4.we cry down.―15
「あはは、ミクちゃん強いなぁ」
と結城が笑う。
カートを押す春風もまた、クスクスとおかしそうに、且つ上品に笑っていた。
暫く歩きながら話しを進め、結局余り物があるのだから、つまめるモノにしようという事でピザやらパンやらを作る事に。そのための食材を集め、カートに入れ、回っていた。
そんな買い物の途中で、
「あ、久しぶりじゃん。椎名さん」
と、カートを押す一人の女性が春風達の前に現れた。
やたら綺麗な女性だった。身長がやけに高く、すらっとしたスレンダーだが、細すぎないモデルのような体型で、顔が異常な程整っていた。まるで、人形のような美しさに、春風は思わず面食らった。
「あ、宮古さんじゃん。久しぶり~」
日和が胸の前で小さく手を振って答えた。
どうやら、目の前に突然現れたこの女が、先ほど話していた龍二唯一の元カノ、宮古らしい。
宮古礼。これでも日和や龍二、礼二と同い年の一八歳だが、どうしても年上のお姉さん、という印象を得てしまう。そして、そんな綺麗な容姿とはギャップを感じさせるような、人あたりの良い喋り方。
「お友達と買い物?」
「そうだよ。宮古さんは?」
日和が問うと、宮古は何かを思い出したかの様に肩にかけていた小奇麗だが目が痛くなるようなギラギラしたバッグから一枚の紙を取り出した。名刺だった。
「私のお父さんがね、商店街で雑貨屋を始めたの。今日はそのための買い物。お父さんの手作り商品とかも出す予定らしくてねー。今は先に御飯用の買い物だけどね」
名刺を受け取る日和。受け取った所で、宮古は手をひらひらと振って「じゃあまたね」と適当な挨拶をしてそのままカートを押して去って行ったのだった。
「雑貨屋?」
春風が日和の持つ名刺を覗き込む。そこには、『雑貨屋 Viore』という店の名前と、『宮古霧男』という店主であろう宮古の父の名前が書かれたシンプルな名刺だった。
「帰りに行っている?」
顔を上げた春風が言うと、「行ってみたいかも」と結城が呟いた。ミクも頷き、「じゃあ寄ってから帰ろうか」と日和も頷いた。
「どうして俺の名前を……?」
龍二が首を傾げると、店主の父親は僅かに眉を顰めて、少しばかり悲しそうな表情をして、返す。
「一度だけ見た事があってな」
「えっと……、」龍二は再度面識があったかと記憶を辿るが、ないと思って、「一体どこで?」
「ウチだよ」
「ここで? 俺はここに来るのは初めてっすけど」
「違う違う。俺の家で、だ」
「自宅っすか……?」
龍二が訝しげな表情をすると、店主はやっと、ハッキリした答えを口にした。
「怪しむな。俺は宮古礼の父親だ」
「あ、あぁ……」
宮古の名前を出されて気づくが、また、違う事も気づく。
「って、確かに、俺は一度礼さんの家に行った事はありますが……。ママさんしかいなかったはずですが」
そうだ、龍二は本当にこの目の前のおっさんを見た事がなかった。そんな龍二の心境を察してるのか、店主は恥ずかしそうに視線を龍二から外し、後頭部をぼりぼりと掻きながら、
「いや、まぁ。君は当時礼と付き合っていたのだろう? 父親としてどっしり構えておくつもりだったが、……いや、その、いざとなると恥ずかしくなってな。隠れていたんだよ」
「さいですか……」
どうりで見覚えがないはずだ、と龍二は複雑な気分になりながらも納得した。
「今はもう付き合っていないのだろう?」
店主は改めて確認する様に問う。当然、頷いて返す龍二。
「もう大分前ですからね。ロマンの欠片もないっすけど、若かったですし。一時の事ですよ」
「そうか。まぁ、気兼ねなくこれからも来てくれていいからな」
「どうも」
そんな些細な会話をして、龍二は再度商品を見て回る作業に戻る。
前原達もそれぞれ商品を見て回っていて、まだまだ店から出るような雰囲気ではなかった。
十数分程して、それぞれ興味の得たモノを購入して、やっと男性陣五人は店を出る事となった。
店を出たと同時だった。
「あ、」
「え、」
声が重なった。
「あ、店の……」
平がポツリと呟いた。
龍二と視線を重ねて声を漏らして立ち止まったのは、やたらと綺麗なモデルのような女だった。龍二と飯島はその美人が誰なのかすぐに気付いた。
「久しぶりだね。龍二。来てくれてたんだ」
笑う宮古。その笑顔がとても美しくて、龍二は思わず息を飲み、見とれてしまった。
「お、おう。お前の父親がやってる店だってのは知らなかったけどな。さっき話しかけられて知った」
龍二と宮古がそう言っている間に、後ろの前原達がこそこそと話している。
「え、何。もしかしてこの美人が宮古ちゃん?」
「そうだろ、卒アルで見た時よりも大分美人に成長してるが面影はあるし」
気付いていた飯島がフォローを入れる。
「つーか、この子だよ。俺が言ってた美人って」
平が言う。と、前原と礼二、飯島は平に哀れみの視線を向けた。ことごとく、龍二に負ける奴だな、と三人の考えが一致した瞬間だった。
そんな三人には待ってもらい、二人で話す龍二と宮古。
「っていうか、買い物までしてくれたんだ。ありがとー」
「別に気を使ったとかじゃなくて……、ただ欲しいモンがあったから買ったまでだよ。いい店だな」
「えへへ、そうでしょー。私も手伝ってるんだよ」
「そうなのか。って事は、」龍二は振り返って平を見て、「平が言ってた美人って礼の事か」
龍二が視線を平にやり、宮古を指差して問うと、平は突然の振りに驚いたのか異常な程目を見開いて、無言のまま縦に首を何回も振った。
「美人だなんて照れるなぁ」
わざと照れたような素振りで両手を頬にやって首を振ってみせる宮古。他の者からすればそんな仕草も見とれてしまう一つの要因だったが、龍二は言われ慣れているんだな、と思った。
「まぁ、また来るよ」
龍二はそう言って切り上げようとしたが、ちょっと待って、と宮古に呼び止められて待つ。すると宮古はメモ帳とペンを肩から掛けるバッグの中から取り出し、何かを書いてそのページだけを千切り、龍二に渡した。見てみると、そこにはメールアドレスが書かれていた。
「それ、私のアドレスだから。よかったらメールしてね」
じゃあ、と宮古はそのまま店の中に入っていった。背後でただいま、という宮古の声が聞こえた気がした。
龍二はもらったメモをポケットに突っ込んで、「帰るか」
と呟くが、その目の前に平が立ちふさがった。
「何だよ?」
訝しげに言う龍二に、平は、
「そのメモ帳。言い値で買おう!」
「二億」
「容赦ねぇなぁオイ!」
珍しく礼二が突っ込み役に回っていた。
「いらっしゃーい。って、椎名さん達じゃん。来てくれたんだ!」
雑貨屋Vioreにて、日和達は宮古と再会した。
「おぉ、すごい興味をそそられる店だねぇ」
意外にも一番興奮しているのは春風のようだった。
「あそこで興奮してるのが龍二の親戚の桃ちゃんね」
「桃ちゃんね。よっし覚えた」
「それで、こっちがミクで、こっちが結城さん。で、私が椎名日和です」
「なんで最後に自分の自己紹介してるのさ」
宮古がおかしそうあははと笑う。日和も笑った。
「お、お友達か。いいねぇ若い女の子は」
特別悪意も感じられない声色でそう言いながらカウンターから顔を覗かせたのは宮古霧男だった。日和が「おじゃましますー」と挨拶をすると、「あいよー」と手をひらひらと振って返し、手元の本にすぐに視線を落とした。




