第六十四話 罠
誰かが助けを求める声が視えた。
可愛い猫娘だ。
第六十四話 罠
夕食後、見送りに来ていた白鈴に手を振って、翔鬼は白狼と清宗坊、そして抗牟と江の坂洞窟の結界を出た。
先ずは北東に向かって飛び、海沿いを北に進む。
その後、海を渡ると言っているから、北海道の事か?
詳しい地理は分からないが、北海道くらいは何となく分かる。
その時、堂刹が思念通話で話してきた。
『おい、翔鬼。 行く前に余の所に来い。 晩飯を用意したから一緒に食おう』
『もう食ったし、もう出発した。 残念だな。 戻ったら食いに行く』
『えぇぇ~~! もう出発したのかよ、余に断りもなく』
···めんどくさい奴···
『悪かったよ』
『···仕方がない···今度こそ何かあったら呼べよ』
『わかった。 行ってくる、じゃあな』
『·········』
顔は見えないけど、何だか寂しそうで可哀そうに思えてきた。
『そうだ、堂刹』
『おう! 何だ?!』
張り切って返事をしてくる。
白狼のように尻尾を振っているのではないかと思うほどだ。
『白鈴と酒でも飲んでやってくれよ。 口には出さないが、飲み友達の慶臥がいなくなって寂しいみたいなんだ』
『そうか···分かった。 白鈴の事は心配するな』
『うん、頼む』
これで暫くは大丈夫だろう。
この辺りまで来ると幽鬼の姿はほとんど見る事が無くなってきた。 それでも念のために森の中を飛ぶ。
高い山を越えた所で遠くに海が見えてきた。 夕日にきらめいて波のない海がとても綺麗だ。
その時、翔鬼に誰かの声が視えた。
『困ったわ···どうしましょう···どこにあるのかしら···誰か助けてくれないかしら』
翔鬼は気配を探した。 直ぐ先の山の麓の方だ。
『誰かが助けを求めている。 ついてきてくれ』
皆に伝えると、翔鬼はその気配の方に降りていった。
そこには大きな木に隠れるように誰かがいる。
「そこの君! 助けを求める声が聞こえたんだけど、力になるぞ?」
しかし、木の陰に隠れたままだ。 ほんの少し耳先が見えた。 獣か?
すると先ほどの若い女性の声が聞こえた。
「貴方は誰? なぜ見ず知らずの私を助けてくれるの」
「俺は鬼神の翔鬼。 ただ君の助けを求める声が聞こえたから降りてきた。 大丈夫、何もしないから出て来いよ。 君をどうにかしようと思っていたら、とっくに襲っている」
すると木の陰から可愛い猫娘の顔が出てきて、恐る恐る近付いてきた。
···おっと···可愛い!···
赤いフリルが付いた可愛い着物を着ている三毛猫だ。 どこかのデカい白虎と違って翔鬼の胸ほどしか身長がなく、可憐な感じの猫娘だった。
「何かあったのか?」
「私は美華と言います。 じつは···」
美華は翔鬼の後ろにいる白翼狼と大天狗と狒々を警戒するように見つめてから翔鬼を見上げた。
「私の連れ合いがいなくなったのです」
···連れ合いって、恋人とか旦那さんの事か?···
「いつまで待っても帰ってこないので探しに来たのです。 周りの者に探すのを手伝うようにお願いしても『もうダメだろう』と相手にしてくれません」
「どんな妖怪だ?」
「狼男です」
狼男と言えば、白翼狼の翼がないタイプで、基本は二本足で立って歩くが、白狼が二本足で立ち上がった時ほどシャキッとしておらず、少し猫背なイメージだ。
しかし猫娘と狼男の組み合わせと言えば慶臥と藤華を思い出す。
ランクで言えば猫娘が鬼神クラスで狼男がワンランク下の鬼クラスという所らしい。 その狼男は猫娘の方がランクが上なのが嫌だったのかもしれないと、ふと思った。
「この先の町で食事処を二人でしているのですが、彼が山菜を取りに出掛けたまま帰らないのです」
「出て行ったのではないのか?」
「決してそんなことはありません!! ただ、この辺りは少ないですが幽鬼が出ますし、野槌もいます。
でももう半日近く過ぎているので私も半分は諦めているのですがなかなか踏ん切りがつかず、せめて彼の持ち物でも見つかると諦めが付くかと思って探しているのです」
「持ち物?」
「背負い籠と鎌と鍬です。
この先の山には山菜が多く、いつもこの山に採りに来ていたので、あるとすればこの先なのですが···」
「そうか···わかった。 じゃあ皆で探すのを手伝おうか」
翔鬼の左側に美華と白狼、右側に清宗坊と抗牟が横並びになって、低空飛行で森の中を進んだ。
この辺りの森は高い木が豊富に葉を茂らせているために地上付近に太陽の光が届きにくい。 そのせいか下草が少なくて地面が見やすくなっている。
山の中程まで来た時「あっ!」と言って美華が先に飛んでいって、何かを拾い上げた。
それは古くて錆びだらけの鎌だった。
「彼の物か?」
「残念ながら違いました」
美華は残念そうに肩を落として、後ろの草むらに鎌を投げ捨てる。
「残念だったな。 もう少し探してみよう」
再び探し始めた時、右側が急に騒がしくなった。 何だと見てみると、清宗坊と抗牟が···?···戦っている?!!
「清宗坊!! 抗牟!! 何をしているんだ!!」
「二人共!!何があった?!!」
白狼と止めようと近づくと二人は標的を変え、清宗坊は白狼に、抗牟は翔鬼に向かってきた。
二人共目がイッている。 操られているのか?!
【縛】【縛】【縛】【縛】!!!
とにかく二人共捕縛術で動けなくした。
「どうなっているんだ?」
その時、チビ敬が翔鬼の肩に来た。
「この森には小さな毒蜘蛛が多くいる。 そいつの毒は幻覚を見せる。 彼等もその蜘蛛に噛まれたのだろう。 実は翔鬼様にも何匹か噛みに来たのだが、俺が返り討ちにしてやった」
清宗坊と抗牟は捕縛術から逃れようともがき暴れている。
「そういう事か。 彼等の解毒はできるか?」
「もちろん」
「頼む」
チビ敬は翔鬼の肩からピョンと飛んでいった。 その時突然翔鬼の目の前が真っ白になった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ーー 少し前 ーー
清宗坊に刀を振り下ろされて慌てて飛び下がった白狼は、翔鬼の捕縛術を掛けられて突如体を硬直させて地面に落ちて行く清宗坊を見送った。 その時、美華がこっそりと逃げていくのが見えたが、目の前で大きな妖怪が暴れ出したもだから仕方のない事だと思っていた。
横で鵺の大きな姿になっている抗牟も翔鬼の捕縛術で動けずにいる。
さすがだと思って翔鬼を見ていたのだが、ほんの一瞬の出来事だった。
突然翔鬼に白い蜘蛛の糸が掛けられ巨大な蜘蛛のお尻が上から降りてきて、更に翔鬼に糸をかけながら後ろ足でグルグルと巻いていったのだ。
「翔鬼!!」
慌てて飛んでいったが大蜘蛛の姿はすでになく、糸を引きちぎろうとしたが蜘蛛の繭には結界が張ってあるのか糸を摘まむ事さえできない。
刀を抜いて切りつけるが勿論糸の一本も切ることが出来なかった。
『翔鬼! 大丈夫か?!』
『何が起きたんだ? これは何だ?』
『蜘蛛の糸でグルグル巻きにされている。 結界になっているのか斬ることもできない!
わっ!!』
翔鬼との話しに気を取られている機に乗じて、白狼もまた蜘蛛の糸に掴まり、グルグル巻きにされてしまったのだった。
蜘蛛の糸でグルグルまきにされてしまった!!
( ̄□||||!!




