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4.we cry down.―12


 一瞬の出来事だった。龍二が驚けたのは互いの口が離れてからだった。それほど、短い時間での出来事だった。

 春風はすぐに立ち上がると、「あはは、しちゃった」と笑ってすぐにリビングの中へと戻っていった。その戻るまでの一連の流れが余りに早すぎて、龍二は夢でも見ていたのかと思ってしまった。

 数秒の後、

「え、えぇ、ええええええええええええええええええ!?」

 やっと言葉は出てきた。が、防音のこの窓ガラスをその言葉が超える事はなかった。




 時間は気づかぬ内に過ぎてしまう。龍二達は朝を迎えていた。結局、龍二は前原から少しだけ離れた位置の廊下を床とした。

 固い廊下の上で龍二は目を覚ました。まず目に入ってきたのは、階段の側面の壁だった。この中にもいくつかの武器を隠しているんだな、と思いながら龍二は上体を起こす。と、相変わらず玄関の近くで突っ伏したまま寝ている前原の姿を見つけた。俯せになっているからか、死んでいるようにも見えるし、近づけばゾンビの様に急に起き上がってくる様に思えた。そんな姿だった。

「まだ寝てんのか」

 そう呟いて龍二はポケットから携帯電話を取り出して時間を確認する。電池の大分減ったその携帯が示していた時刻は、午前五時過ぎ。余りに早い起床だった。が、廊下の固い床で二度寝する気にもなれず、龍二は前原を起こさない様に立ち上がり、リビングへと戻った。

 リビングは悲惨な状況だった。

 何故なのかはわからないが、礼二、平、飯島が三人ソファーの上でもつれ合って寝ていた。あまり、見たくない光景ではあった。肌色が多い気がして、龍二は思わず目を背けた。

 すると、「おはよう」台所にいた春風に声をかけられた。

 龍二はリビングの時計を確認してから、問う。

「早いな。ちゃんと寝たのか?」

「少なくともベッドの上で寝たから安心して」

 どうやら龍二が廊下で寝た事を知っているらしい。

 龍二はソファーの上でもつれ合う野郎共を視界に入れないようにしながら、食卓に腰を落ち着かせる。と、階段を降りる足音が聞こえてきた。誰かな、と待っていると、シオンがリビングに顔を出した。「おはようございます」

「あぁ、おはよう」

「おはようシオン」

 龍二の向かい側に腰を下ろすシオン。

「ミクはまだ寝てるのか?」

「そうですね。寝てます。早めに寝かせたつもりですけど、昨日は楽しかったみたいで、疲れたようで」

「そういうシオンはどうだったんだ? 楽しかったのか?」

 龍二が寝ぼけ眼をこすりながらどうでもよさそうに問うた。

「当然」

 シオンは何故か得意げに答えた。僅かながら胸を張っているのが妙におかしかった。

「でもよかったね。前原君達も人見知りする事なく盛り上げてくれたし」

「そうだな。よかった」

 龍二は深く頷いた。本当にそうだ、と改めて確認した。こうやって日常を満喫できた事が、出来る事がなによりも嬉しかった。自身のためにもなるし、春風やシオン、ミク達、殺しの世界から引き抜かれた者のためにも当然なっていた。

 こうやっていると、ついこの前、同じ学校の人間を殺した事も忘れてしまいそうだった。あの一件はナンバーの不祥事だ。何も言わずとも協会が片付け、隠蔽をしてくれるため、後に残り、龍二の足をたどるような問題は残らないが、きっと夏休み明けの学校はお通夜ムードで開始される事だろう。きっと、今でもあの不良共周辺では騒がれているに違いない。それに、浩二がやらかした倉庫の件もある。きっと何も知らない連中は上層部からの圧力で意味不明で理解の出来ない脅しをかけられているのだろう。

「朝御飯先に食べちゃう? 二人とも?」

 春風が台所から顔を覗かせて問うと、龍二とシオンは一度見つめあった後、同時に頷いた。

 わかったーと快諾した春風はキッチンに引っ込んで何かを作り始めた。朝食だ、それに昨日散々すごい料理でもてなしてくれた。龍二達はもとより欲深く朝食を望む事もない。きっと簡易なモノを作ってくれているのだろう。

 春風が朝食を作っている間に、珍しく龍二とシオン、二人の会話が進む。

「ミクは可愛いか?」

 龍二はいたずらに笑って問うた。

「そりゃかわいいでしょ!」

 少しばかり声が大きいシオン。シオンはごほんと一度咳払いをしてから、続ける。

「そりゃ可愛いよ。可愛いですよ。神代龍二の所に助けを求めにきて良かったとも思ってます。当然です」

 本当にミクが好きなのだろう。愛おしいのだろう。言うシオンは笑顔を表情に貼り付けて何処か誇らしげだった。

 まだ、龍二はシオンとミクにミクの出生の事を伝えてはいない。この前春風に相談しようとしたら、話しがそれてしまったからだ。春風と二人で伝えるかは決めよう、と改めて考え直した瞬間だった。ここまでミクの事を大事に思っているのだ。心境の変化があるとは思わないが、何もないとも言い切れない。

「ははは。ミクは幸せもんだな」

「私もですよ。こうやって神代龍二が一緒に住めるようにしてもくれましたし。本当に感謝してます」

「いやいや、俺はお前を仲間にしたかったからいいんだよ」

「それについては疑問です。どうして仲間を必要としたのですか? あなたなら、一人でも何でもできそうです」

 不意にシオンは真剣な雰囲気を演出して問うた。単純な疑問だったのだろう。だが、

「ふっ、答えてやんねー」

「えぇ!?」

 龍二はいたずらに笑ってそう言った。が、本心は、春風に何度も説明しているし、いずれどこからか訊くだろう。説明にも飽きた、と言った所だった。

 しつこく追求されないように、と龍二は話題を変える。

「ところでさ、シオンは何か趣味的なのってないのか?」

「趣味ですか」

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