4.we cry down.―5
嫌な予感はしていた。相手がただ無抵抗に話を進めているとは思わなかった。思っていなかった。だから、龍二は――、引き金を引いた。
部屋の中にサイレンサーをつけていない、抑制されていない轟音がこの広い部屋の様々なモノに反響して響いた。その轟音は、龍二の持つ銃から響いたのは言うまでもない。
硝煙が銃口から立ち上る。その後の音はなかった。
龍二は即座に銃とナイフをしまい、携帯を取り出した。数メートル先で膝から崩れ落ちたゼロの事を視界の隅につけておいて、龍二はけいたの電源を入れる。この携帯電話はプリペイドでもなければ私用で使っている代物だ。むやみに電源を入れておけば何かの証拠、足跡を残してしまう可能性がある。使いはしても必要な時以外は電源を落としておいた。勿論そんな事は『無意味』同然だが、一応の安全策だ。
電源を点けた携帯電話は暫くすると着信履歴とメールの受信履歴を表示した。着信履歴には礼二からの履歴が多くあった。その数の多さに嫌な予感が増幅された。
(日和の身に何かあったらただじゃ置かないぞ……)
心中でうずまき、増幅される怒りをぶつけるかの如く、龍二は素早く銃を取り出し、既に倒れ血溜まりを作り出していたゼロの死体に向けてもう一発の銃弾を放った。放たれた銃弾はゼロの後頭部に突き刺さり、頭蓋を貫通して血溜まりの中に突き刺さった。その時既に、龍二は銃をしまって携帯に意識を集中させていた。
礼二の着信履歴にはすぐにかけ直すとして、その前にメールの受信履歴をチェックする。何も重要なモノがなければよいのだが、という龍二の期待は当たった。メールは全部で三通届いていたが、その全てが某ショッピングサイトからの嫌がらせの様に届くメールマガジンで、人からのモノは一通もなかった。
空いた片手に銃を取り出し、もう片方の手で携帯を耳にあて、礼二にコールして龍二は歩き出す。
数回の音の後、礼二につながった様だ。礼二の焦りの大音声がスピーカーフォンの様に聞こえてきた。
『龍二、大変だ!』
「だろうと思ったよ。で、今どうなってる?」
龍二の落ち着き払った態度に何かを感じ取ったか、それとも素直に驚いているのか、龍二のその言葉の後、礼二は一瞬黙り込んだ。が、すぐに答える。
『日和があの不良共に拉致られた。車で。それで、俺、』
「お前は何もしなくて良い。何処に行ったか分かるか?」
礼二の言葉を最後まで聞かずに龍二は言う。だが、礼二はこれはしっかりと伝えなければならない、と感じたか、龍二の質問を無視して、言った。
『俺、俺だけじゃ無理だと思ってお前を頼りにお前ん家に……、』
「春風か」
言葉の途中で龍二は察した。話を聞いた春風が助けに向かわないとは思わなかった。春風に言って出てきたわけではないが、着信履歴や受信履歴がない事や、今までの体験から龍二がどうしているかを春風は予想していたはずだ。
『そ、そうなんだよ! 助けに行くって……、でも、流石に桃ちゃん一人行かせるわけにもいかないから俺も着いてったんだけど……、』
「そのいい方だと今、現場にいると推測出来るが」
と、ここで階段を下りていた龍二の目の前に黒の装備に身を固めた敵が一人、飛び出してきた。龍二は携帯を耳に宛てたまま、銃を一度地面に落とし、そうして空けた手を伸ばして相手の伸びてきた手を払い、相手の手首を掴み、ひねり揚げ、そのまま流すようにして強制的に相手に膝をつかせた。『そうなんだよ! だけど、あの不良共武装してて……、』膝を突いて怯んだ相手。だが、龍二はまだ手を離さない。更に捻り上げ、相手の動きを制したまま、『桃ちゃん、なんかすげー強くて、圧倒してたんだけど……、』「何があった?」強制的に表情を上げる事が出来ない敵の鼻を潰す龍二の膝蹴りが、下から突き上げるように相手の顔に炸裂した。敵は一瞬うめき声を上げるが、すぐに意識を失ったから、鼻血を撒き散らしながら大きく仰向けに弧を描くようにして、倒れた。『不良共の仲間が増えて、金属バッドで不意打ちされて、連れてかれた』
「……ッ、」
龍二は言葉を失った。そうだった。春風は実働役ではるが、元々ウルフの下っ端だ。いくら殺し屋で、一般人よりもすぐれたスキルを持っていても、何か不意を突かれてしまえばどうしようもない。それに、龍二は意図的に春風を殺しの世界から離そうと、実働役として活動させていなかった。短い期間ではあるが、体だってなまっていたはずだ。
「くっそ……。礼二、今どこにいる?」
龍二は叫びたい気持ちを抑えて友にそう聞いた。
いくら声色を抑えようと、その友に龍二のその感情はしっかりと伝わっていたようだ。僅かに友人を、幼馴染に怯えていると分かる、僅かに震えた声で、礼二は答えた。「あの廃工場だ」
「や、やべぇよ……死んだんじゃねぇか!?」
倉科が悲痛な叫びを上げる。暗いため、周りの仲間達は認識していないが、涙を目に溜めていた。声と連動して体が震えている。後一つでも何か異常自体があれば、失禁までしてしまいそうな程、彼は奥していた。
「死んでねぇよ。息はあるだろうが」
倉科とは対照的に『こんな状況』でも俄然とした態度で屹立するのは見慣れない男だった。雰囲気を感じ取ればまずわかった。この男だけは、不良なんて茶地な存在ではない、と。
男は片腕で『頭から血を流して項垂れている『春風桃』の脇を持って抱えて無理矢理立たせていた。良く見れば春風は浅いながらも呼吸をしていて、意識も朦朧としているがあるように見えた。が、今や何一つの抵抗も出来ない状態だろう。
「ほ、ホントだ。息はしてる……」
恐る恐る春風を覗き込んでそう呟く水沢。
「それに、ここまでやっちまったんだ。今更人が死のうが死なないが関係ない」
「そうだな。もう、吹っ切れるしかねぇんだよ!」
桐沢に続いて柳沢が声を荒げる。
「で、こいつどうしようか」
と、異質な男は春風を持ち上げて呟く。視線が下品だった。朦朧とする意識の中でも、春風は嫌な気分を覚えた。一度の舌なめずりの後、異質な男は汚らしく言う。
「ひん剥くか。顔はいいしな。楽しめそうだ……」




