4.we cry down.―8
「な、なんだ。どうした!?」
春風のそんな異常な様子に思わず驚いて目を見開く龍二。そんな龍二に視線をがっつりと向けた春風は、こう言うのだった。
「灯台下暗しって事だよ!!」
「は?」
37
龍二の家のリビングは珍しく賑わっていた。普段も人の数こそあるが、賑わうとう事がないために珍しい光景となっていた。
日が沈み駆け、空が赤く染まり始めた夕方。約束通り、前原、平と更に二人の同級生が龍二の家を訪れていたのだった。
食卓には春風が手を振るった豪華な料理が並べられていて、ミクが一生懸命作った装飾がリビングを明るく包み込んでいた。
この場には龍二、春風、日和、礼二、シオンにミク。それに前原、平、飯島の男三人と、飯島の彼女である結城が来ていた。
当然。と言わんばかりに食卓にはアルコール類が並べられている。前原達の手土産らしい。この年頃の連中はアルコールだのニコチンだのに手を出したがる。龍二は『もしも』の時のためにアルコールには絶対に手を出さないが、周りは別だ。
春風を目的にして来たという平は既にべろんべろんで、春風にちょっかい出すいわゆる『ウザ絡み』を通り越してソファーに沈黙していた。そう、このパーティは開始してから少し時間が経っていた。
気づけば、一時間程経過していた様だ。が、まだまだ夜は長い。
目的果たす事なく潰れて消沈した平を放っておいて、残りでわいわいと楽しんでいた。
ミクが時折アルコールに手を伸ばそうとするのをシオンが止めている光景が見ていて笑えてきた。
「つーか飯島、いいのかよ。彼女と二人何処かいかねぇの?」
龍二がコーラ片手に問う。素直な疑問だった。
飯島はクラスメイトで、その凛々しい顔立ちと文武両道なその生き様から大分人気の高い男だった。そして、真面目にやる事はやるし、ふざける時はふざける、という完璧超人のような存在だった。そして結城はそんな最強の男を捕まえた女。彼女もまたクラスメイトだが、目立たないタイプの女だった。が、飯島の好みだったのか、飯島と付き合う事となり、その名を自然と広めた。
そんな二人。せっかく二人でいるのだから二人でデートでもしてくれば良いのでは、と思うのは当然だった。
「まぁ、こうやってワイワイする方が楽しいからな。夏休みもまだ前半。デートなんていつでも出来るだろ?」
と気さくにいう飯島。あぁ、これはモテるな、と龍二は思った。
「で、気になってたんだけど、」
不意に飯島は言って、辺りを見回した。急にきょろきょろと視線を泳がせ始めた飯島を見て龍二は首を傾げる。
「どの子がお前の彼女なんだよ?」
そう言っていたずらに笑う飯島。イケメンだった。
「それ、気になってた」
と、ミクが乗ってきた。シオンが絶望したような顔をしている。そのすぐ側で春風と日和の顔が引きつっていた。
「おいおい。俺はフリーだぞ。大分長い事、な。ははは」
そう自虐めいた事を言って笑う龍二。龍二には周りは見えていなかったようだ。
だが、龍二にも思う事があった。当然それは、春風の事だった。最近の春風は何故か『妙に気になる』。そんな素振りを見せているような気がする。が、自意識過剰だと思いたくない、と龍二は気にしないようにしていた。
そんな龍二の心情を知ってかしらずか、春風がちょっかいを出してきた。龍二の背中から彼にもたれかかり、くすくすと可愛らしい笑みを浮かべながら、
「じゃあアタシが彼女になってあげようか?」
と、笑う。
「はは、二人だったらお似合いだな。平にゃ悪いが」
前原もちょっかいを出してくる。
「え、平君って桃ちゃんに気があるの?」
日和が問う。その言葉に焦りの色が見えた様な気がした。
「そうだぞ。もうデレデレだ。妄想の中でな」
前原が苦笑しながら返した。
「へー。やっぱ桃ちゃんモテるんだねぇ」
日和が何かに感心した様に、頷きながら言う。
「でもホントにそうだよ。転向初日の時の感覚でわかってるだろうけど、春風ちゃんクラスの中だけでなく、学校中の、少なくとも同学年の野郎共の間ではそうとう人気だぜ?」
「そうだよ。性格もいいからモテるから女子から嫌われる、なんて事もないし。正直うらやましい」
飯島カップルが言う。その話しが本当なら俺はすごい奴と一緒に住んでるんだな、と龍二は苦笑する。
「な、なんか照れるなぁ……」
龍二の顔の横で白い肌を真っ赤に染める春風は完全に少女だった。殺し屋の世界の人間の表情では、なかった。
「でもそうやってひっついてくれてる女の子がいるってうらやましいぞ。おい」
平が龍二達を見ていう。完全にカップルだな、と付け加えて。
「まぁ、私龍二の事『好きだしね』。これくらい好きでするよ。他の男にはお金貰えば……」
春風は、ボケたつもりだったのだろうか。だが、場の空気は一瞬凍った。
「は、え?」
日和の口から言葉が漏れて、やっと場は動き出した。龍二はそんな中でも、二回目だからなのか、眉を顰めて困ったような表情を浮かべていた。悩んでいた。これだけ人がいる状態で、言うという事はどういう事なのか、と。からかわれているのか、ホンキなのか、と。
「え、何。今の告白なの……?」
「いや、多分違う。二回目だ」
困惑する結城にげんなりしながら龍二が答える。ちらりと横を見ると微笑む春風と目があった。その余りに近すぎる距離感に龍二はすぐに恥ずかしくなって目を逸らした。
「二回目って?」
調子が出てきたのか、日和がくすくすと笑いながら問うてくる。
「いや、なんだろう。この前もこんな感じで、会話の流れの中に『好き』って単語を不意にぶち込んできたんだ」
これはもう本気なのではなく、からかっているのだろうな、と思い込んで龍二が答えた。表情は相変わらず困ったようなソレで固まっていて、しばらくは動きそうにない。
「なんだそれ。春風ちゃんもあんまりからかうと龍二が困ってるぞー」
飯島が笑う。が、これがダメだった。
「え。私本気だけど?」
再び、場が凍りついた。




