第二十話 大天狗邸
大天狗の清宗坊の家に入るが!
第二十話 大天狗邸
団子を食べ終わり、歩き出した。 大天狗邸は直ぐ先の道を右に曲がったところだそうだ。
楽しみにしていたのだが、大きな屋敷があると思いきや、幾つもの玄関がずらりと並んだ長屋のような場所だ。
それぞれの玄関は豪勢な引き戸で、それ自体は立派なのだが、玄関の横にはすぐ隣の玄関があり、どう考えても家は狭い。
『俺の部屋よりより狭いんじゃないだろうな···』
手前から5軒目の一段と豪勢な引き戸の前に来た。 扉というより門という方がぴったりくるような大きな玄関で、高さだけでも3m以上ありそうだ。
「ここが拙宅でございます」
清宗坊が玄関を開けようとした時、隣の玄関がガラリと少し開いて女性が顔を出した。
日本髪を結っていてとても綺麗な人なのだが顔色が悪い。
「あら! 旦那! お戻りですか?」
その女性が出てきた···出て?······顔だけ?······首がいつまでも伸びてきて、ユラユラと顔だけが清宗坊の前まで来た。
『も···もしかして[ろくろ首]?』
《正解です》
「お静さん、この御方達はしばらく拙宅に滞在されるため、よろしく頼む」
清宗坊がそれぞれを紹介してくれた。 お静さんは古くからの知り合いだそうだ。
「お静です。 よろしくね、フフフ」
周りに火の玉まで漂わせて、とてもキレイな人だが笑うとちょっと怖い···
挨拶も早々に、清宗坊が玄関の扉を開けてくれた。
中に入ろうとしたが、扉の中が真っ暗なのでそのまま入っていいものなのか躊躇して清宗坊の顔を見る。
「えっと···」
察してくれた清宗坊が先に入ってくれたので続いて扉を潜った。
その時、例の薄いカーテンを潜る感触があり、顔を上げた時に驚いた。
「わぁ!······すげぇ···」
てっきり狭い部屋の中に入るのだと思っていたのだが、そこには手入れされた美しく広い庭があり、何棟も立ち並ぶ立派な日本家屋は白い壁に黒い瓦と窓のコントラストが美しく、白い蔵も見える限りでも5棟並んでいる。
そして家の周りには高い塀があり、その先の遠くには高い山が連なっていて、サンサンと降り注ぐ太陽の陽ざしが眩しい。
「よく分からないけど、サッカー場くらいの広さはありそうだ! ここが全部清宗坊の家なのか?」
「御恥ずかしながら、拙宅にございます」
「ひろ~~~い!! どこまで?」
「もちろん塀の内側まででございます」
「塀の外は他の人の土地なのか?」
「いいえ、見えているだけで何もございません」
「どういうことだ? 何もないって?」
「塀の内側は結界になっておりますゆえ、結界の外にはこの出入り口以外から出ることが出来ないのでございます」
今入ってきた玄関を指差す。
「えっ?」
翔鬼は確かめようと飛んで塀の所まで行き、越えようとしてみたが、当然越えることができない。
壁があるわけではない。 硬い壁も柔らかい壁も感触も何もなく、ただそこから先には行けないのだ。
その何もない感触が逆に面白い。
「なぁ! 天井もか? 上にも結界があるのか?」
「もちろんでございます」
「白狼も一緒に来いよ!」
翔鬼は白狼を連れて空高く舞い上がったが、50mほど飛び上がった所で結界に阻まれる。
翔鬼は結界にボヨンボヨンとぶつかっては離れるのを楽しんでいる。
「白狼もやってみろよ! なにげに気持ちいいぞ! ハハハハハ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「無邪気でいらっしゃる」
清宗坊がはしゃいでいる翔鬼を見上げてつぶやいた。
「ガキなだけだわ」
白鈴は鼻で笑う。
「しかし翔鬼様は呑み込みが早く勘も鋭くていらっしゃる」
今は白鈴と白狼だけでなく清宗坊も加わって武闘訓練と剣術訓練を欠かさず行っているのだ。
「翔斬刀の力も大きいけど···認めるわ」
もちろん訓練の時は翔斬刀の力は使わないが、事細かいアドバイスをしてくれ、時には代わりに体を動かして見本を見せてくれるので分かりやすいようだ。
「そして、お優しい」
「···そうね。 本人には内緒だけどそれも認めるわ」
「あの御方なら必ず成し遂げて下さると信じております」
「···そうでないと困るわ···でも彼一人でするんじゃないわ。 私達にもかかっているのよ」
「はい。 承知しております」
白鈴と清宗坊は無邪気に遊んでいる翔鬼を物思う顔で見上げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
結界で遊ぶのに飽きた翔鬼が、付き合わされていた白狼と共に降りてきた。
「つい夢中で遊んでしまった。 ハハハハハ!」
「本当にガキなんだから」
「白鈴もやってみろよ! 面白いぞ」
「やる訳ないでしょ!」
「まぁまぁ、翔鬼様。 先ずは拙宅に···」
「そうだった、すまない」
日本庭園のような手入れされた植木に大きな岩や池まである。 さすがに鯉まではいないようだが、母屋までの道には歩きやすいように石が並べられ、その両脇に何かオブジェのような物が並べられていた。
何かと思ってそのオブジェをよく見てみると、置物とかではなく小天狗と小鬼が並んでひれ伏しているのだった。
『うそ!! もしかして俺が結界で遊んでいる間、ずっとこうしていたのか?!!···やっべぇ~~···』
翔鬼達が近付くと、一斉に顔を上げた。
「「「お帰りなさいませ!!」」」
「「「いらっしゃいませ!!」」」
どれだけ練習したんだろうと思うほど揃っていた。
「あ···待たせてすまない」
並んでいる中の一人が飛んできた。 烏天狗で与作とよく似ている。
「わたくし金治と申します。 お客様方のお世話の責任者を仰せ付かりました。 ご案内致します」
目の前をパタパタ飛んで案内してくれる。
真ん中にデンと在る母屋の大きな扉は開け放たれ、広い上がり框があり、左右に廊下が伸びていた。
靴を脱ごうとしたら「そのままで」と言われた。
そう言われてみると、烏天狗や小鬼たちは靴さえ履いていない。 もちろん白狼もだ。
「心置きなくお寛ぎ下さい」
清宗坊はそう言って頭を下げてから左の廊下の方に一本下駄のままで歩いて行った。
金治に案内されて右側の廊下を行くと長い渡り廊下に出た。 結界内だから雨が降ることがないせいだろうが、渡り廊下には屋根がなく、橋のような欄干があり細かい細工がされている。
また、そこから見える中庭も美しく、時々中庭を飛んでいる小天狗までが一枚の絵に彩を加えている。
途中で幾つかの建物を通過した先にある二部屋続きの離れに案内された。
右側の部屋に翔鬼と白狼、左側の部屋の前には小鬼の女鬼が待っていて、そこに白鈴が入っていった。
やっと落ち着ける場所ができましたね!




