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4.we cry down.―6

 不気味に笑んだ男の言葉に反応したか、春風からはうめき声のような小さな悲鳴が漏れるが、この場にいた誰もはそれに気づこうとはしなかった。気付いたとしても、何もありはしないだろうが。

「さぁて、じゃあ俺はこの子と遊んでくるから。お前らは神代が来るまで人質の女とでも遊んでろよ」

 一方的に、押し付ける様に、それが既に決まった決定事項だと言わんばかりに、男は言って、うなだれてまともに動けない春風の脇を抱えてその暗闇に溶けて消えていった。

 残された四人の間には余りに重い沈黙が流れ出した。

 が、その長い様で短いようで、やはり長かった沈黙は容易く打ち破られた。

「じゃあ、やっちまうか。ここまで来たんだ。今更だっての」

 桐沢が無表情でそう言った。異常な程に溢れ出した冷や汗が僅かに差し込む月明かりに照らされて表情がてかっていた。

「そうだな。アイツも、可愛いし……」

 柳沢もそう呟く。が、顔は無表情。二人とも鉄仮面をかぶっているかのようだった。そんな彼らとは対照的に恐怖を表情に貼り付ける倉科と水沢。だが、二人もその気はあるのか、黙ったまま、ただ異常な程目を見開いて二人の顔を伺っていた。





 春風を連れた男はナンバーの下っ端で、アルフと呼ばれる殺し屋だった。ワンの命令で不良共が粗相を起こさない様に監視の役を請け負っていた。

 アルフは廃工場の隅にある一室まで来ると、扉を締め、動けない春風の体を放り投げるようにして転がした。力の内春風はそのまま無抵抗に床に落ち、転がり、部屋の中央にうつぶせに倒れた。転がった後に見てて痛々しい血痕が残るが、暗闇に紛れてあまり見えやしなかった。

「さぁ、お楽しみだぜ……。これだから一人任務は堪らないねぇ……」

 涎をすする音と春風のうめき声が響く。やはり、春風の意識自体はまだある様で、必死に動こうとしているのが分かるが、大した動きにはならなかった。

 そんな春風に近づいたアルフは彼女の側まできてしゃがみ込み、体をなんとか動かそうとしている春風の腕を掴んで無理矢理に仰向けにして、そのまま馬乗りの形になる。

 そうして、不気味な笑みを表情に貼り付けたまま、彼女の上着に手をかけようとして――、着信を知らせるバイブがポケットで響いた。

「チッ、なんだよ……」

 アルフは手を止め、忌々しげにそう吐き捨て、すぐにポケットから携帯電話を取り出した。バイブのパターンで分かっているのか、それともその携帯電話が『仕事用』のモノなのかは分からないが、今、このタイミングで携帯に集中を向けたという事はそういう事なのだろう。

 携帯を開いたアルフはメールの着信に気づく。と、アルフの表情が強ばった。

 同時。

 この静謐で支配された廃工場の外か、中か、どちらかは分からないが、近くから、排気音が聞こえた気がした。

「ッ!?」

 アルフは即座に春風から立ち上がり、辺りを見回した。辺りは暗闇に支配されていたが、目がなれていたためある程度の視認は出来る状態だった。部屋の中には何もない。扉も開いた様子はない。部屋の上部にある小窓から見えるのは夜の空の灰色。

「…………、」

 排気音は聞こえなかった。一瞬聞こえたその排気音。こんなにも早く聞こえなくなってしまうと、気のせいだったのでは、と思ってしまう。

「なんだってんだよ……」

 自身の焦燥に恥ずかしさを覚えながらそう言い訳めいた呟きを放つアルフは再度携帯の画面に視線を落とす。着信したばかりのメールを開いた画面。そこには、三つの添付ファイルが表示されていた。拡張しはJPG、よく見慣れた画像の拡張子だ。

 メール自体は本部から届いていた。本部から本文なしの画像だけのメールが届くなんて異常自体だ。有り得ない。そんな事はあってはならない。嫌な予感しかしなかった。体中を這うような悪寒がアルフを支配し、恐怖を煽りだしていた。

 生唾を飲み込み、アルフは震える指でそのファイルを表示させた。

 ――絶句。

 最早呼吸まで止まってしまっていたかもしれない。

 表示された一つ目のファイルには、見慣れたナンバーのアジトが映し出されていた。ナンバーのアジトは大きなビルだ。都会のビルの羅列に隠された巨大企業が経営でもしていそうなビルで、その中には数え切れない程の殺し屋が潜んでいる。

 そんなビルの内部での、血みどろの光景。写っている死体は全部で――いや、数える事は出来ない。わざと『脅す為にか』積み重ねられている大量の死体。そして更に、その見た者の恐怖を煽るかの如く、絞り出されたかの如く大量の鮮血が新たに上からかけられているのがわかった。

 震えた。止まった。

 最早まともな思考も出来なかったかもしれない。

 自然と指が動き、二枚目のファイルを表示させる。

 そこには、ナンバー本部での中核をなす、オフィスの景色が映し出されていた。ここは仕事を請負い、仕事の配置をして、とする内勤者が集まる場所。そして、当然の如く、その景色も真っ赤だった。いくら殺せばこれだけの巨大なスペースを埋めるだけの血を絞り取れるのかと疑う程に、真っ赤に染まっていた。当然の如く死体は山積みにされていて、挙句部屋の隅に積み上げられてた。

 最早確信していた。

 そして流れのままに三枚目のファイルを開く。それと同時に、外から不良共の悲鳴が重なって響いて聞こえてきたのだが、最早アルフの脳には認識出来なかった。

 三枚目のファイルには、見慣れた顔――の、死に様。

「ゼロ社長……、」

 アルフの口からやっとそんな言葉が漏れた。と、同時だった。背後で、轟音。扉が蹴破られた音だった。

 思わず携帯を投げ出し、アルフは振り返る。と、入口に屹立する、悪魔のような影を見つけた。

 一目見てわかった。その影は、絶対に相対してはいけないような程、格上の存在なのだ、と。

 アルフは人質を取る、というワンの卑怯な作戦には乗り気だった。殺し屋の、決して表には出ず、一般人は巻き込まない、というスタイルを疎ましく思っていたからだ。だが、その考えは間違いだったと気付いた。

 一般人だろうが何だろうが、変わりはない。

 人質を取るという事は、その人質を大切に思っている人間の怒りを買うという事。怒りは人間を恐ろしい悪魔へと変身させてしまう。その人間が、その悪魔が、元より恐ろしい力を持っているとすれば、バケモノへと変えてしまうという事。それに、アルフは今更気付いた。

 悪魔のような影は、神に代わるとも言われた男。当然、神代龍二だった。アルフもこうやって直接彼を見るのは初めてだったが、すぐに気付いた。

 学生で、殺しの世界から一度逃げ出して、と舐めていた。侮っていた。そして今、それを後悔した。

 龍二は恐ろしい程鋭利な視線をぎょろりと動かし、アルフの背後で転がり、苦しげにうめいている春風の姿を確認した。

 確認すると、龍二は『放り投げた』。

 アルフはその瞬間は、龍二から何が投げられたのか、わからなかった。連続するどさり、どさり、という放り投げたにしては重すぎる落下音に気付いて視線でそれらを追い、アルフはやっと気づく事が出来た。

 四つの死体。

 神代龍二がブチ切れている証拠だった。一般人だろうと関係なく巻き込んでしまえば良い、と考えていたのはワンのようなイカれた連中だけではなかった。

 龍二は決して英雄や主人公なんて人間ではない。わがままで、優柔不断な高校生だ。その感情が爆発してしまえば、一般人だろうが、殺し屋だろうが関係ない。悪しき事態を招いた人間全てを殺す。そんな狂人へと変身してしまう。

 転がっていたのは、先ほどまで会話を交わしていた、不良共だった。倉科は目を潰されたのか、ホラー映画に出てくる怨霊の様に目を真っ赤に染め、赤い涙をばらまいている。水沢は両腕を肩から断たれている。龍二が持っているのはナイフだ。どうやって切り落としたというのか。それに、この短時間で。柳沢に至っては首が飛ばされている。そして、桐沢は、臓物を腹からこぼしていた。

 殺し屋の殺し方ではなかった。これは、殺人鬼の殺し方でしかなかった。

「ひっ、」

 アルフの口から悲鳴が漏れた。脳が自制できなくなっていた。装備を取り出そうと反射的にするが、手は異常な程震え、まともに動きやしなかった。気づけば立ちすくんだまま失禁して、足元を濡らしていた。が、手はまだ空気中を踊る様に動いている。

 良く見れば、水沢のモノと思われる両腕と、柳沢の生首が、足元に落ちていた。

 絶望的だった。麻薬カルテル組織とでも対立してしまったかと思う程だった。残忍すぎる死に様、殺され方。もはや、殺し屋の範疇を超えていた。

「選べ」

 龍二は静かに吐き捨てた。

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