4.we cry down.―17
その龍二の言葉には宮古も目を丸くした。知らなかったのか、と言わんばかりの様子だった。が、そうは言わずに宮古は仕方ないな、と語りだす。
「大分前の事だけどねぇ。私さ、一応……何、自分でいうのもあれだけど、見た目だけは大人びてたからさ。変な男に声かけられたりしてね。まぁ、ここまで言えば分かると思うけど、私がしつこいのに捕まってた時、偶然通りかかったのか龍二が助けてくれてね」
「覚えてねぇな」
「龍二って今こそ無気力みたいに見えるけどさ、中学の頃は結構正義感強かったしね」
日和が補足を入れた。「ちょくちょく困ってる人助けてたよね」
「漫画の主人公みたいな奴だな」
礼二が呆れた様に言った。褒め言葉のつもりらしい。
「覚えてねぇなぁ」
龍二が何処か遠い目をすると、宮古はくすくすとおかしそうに笑いながら、言う。
「そうだろうね。だって私が気付いても、龍二は気付いてなかったのか、すぐ去ってくし。その事件で私が龍二を気になりだして、頑張って喋ろうと必死に声掛けるのに『誰だこいつ?』って顔でしか相手してくれなかったもん。最初なんて心が折れそうだったよ。慣れたけど」
「あぁ……、だから急に話しかけてくるようになったのか。本当に俺、その件でお前を助けたって事を知らなかったから、誰だこいつってマジで思ってた」
龍二もおかしそうに笑った。春風がそれは酷いねと笑う。
「でもそこから頑張って龍二をゲットしたってわけだ」
遠くから飯島が茶々を入れる。楽しそうな笑みが見えた。
「そうそう。超アピールしたんだからね」
「でも知らなかったなぁ。そんなに龍二に入れ込んでたんだ」
日和が晩御飯を咀嚼して、呟く様に言った。日和は幼馴染として、龍二と相当な時間一緒にいたが、龍二と宮古がそういう関係だったという事に気づけなかった。
「そりゃ入れ込むよ。あの年だよ? 嫌がってる所を助けに来るなんて王子様みたいなモンだよ。そんな事件があればどんだけ変な人でも気になっちゃうよ。それに龍二は優しいし、見た目もいいからね。そりゃハマりますわ」
「照れるからこれ以上はやめろ」
龍二が僅かに頬を赤く染めながら、視線を斜め下に落として言う。そのすぐ側で礼二が「なるほど……シチュエーションが重要」と呟いていたが、誰もが聞かないふりをした。
暫くすると晩御飯も片付く。再び女性陣がキッチンに戻るが、今回はゲストの宮古がミクの面倒を見る事になり、シオンが代わりにキッチンに入った。
背後で食器を洗う音と女性陣の嬌声を聴きながら、野郎共はソファーやら食卓やら、床に腰を下ろしてテレビを見ていた。夕方のバラエティ番組が映し出されている。芸人が喋り、笑いを取って盛り上がっている様子が淡々と映し出されている。居座る野郎共も時折笑い声を上げていた。
そんな最中、キッチンの向こうから日和の声が飛んでくる。
「話してなかったけどさ。私達で花火買ってきたんだよね。よかったら皆でやろう。っていうか皆参加ね。沢山買ってきたから」
「お、花火。いいねぇ!」
飯島が身やったーと大げさに喜んで見せる。龍二はこの前やったばかりだが、この人数で出来るならまた話しは別だ。当然、龍二も乗り気である。
住宅街から少し離れた場所にある広い公園。広いその公園に、龍二達はいた。日が沈み、街頭に照らされる薄暗い公園。だが、広さがあるからか見た目より明るく思えた。ベンチのある場所にはカップルの影も見えたが、触れず、龍二達は誰もいなかった広場に向かった。
広場は昼間であればラジコンヘリを飛ばしたりする者も多くいるが、この時間となると人は全くいない。
バケツは龍二が手に持ってきた。花火一式は野郎共が分けて持ってきた。準備は、万端だった。
「花火とかいつぶりだろう」
宮古が目を輝かせて言う。男子共が花火を広げていると、宮古とミクがすぐに寄ってきた。ミクは大分宮古に打ち解けたらしい。二人で、笑顔で楽しく喋っているのが可愛らしい。
夜の公園に龍二達の声が響くが、近所の家にまでは響いていないだろう。公園の広さは十分にあった。
花火をセットを開き、それぞれが花火を持ち、蝋燭に灯した火を付けて騒ぎ出す。
わいわいと、青春を謳歌していた。純粋に楽しかった。友達と、こうしてわいわいと騒いで、青春を謳歌出来る事が最高に嬉しかった。
――だが、龍二のセンスが働いてしまった。
「礼ッ!!」
龍二は花火を投げ捨てた。いや、投げ捨てたというよりは、自然と手から離れて勢いで跳んだ。この街頭の燈にのみ照らされる薄暗い広場に火花が散り、舞った。龍二はそのまま自身も地を蹴って跳んだ。龍二の余りの脚力に地面は激しく穿たれ、土を跳ね上げ、舞い上げた。
龍二の体は宮古を『守る』ように、跳んだ。突然の出来事に宮古もだが、全員が驚愕した。龍二自身だって驚愕した。
直後、龍二はそのまま、地に落ちた。まるで、間抜けに飛んで、間抜けに着地に失敗したようにだった。だが、違う。直後、銃声が聞こえてきた。だが、これは銃声ではない。
おかしい、と龍二は『肩に走る痛みに耐えながら』、地に転がったまま思った。
全員が騒ぎだそうとしていたが、事情を察知した春風が即座に宮古に寄り添い、全員をしゃがませ、街頭の燈が当たらない暗闇まで引きずるように先導した。当然、龍二を心配して、挙句この状況に困惑して上手く動けない者もいたが、そこは春風が強制的に制した。
「龍二!」
礼二が叫ぶが、春風がすぐに止めた。「いいから、皆黙ってて」
普段と違う春風の様子に、全員が押し黙った。が、宮古はダメだった。その長身を生かした体格差が、この大人数を抑止する春風には抑えきれなかった。宮古は走り出してしまった。龍二の下へと。
(なんでだ。なんでこんな夜中に。……あの銃声は恐らく、サプレッサーに音を抑えられた高速弾が音速を越えた際に鳴らしてしまった音だ。昼間でも響き渡るような音が出るってのに……、なんでこんな静寂な夜中に!? それに、どうして礼を狙った……!? 礼は一般人だろうが。つーか前原も日和も、一般人が皆いるんだぞ! ナンバー潰したってのにまだそんな事しようと考える奴がいるってのか!)
と、龍二が考えている最中、走る音。龍二が顔を上げると、せっかく春風が暗闇の中に逃がした宮古が、一人、この街頭の燈で照らされ、素っ裸同然の宮古が駆け寄ってきてしまったのだ。
「馬鹿! 礼! 戻れ!」
この時既に、全員が龍二の抑える肩から出血している事には気づいていた。が、銃声の件については理解が及んでいないだろう。
「ッもう!」
全員を一度見て、春風は一言、「絶対に動かないで!」と声をかけてから駆け出す。いくら宮古の足が長かろうが、春風の殺し屋として付けられた体力、瞬発力には及ばない。最近体がなまっていても、流石に一般人に負ける事はない。
だが、
「春風も下がれ!」
龍二はこの光景を見て、春風のが不良共にやられたあの光景を思い出していた。まだ、包帯は取れていない。当然だった。故に、叫んだ。だが、春風は足を止めなかった。
春風にだって考えはある。




