第四十八話 毒ジュース
美味しそうな桃ジュースが出されたので飲もうとすると?!
第四十八話 毒ジュース
中の津村に戻ってきた。
助けた妖怪のうち、江の坂町に戻った者が23人。 中の津村に連れて戻った者が107人。
村の住人の半数以上が幽鬼の犠牲になっていた事になる。
結界を潜って村に入ると、住人達が出迎えに来ていた。
戻って来た者を見てわぁぁぁ~~~!!と駆け寄ろうとしたのだが、突然立ち止まり、後退って行く。 その様子に助けられた者達も戸惑っていた。
「五本角だ!」
「酒呑童子様か?」
「まさか···」
「しかし···」
···そういうことか···
翔鬼が片手を高く上げると、ヒソヒソと話していた者達がシンと静まり返る。
「みんなの予想通り彼は酒呑童子だ。 今回の救出を手伝ってくれた優しい奴なので怖がることはないぞ。 気兼ねなく再会を喜んでくれ」
それを聞いて助けられた者達が駆け寄り、先ほどの再会の喜びの続きが始まった。
ワイワイと大声で喜び合い、抱き合い、銘々が翔鬼や堂刹達にお礼を述べに来る。 そういう者達を見て堂刹も満足そうにしていた。
そこへ清大が寄ってきた。
「皆さま! 本当にありがとうございました。 村を代表してお礼を申し上げます。 お疲れでしょう、拙宅へお越しください」
という事で、再び清大の家の居間に落ち着いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「そうだ、一瞬だが慶臥の気配を感じた」
思いついたように言う堂刹を、全員が驚いて一斉に見る。
「いつ? どこで?」
「二人の小鬼を運ぶときに西側の森から気配がした。
追いかけようとしたのだが小鬼たちがいたので諦めた」
「やっぱり慶臥だったのね。 翔鬼の動きを探っているのだわ」
「また何かを仕掛けてくるかもしれないから注意しろよ」
無口だがいい奴だと思っていたのに、これで確定だろう。 残念だと翔鬼は思った。
「失礼します」
下働きの小鬼達が膳を並べていった。 そこには空の碗とおせんべいのようなお茶菓子が置かれている。
そして小天狗が瓢箪を抱えて控えていた。
膳が整うと、小鬼達は出て行き、小洒落た花柄の椀に小天狗が抱えていた瓢箪から飲み物を注いでいった。
とても甘い香りで美味しそうな桃の香りがする。 桃ジュースか酒だろう。
部屋の隅で小天狗が瓢箪を持ったまま、お代りを注ぐために控えている。
実は少し喉が渇いていた翔鬼はさっそく花柄の椀を手に取り、口に近付けようとすると手の上にポトンと何かが落ちてきた。
虫? と思って少し驚いたが小さな土蜘蛛のチビ敬だ。 彼が小さな体に似合わない大きな声で叫ぶ。
「みんな動くな!! それを飲んではダメだ!!」
全員の手が止まる。
「それは何だ?」堂刹が翔鬼の手の上の小さな虫を覗き込んだ。
「紫の勾玉持ちの土蜘蛛の分身だ。 ところで···」
チビ敬を目の高さまで上げて見る。
「美味しそうなのに、なんでダメなんだよ」
「毒が入っている」
「「「えっ?!」」」
白鈴が持ち上げていた椀をそっと下す。
「翔鬼、それを庭の草の上に捨ててみろ」
翔鬼は立ち上がり、もったいないけど縁側から雑草の上に桃ジュースを捨てた。
清宗坊邸の中庭は雑草一つ無く完璧にお手入れされているのだが、ここは人員不足だったのだろう、雑草が植木の間から沢山顔を出している。
捨ててみろと言った割には何の変化もない。
「本当に毒が入っていたのかよ。 何も起こらないぞ?」
「この毒は効き始めるまで少し時間がかかる。 それで、みんなが飲み終えてから毒の効果が出始めるため、手遅れになることが多いんだ。 もうそろそろかな···」
そうしているうちにチリチリ音が始め、桃ジュースがかかった雑草が茶色く変色し、みるみる黒い灰のようになっていった。
一同は息を呑む。
「かなりの猛毒なので、いくら鬼神とはいえただでは済まなかっただろう」
堂刹は椀ごと庭に投げ捨てた。
「あの野郎!! 余達全員を毒殺するつもりだったのか!!」
「あ···主を呼んで参ります!!」
震える声で叫ぶなり慌てて出て行った小天狗が清大を連れて戻ってきた。 既に事情を説明しているらしく、入るなり顔を床に擦り付けるようにひれ伏す。
「申し訳ございません!! 申し訳ございません!! 申し訳ございません」
ひたすら謝っている。
「清大を責めるつもりはない。 でもこのままにしておく訳にもいかないから、調べてくれるか?」
「お任せください!!」
跳ね起きて出て行った。 その後、廊下や庭を使用人たちがバタバタと走り回っている。
程なく清大が先ほどの給仕のために控えていた小天狗以外に、別の小天狗とタヌキを連れてきた。
烏天狗や小天狗はいつもみんな同じような着物を着ている「制服のような物なのだろうか?」と翔鬼は考える。
そしてタヌキは割烹着を着ているが、割烹着を知らない翔鬼は「給食エプロンだ」と、呑気に考えていた。
しかし彼等にとってはそれどころではない。 床を伝ってこっちまで震えが伝わってきそうなほど震えてひれ伏している。
「わわわわ···私はけけけ結界のみみ見張りをしししししておりました奏準でででです」
新たに連れてこられた小天狗は顔を床に押し付けたままで話すうえに震えているから聞こえにくい。
「お前たちをどうこうするつもりはない。 顔を上げて落ち着いて話せ」
「は···はい···」
翔鬼に言われ、清大を含めた四人はゆっくりと顔を上げ、小天狗の奏準が話し始める。
「び···白鈴様に念を押された通り、き···鬼神は見ておりませんが、皆様が村の者達を助けて戻ってこられた直ぐ後に、青鬼が参りました」
「青鬼?」
堂刹を見たが、知らないと肩をすぼめる。
「それが···酒呑童子様から預かった物だと瓢箪を見せられ、酒豪と聞き及んでおります酒呑童子様にお酒を届けに来られたのだと思い、そのままお通ししました。 間もなく手ぶらで戻られて帰って行かれました」
今後はタヌキが顔を上げる。
「わ···私はこの御屋敷の、ち···厨房で働いている化蘭と申します」
···女性だ···
「厨房に酒呑童子様の使いという青鬼が来てこの瓢箪を渡されました」
先ほどの少し大きめの瓢箪を押し出す。 赤い房が付いていて上等そうに見える。
「『これは酒呑童子様直々持ってくるように仰せつかった物で、翔鬼様の好物で特別な飲み物故、一滴たりとも無駄にせぬよう』と仰せでした。 そこで小天狗の妥朗に給仕を頼んだ次第です」
小天狗の妥朗はまるで死刑を待っているような怯えた様子で深く頭を下げる。
「その青鬼に何か変わった所はなかったか? 焦っていたとか、周りを気にしていたり怯えていたとか」
奏準と化蘭は少し考えていたが、二人共、変わった様子はなく落ち着いた様子だったと答えた。
「わかった。 もう下がっていいぞ」
四人は本当にこれで終わり? という風だったが、翔鬼がご苦労だったと言ってニッコリ笑ったので、安心してやっと動き出した。
テキパキと膳を片付け、新たな膳と茶菓子とお茶の入った湯飲みを持ってきて出て行った。
ちび敬! 偉い!!
(*⌒∇⌒*)




