4.we cry down.―7
一歩前へと出て、「どの死に方がいいか」
龍二は吐き出す。体の中に渦巻く嫌な感情を全て吐き出して空気中に溶かすような、そんな漏れ出した怒り。龍二はそうしても当然、怒りを収める事が出来ない。当然だった。例えアルフを殺しても収まりやしない。だが、殺さない以外の選択肢はない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
情けない抵抗が聞こえてきた。右手で銃を探しながら、左手を顔の前でブンブンと振っている。情けない格好だった。龍二には完全にその全貌が見えていた。殺し屋のする格好ではないな、と高ぶる感情の中で、冷静にそう思った。
「で、どうすんだよ。早く決めろや」
「待て、待てって! 頼む、頼むから!」
「何を待つっていうんだ」
「そうだ。そうだ! 取引をしよう。それで見逃してくれ、な?」
そう言うアルフ。抵抗が無意味だとは分かっている様子だが。だが、右手は銃を見つけた。恐怖に中り過ぎて思考が狂ってしまったのだろう。右手は銃を見つけると、嬉しそうに跳ね上がった。
銃口が龍二に向けられる。そして、あっと言う間にトリガーが引き絞られる。が、放たれた銃弾は龍二からははるかに離れた位置に突き刺さった。
龍二は指一本動かしやしなかった。目で相手の銃の銃口の向き、トリガーに据えられた人差し指を見ていて当たらない、とわかっていたからだ。
「あ、あれ……あれ、なんで、なんでだ……。ち、違う! 撃つ気なんてないんだ!」
アルフは最早まともな思考を持ててはいなかった。右手からせっかく取り出した銃を投げ出し、両手をわたわたと振る。情けない。情けなすぎた。
思わずチッ、と吐き出す龍二。忌々しかった。今すぐにでも殺す事が出来る。だが、こうやって生かしているのだ。敢えて、生かしているのである。
なのにまだ、アルフはまともに動きやしない。
「早く選べ」
「金だ。金をやる!」
「ナンバーは滅ぼしたんだぞ? お前に給料は入らない」
「女、……女だ!」
「悪いが困ってない」
「……ッ、」
終いだった。
刹那、龍二の鋭利な瞳がアルフのすぐ下から伸びてきた。ズイ、と侵入してきた。気づけなかった。まるで、自分だけ一瞬、時間の流れの外に意識を引っ張られていたかのようだった。龍二とアルフの距離は大股で二歩分はあったはずだったが、次の瞬間には龍二はすぐ目の前に出現していた。
これが、龍二の強みだった。索敵能力が低い事に対して、相手の視界から消える事が得意なのが龍二だった。つまり、対人戦で考えれば、龍二は恐ろしい程強かった。そもそも、普通の殺しの仕事で対人になる事はまずない。これも、浩二が先の事を見据えて考え、龍二を育てた結果なのだろうか。
ともかく、龍二は相手に対して、瞬間移動したかのような恐怖を見させる事が出来たのだ。ウルフと戦ったあの時も、ラインを上手く使い、自身のそのセンスを使った事によってあれだけの数を圧倒したのだ。
ズブリ、と、下から、アルフの喉から上に、突き進む様に突き刺さる刃。既に鮮血でコーティングされて真っ赤に染まっていた刃。水々しい音が漏れた。震えるアルフの顔。刃を滴る真っ赤な鮮血。その鮮血がナイフの柄に落ちるよりも前に、ナイフは動かされた。上に、だ。
刃の先端が柔らかい感触を得た。
鋼鉄の仮面をかぶったかのような龍二の恐ろしい表情の目の前で、アルフの瞳が思いっきり上に振り切れた。口から、ありとあらゆる何処かから、ありとあらゆる何かが漏れ出した気がした。
アルフの全身から力が失われ、龍二が胸の前で掲げるように持つナイフに全てを支えられている状態である。龍二の手には骨と思われる固い感触が響いていた。
「……、これで済むと思うなよ」
龍二は吐き出した。
「正直俺はkiller cell計画なんてどうだって良い。もう、それよりも、まともに機能してない協会、それと、マナーを知らない連中。俺の中での懸案はそれだ。俺はこいつらを始末する。全部、全部だ。俺が元の世界に戻れないってのは分かってんだよ。だから、俺が殺しの世界にいても、周りと関わってても、安心出来る世界を自分で作ってやる。俺はわがままなんだ。俺には幼馴染も友達も必要だし、学校にだって行きたい」
はぁ、と溜息。
「無理だな」
厳しい真実。
「無理でも、可能にする」
「わがままだな」
「その通りだ」
龍二は笑う。向かいに座る浩二も笑った。
「滅茶苦茶だね」
そして、龍二の隣に座る、頭を包帯でグルグルに巻かれた『春風』が笑った。
『医者』の話によると、障害は出ないらしいが、後少しでも殴られた際の衝撃が大きければ、なにかしらの障害を負っていただろうとの事だ。骨が砕けて脳に突き刺さりかけていたレントゲン写真を見た時、龍二は思わず呼吸を止めた。素人目でも分かる程に砕けていた骨を目の当たりにして、春風が死んでしまうのではないかとまで思っていた。が、流石は『医者』。たったの二日でこの回復だ。当然中身がどうなっているのか、龍二にはわからないが、見た目回復し、意識を保って喋っている事に安堵した。本人は髪をばっさりと失ってしまった事を気にかけているようだが、医者の気配りなのか極普通のショートカット程度には残されていて、龍二は問題ない様に思っていた。それに、しばらくは包帯が取れそうにない。
「で、龍二」
浩二が不意に言う。続けて、「桃ちゃんも」
突然話しかけられた二人きょとんとする。急になんだ、と言いたげな表情だった。
そんな二人の気持ちは汲み取れないか、浩二はこんな事を言い出す。
「日和ちゃんには、殺しの世界の事を話したのか?」
「は?」「え?」
何故、今このタイミングで、そんな話しが出てきたのか、と二人は首を傾げた。
が、浩二はそんな二人を放置して、席を立った。どうでも良いと言わんばかりの笑顔を見せつけて、「ならいいや。俺は龍二と違ってkiller cell計画をどうでも良いとは思えないからな。俺は暫くまた、顔出さないから。頑張ってくれよ、二人とも」
そう言って、すたすたと歩いてリビングを出て行ってしまう。本当に、ナンバーとライカンのメンバーを潰すためだけに来たのだな、と改めて時間した。
浩二がいなくなって、一瞬の静寂が二人の中に流れたのだが、それはすぐに打ち破られた。
「あ、あぁあああああああああああああああああああああああああああああ!?」
春風が悲鳴を上げた。




