第六十八話 紫焔と藤華
宝蘭は[お金]を耳に付けてご満悦だ。
第六十八話 紫焔と藤華
大天狗邸の入り口の結界を潜り、中を見た宝蘭が立ち止まった。
「まぁ、素敵な屋敷ね!」
宝蘭は物珍しそうに周りを見回している。
いつまでも動こうとしないので翔鬼が促す。
「こっちだ」
長い廊下を進み、翔鬼の部屋に入った
「こんな大きな御屋敷なのに貴方が泊まっているのはこんな小さなお部屋なの?」
「殆どここにはいないから、充分なんだよ」
何だか言い方に険を感じてちょっとむかついたが、サッサと魂手箱を開けて、中から五円玉一つと五十円玉二つを取り出して渡した。
「まぁ! 本当だったのね、素敵!」
···ウソだと思っていたのかよ···
宝蘭の耳には幾つもの金の輪になっているピアスが付いている。 既に左耳のピアスには二つの五円玉が付いていた。
宝蘭が今渡した五円玉を耳元のピアスに近付けると、スッとピアスの中に五円玉が入った。
······よ···妖界の不思議な常識にはもう慣れた···
右耳のピアスには五十円玉を二つとも付けて、宝蘭はご満悦だ。
「素敵でしょう?」
今までの経緯から行くと、ここで褒めてあげると機嫌がよくなるはずだ。
「おう! 凄く似合っているぞ! なぁ、白狼!」『褒めろよ!』
こっそりと白狼に褒めるようにアドバイスする。
「そ···そうだな···にあっている···」
「嬉しいわ、お二人共ありがとう!」
白狼はもの凄い棒読みだったのだが、宝蘭は気付いていないようで良かった。
宝蘭が満足したようなので酒呑童子邸に向かった。
◇◇◇◇
酒呑童子邸に近づくと、多くの鬼達が屯している。
何かあったのかな? と思っていたら、翔鬼を見つけて三大鬼神が駆け寄って来た。
「翔鬼様、再びの進化おめでとうございます!」
「前に戻られた時に、俺達に会いに来てくれなかったので寂しかったですよ」
「また御仲間が御一人増えたそうですね。 わぁ···美しい御方だ」
最後に言ったのは白狼の事が大好きな白鬼の柊斗だ。
既に白狼の横に来て「お帰りなさい」と言った後、新しく生えた角や二対の翼に対する白狼への歯の浮くような褒め言葉も忘れない。
しかし宝蘭は褒められてご機嫌になっている。
···柊斗、ナイス!···
鬼達に囲まれて堂刹の部屋の前に来たが、事前に言われていたようで、鬼達は入って来ずに入り口手前で控え、翔鬼達が中に入ると扉を閉めた。
その時、部屋の隅に控えていた慶臥が翔鬼の前に来てひれ伏した。
「翔鬼殿! 申し訳ありませんでした! 殴るなり殺すなり好きにしてください!!」
そう言う慶臥は既にボコボコにされていて、顔は腫れあがり体中血まみれで、角も一本先の方が欠けている。
···おっさん! やりすぎだろう···
「ただ···出来る事でしたら殺す前に···」
「殺す前に与作に会わせろってか? 与作!」
慶臥はえっ?という風に少しだけ顔を上げて与作を探す。 部屋の扉の横に畏まっている烏天狗を見つけた。
翔鬼は慶臥に与作を引き合わせようと同行させていた。
与作が慶臥に会いたがっていたという事もあるが、新たな命をくれた八岐大蛇を裏切ってまでこちらに情報をくれたのだ。 彼にも同情の余地があると思ったのだ。
トコトコと慶臥の前まで歩いてきた与作は懐から一本の簪を出して慶臥に差し出した。
慶臥は震える手でその簪を押し頂くと大切そうに胸に抱いた。 そんな慶臥に与作は優しい口調で語りかける。
「藤華さんはずっと貴方の事を心配しておいででした。
強くなる必要なんてないのに自分を置いて強さを求めて出て行ったような貴方の事を恨むどころか、ケガはしていないか、落ち着く家はあるのか、誰かに騙されたりしていないだろうかと、いつも貴方の心配ばかりされていたのです」
黙って聞いていた慶臥は項垂れる。
「俺も···強さなどはどうでもよかったのです······そんな事より彼女に病気をうつしてしまったらと考えると、一緒にいる事はできませんでした。
出ていった後で彼女も病気だという事を知り、何とかして病気を治す方法を探して国中を回りました。
そして八岐大蛇に配気してもらい進化する事で病気が治ることが分かり、彼女を八岐大蛇の所へ連れて行こうとしましたが、その時には···」
「そうでしたか···しかし···八岐大蛇の言いなりになる事を藤華さんが望むとは思えませんですけどね···」
慶臥はううっと泣き崩れた。
「悪魔に魂を売ってでも彼女には生きていてもらいたかったのです···本当に申し訳ありませんでした。 そして最後まで藤華を看ていただきありがとうございました」
慶臥は与作に深く頭を下げてから翔鬼の方に向き直った。
「翔鬼殿、願いを聞き届けていただきありがとうございました。 そして申し訳ありませんでした。
もう思い残す事はありません。 一思いに殺してください」
今まで成り行きを見ていた翔鬼は「嫌だよ」と言ってプイッとそっぽを向いた。
「それより宝蘭、こっちに来てくれ、紹介しよう」
「フフフ、面白いものを見せていただきましたわ、ごきげんよう」
宝蘭は慶臥に軽く頭を下げて翔鬼の後を追い、堂刹達の前に行く。
「その別嬪さんが八人衆の最後の一人か?」
「名前は宝蘭。 宝蘭、彼が酒吞童子の堂刹で、隣がぬらりひょん。 そして···」
翔鬼は慶臥を放ったらかしにして八人衆に宝蘭の紹介を始めた。
「えっと···」
慶臥はどうしたものかと戸惑っている。 すると与作が部屋の隅に来るように慶臥の服を引っ張った。
部屋の隅に座った慶臥と与作は挨拶をし合っている八人衆を見つめた。
「翔鬼殿はあのような御方ですから貴方を殺す気などは初めからなかったと思いますよ。
酒吞童子様は慶臥さんの処分をどう御考えか分かりませんが、どの御方も翔鬼様にぞっこんですから、あの御方が許すと言われれば反対される御方はいらっしゃらないと思います」
慶臥は翔鬼を見つめる。
「本当に御優しい御方だ」
「そうですね」
「······与作殿···藤華の話を聞かせてもらえないか?」
「もちろんです」
与作と慶臥は翔鬼達の邪魔にならないように広い部屋のできるだけ隅の方に身を寄せてから、与作が小声で話し始めた。
「ある時、私は野槌に襲われ、もうダメだと思った時に藤華さんに助けていただきました。
瀕死の状態だった私が目を開けると、藤華さんの家の布団に寝かされていたのです。
彼女は見ず知らずの私のために本当に親身になって看病してくださいました」
「藤華らしい···」
慶臥はボソッと呟く。
「彼女は薬草畑と薬草屋と私の看病でとても忙しく働いていましたが、グチの一つも言わずクルクルとよく働き、いつも笑っていてお客さんからも慕われていました。
私のキズも癒えてきて、動けるようになってきたので、初めは店番から手伝いを始めました。
実は野槌に襲われた時に金の入った袋を落としていたようなのです。
もちろん彼女はそんな事は気にしなくていいと言ってくれたのですが、それでは私の気が済みません。 看病していただいた分くらいは働かせてほしいとお願いしたのです。
そんな時によく紫焔さんの話しを聞きました。
少し不愛想な所があるがとても優しくて思いやりがある方だと。
しかし紫焔さんの話しをする時は決まって泣いているのかと思うような寂しい笑い方をされていました。
そんな時に藤華さんが突然倒れたのです」
既に過去の事にもかかわらず、慶臥はとても心配そうな表情になった。
「私は彼女が過労で倒れたのだと思っていたのですが、実は腐滅病なのだと教えてくれました。
藤華さんは辛そうな顔をこれっぽっちもされないので分からなかったのですが、実はかなり前から症状があったそうです···紫焔さんがまだいらした時からだそうです」
「えっ?!」
慶臥は思わず大きな声を出したので、翔鬼達が一瞬振り返った。 しかしそんな事に気付く余裕はなかった。
「藤華はそんなに前から病気にかかっていたのか?」
「そう仰っていました。 自分の病気がうつる前に出て行ってくれたのは寂しいけど良かった···と仰っていたのに······そうではなかったのですね」
「···気が付かなかった···それで藤華は俺が出ていくと言った時に引き留めもしなかったのか······俺は···情けない···」
慶臥は頭を抱え込んだ。
「でも紫焔さんが病気だったという事を知らずに逝かれたことは藤華さんにとっては良かった事かもしれません。
本当にずっと貴方の事を心配されていましたから····最後はきっと紫焔さんはどこかで幸せに暮らしているだろうと信じておられましたから···」
「藤華···すまない···」
慶臥は足に顔を埋め、声を押し殺して泣いていた。
紫焔と藤華の悲しいお話しですね( ´;゜;∀;゜;)




