
要請通り、別な者が来て屋根の上からの監視を交替し、直接追いかけてこられたらおしまいだ。あの子供の身ごなしは直接見知っている。かなう相手ではない。
猶予はほんの数秒。
次の瞬間にも、上からあの子供が降りてくるかもしれない。
カルナリアは総毛立ちながら必死に逃げる先を探した。
(あっ、しまった!)
広い空間に出てしまった。
広いといっても、建物と建物の隙間にできたわずかな空き地、家どころか家の中の一部屋程度だが。
大人が空から降りてくることができる広さなら、今の状況では危険すぎる。
そして、そこには――。
「……ん?」
壊れた木箱や廃材を組み合わせた、小屋のようなものがあり。
カルナリアと同年代だろう少年たちが座りこんでいた。
首輪こそしていないが、服装はお世辞にも整っているとは言いがたく。
顔つきはいずれも――知性や親しみとはほど遠い。
荒んだ顔。
先ほど、自分とフィンを追ってきたこの街の者たち――その中にも、こいつらと同類の少年がいたことを思い出す。
(悪い人たちです!)
きわだって悪い色は見えない。
しかし貧しく、他人のものを盗んだり悪いことをしなければまともに食うこともできず、それにすっかり慣れてしまった者たちだった。
少年たちは、こちらを――目を細くして、怪訝そうに見ている。
認識阻害の布の効力で、カルナリアの存在をはっきりとは認識できていないのだ。
これなら、その横をすり抜けて逃げられる……!
だが、背後から来るだろうあの子供が恐ろしく、また認識阻害の布に慣れていないので、フィンのように相手のすぐ側を通るという大胆な行動が取れず、少年たちから遠い所を通ろうと、余計な動きをしてしまい――。
足音を立ててしまった。
「あっ!?」
「何かいるぞ!」
「捕まえろ!」
即座に少年たちは飛びついてきた。
獲物を見つけた獣そのもの。
カルナリアはレントの短剣に手をかける――が、抜き放つ前に、こういうことには慣れている相手に腕を押さえられ、集団で押し倒されてしまった。
何かが腐ったようなにおいがのしかかってくる。
「なんだ、この布?」
「何でもいいだろ、いただきだ!」
「中身、女か。ガキだ」
「ひでえ顔」
「でも、それ以外は、割と良くね?」
「売れるかな」
「いけそうだ」
マントはひっぺがされ、荷物袋も奪われた。
握りしめたレントの短剣も、指を強引に一本ずつ開かれて、奪われてしまった。
服に何本もの不潔な手が入りこんでくる。
あらゆる部分をまさぐられ、金貨を発見した者が大喜びする。
「何だ、こりゃ?」
エリーレアの身分証。文字の読めない少年には理解できなかったようだ。しかし整った形のきれいなものなので、売れるかもと自分の服の中へ入れてしまう。
「おお、なんか高そうな箱! 中身は――ちぇっ、空かよ」
「でもこの箱だけでも高く売れそうだぜ」
「ううう……!」
カルナリアは抗い、もがいたが――叫ぶことだけはできない。
こんな少年たちよりもっと恐ろしい連中を呼び寄せてしまうから。
「口きけねえのか」
「ありがてえ」
さらに脱がされる。
衣服は売れるので破るような真似はしない。だからこそ即座に裸にされるようなことにはならずにすんでいるのだが――。
「こいつ、足環なんかしてやがる!」
「なんかすげえ、高そうじゃね?」
ふとももの上に不潔な少年が馬乗りになり、もがくカルナリアの足首から『流星』を外してしまう。
「……おい、これ……貴族の持ち物じゃね?」
「ほんとだ……すげえ! これ、高えぞ! 金貨何枚、もしかしたら何十枚もするぜ!」
その少年は大いに盛り上がり、カルナリアがつけていたマントを自分が羽織り、『流星』を自分の手首にはめて、高々と掲げて、仲間に見せつけた。
「やったぜ! これでどっかに住める! もうあいつらに金なんか払わねえぞ! 俺たちのもんだ! 金持ちになれた! やったぞおおお!」
――『流星』を装着し、興奮して、飛び跳ねた。
魔法具というのは、魔法が使えない者でも、魔法と同じ力を行使できるもの。
すなわち――。
緑色が輝いた。
まばゆく。
鋭く。
「ひゃっはあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………!」
星の尾を引いて、認識阻害効果のあるマントをつけた少年は、天高く飛び上がっていった。
裏返った歓喜の声も、空へ消えていった。
そしてカルナリアは見た。
それを追って、同じ緑色の星がいくつも飛んでいったのを……。
「…………」
残った少年たちは顔を見合わせた。
飛び上がった少年は戻ってこない。
「お、おい……あれ……空飛ぶ、光だよな……」
「街の上、時々飛んでくやつ……」
「お城に入ってくやつ……」
「昨日も見た」
「ってことは…………領主さまの…………?」
城がらみ、領主がらみだと、騎士団が、軍隊が、この街の衛兵たちが、本気で動き、調査してくる。
少年たちをこき使う悪党どもなどとは比べものにならない脅威。
青ざめた少年たちは、カルナリアに目を向けた。
「俺たち、顔見られてるよな」
「やるか?」
「あの布、普通のもんじゃなかった。貴族の奴隷じゃねえか? だったらそれもやべえよ。さっさとコームさんとこ持ってって、売っちまおう!」
少年のひとりが、むしろを持ち出してきた。
「何をするのですっ、離しなさいっ!」
周囲に脅威がいなくなったので、カルナリアは声を出す。
「しゃべれたのか、こいつ」
「うるせえ」
しかしそのせいで、腹を殴られてしまった。
くずおれ、胃液を吐く。
さらに頬を数回張られてから、腕をつかまれ、引きずられ、むしろの上に転がされた。
服はほとんど脱がされ、靴も奪われ、裸足の下着姿にされて。
そのまま巻かれてしまい――。
「よし、そっち持て」
持ち上げられ、運ばれ始めた。
「動くんじゃねえぞ。またぶん殴るからな。落っことしてもいいんだぜ」
カルナリアは苦痛と恐怖で身動きできなくなり、そのままどこかへ運ばれていった。
(助けて! 助けてください、フィン様! 剣聖フィン・シャンドレン! ………………ご主人さまっ!)
※
「……誰だ、こいつは」
手首に『流星』をつけた少年を、『1』たちは取り囲んだ。
緑色の輝き、および自分たちと同じマントをまとっていたので『四女』と判断して追った結果だった。
『四女』が『流星』で逃げようとすることは当然想定していた。
『剣』を討つことよりも、『四女』と『板』の確保が彼らの最優先任務。
そして『四女』はここまで、思いもよらぬ巧みさで『流星』を使ってきた。あなどれない。
したがって、動ける全員で、全力で追いかけ――。
捕らえてみたら、マントの中身は別人だったのだ。
「まさか『流星』をとっさに他人に渡し、囮とするとはのう……子供のくせになんという機転と度胸じゃ」
「『四女』だからこそなのかもね。私たちにとってはとても貴重なものであっても、あの立場では使い捨ててもかまわないってことじゃないかしら」
「許せん。殺す」
「だからあいつら、きらいなんだ!」
口々に言う仲間たちをよそに『1』は、時間をかけていられないので、指をへし折ってやりながら詰問すると――。
子供は号泣しつつ、駆けこんできた奴隷の女の子から奪ったと白状した。
「奪わせたのじゃろうな」
「みな、あれをもう子供と思うな。我々と同じかそれ以上に知恵の回る存在だと思え」
用済みのガキはすぐ殺して水路へ放りこみ、そいつが飛び上がってきた場所へ舞い戻ったが、もう誰もいなかった。
「やはり」
「この隙に姿を消したか。判断が早い。やはり、やる。だが…………俺からは逃げられないぞ……」
『6』が地べたに這い、『四女』本人ではなく子供たちが運んでいったようだと見当をつける。
「臭いガキどもだ。わかりやすい。水路を使われると直接のにおいでは追えない。厄介だ……それでも今の俺には問題ない……わかる、わかるぞ、小娘の……それを運んでいった連中のあとが見える……」
「今の『6』、いつもより気持ち悪い」
と『7』。
「こらっ、そういうこと言わないの」
「なー、『5』、さっきのあれ、またやれないの?」
「無理よ。ずっと風魔法使い続けてたところに、あんな大規模な『検索』、さすがに空っぽよ」
「魔力の回復薬っての、持ってるんでしょ?」
「ええ、飲めば何とか、もう一回ぐらい『検索』自体はできるけど――さっきので、この街の魔導師全員に気づかれたから、もう無理ね」
「なんでさ?」
「魔導師にとって、『検索』の魔法っていうのは、やられるとすっごいムカつくものなの。自分がどこに住んでてどういう魔法具持ってて、住処にどういう魔法しかけてるかを丸裸にされる――自分のねぐらにいきなり知らないやつが入りこんできて金目のものを探し回る感じと言えばわかるかしら? だから、またやったら、この街のあらゆる魔導師、あらゆる魔法具持ちが攻撃してくるわ。魔導師業界じゃ常識。むしろ攻撃しない方が掟破り。完全に空っぽになったところにそれは、さすがにまずいわね」
「むう~」
「みな、聞け」
『1』が指示を出した。
「これより私と『5』は城へ行き、まさに今この地にいらしているあの方にお会いし、侯爵に話を通していただく。侯爵に『流星』をひとつ返却し、今の『検索』も含めて、事の次第を説明し協力を取りつける」
「仕方ないわね。あたしが行って頭下げないと……普通の魔導師どもと顔合わせるの、いやなんだけど……」
「『3』は、この街の『風』の者たちとつなぎをつけてくれ」
「心得た。……まさか本当にここまで逃げこまれてしまうとはのう。みっともないことじゃ。あの方に合わせる顔がないわ」
「『2』と『4』は、服を乾かし、装備を調達しろ」
「やられたなあ。斬られたやつを先に見ていてよかった。見ていなかったら危なかったぜ」
「面目ない。あれほどとは思わなかった」
「あれを相手に、生き残れただけでも十分だ。よくやった」
「はっ」
「『7』は、『6』と一緒に、『四女』を追い続けろ」
「りょーかいっ!」
「ドルーと違い、この街では、騎士も貴族も、できるだけ殺してはならん。それも忘れるな」
「はぁい、できるだけ、殺さないようにしまーっす!」
「それとは別に、気をつけろ。この地には我らとは別の忍び組がいる。『流星』と『検索』で、我々に気づいているだろう。侯爵をこちら側に引きこむためにも、接触してもそいつらには手を出すな」
「ちぇ、面倒くさいの。でも、わかりましたー」
「忌々しいことにすべて仕切り直しだが、ガルディス陛下の御為に、何としても『板』を手に入れねばならん。みな、行け」
カルナリアの評価、知らないところで爆上がり。守り手と引き離されてしまった王女はどこへ連れてゆかれるのか。次回、第68話「鑑定」。暴力描写少しあり。




