4.we cry down.―2
そして深呼吸。これからが、正念場、本番だ。
龍二は装備を改めて確認し、扉を開く。音は全くしなかった。扉が新しいからだろうか。開けた感覚がない程に軽かった。
扉の先は龍二の予想通り、広いスペースだった。あちこちに本棚や棚があり、そこに何かが飾られている。何かは一目見ただけでは分からないが、協会から送られたトロフィーやら何やらかもしれない。キラキラと光っているのが目に付く。
正面奥にデスクと椅子。椅子の背もたれは大きく、やたらと目に付く。デスクも高級な木材を使用しているのか、木目がやたらと綺麗で、表面は輝いていて、手入れされている事も確認できる。
その更に奥。この建物に入って初めてみた窓があった。壁一面をそのままガラス張りにしたかのような、足元の景色が全て確認出来そうな巨大な窓だった。そのど真ん中、そこに、一つの影がある。
僅かに猫背になった年老いた影。だが、年寄り、という雰囲気は全く感じられない。むしろ若々しさを超越する程の威圧感を放っていた。遠くからでもハッキリと分かる。殺気とはまた違う、年功がその身に宿した自然と放たれる威圧感。
龍二にはそれがない。だが、殺気であれば話は別だ。
「…………、」
だが、龍二は殺気は放たない。相手がそうだからだ。
相手は静かに振り返る。その荘厳な面持ちを龍二の若い顔と向き合わせる。
「初めてだな。神代龍二」
男――ゼロは静かにそう漏らす。表情に変化はない。まるで、龍二がここに来るという事がわかっていたかのような落ち着き払った表情だ。
「俺が来る事がわかっていたようで」
皮肉めいた事を吐き出す龍二。
「わかっていたさ。今、ワンが集めた部隊が滅ぼされたのを確認した。ワン自体の生死は知らぬがな。どうせ、神代家の仕業だろうと思っていたよ。倉庫丸々一つ落とすなんて普通の殺し屋、いや、人間じゃ考えつかぬがな」
(親父の野郎、そんな派手な事やったのか)
聞いた事に呆れる龍二。だが、今は自分のため、に。
「さて、じゃあ俺が何をしに来たかもわかってるって事だ」
「銃とナイフを手にした人間を見れば事情を知らずとも分かるわ」
「そりゃそうだな」
とぼけた様に龍二は自身の手に装備したナイフと銃に視線を落とす。すぐに視線を上げて、戻して、ゼロを睨む。
ゼロの様子を伺う。だが、どうにもおかしい。余裕が有り余っている様子だ。威圧感でごまかされたそれではなく、本当に余裕の姿。だが、武器を持っている様子はない。こちらには銃がある。相手の手には何もない。反応が早いのは龍二だ。間違いなく今、龍二が銃口を額につきつけているような絶対有利な状態なはずなのに。
そのため、龍二は敢えて銃は突きつけないでいた。銃口を上げていようが、変わらない状況だったからだ。そんな龍二の考えを知ってか知らずかは分からない。ゼロは静かに口を開いた。
「我々に何の恨みがある?」
突然の質問に龍二は怪訝な表情で対応する。
「俺を狙ったんだろ?」
「それはワンの仕業だ」
「何が言いたい?」
ゼロは『話をしにここにいる』と龍二は気付いた。龍二は気を緩める訳ではないが、銃を握る手の力をわざと抜いた。気を楽にはしないが、筋肉の緊張を僅かにといたという状態だ。
眉を顰める龍二に、ゼロは言う。
「私はお前の首に等興味はないぞ。考えてみろ。ここまでの巨大組織を作り上げたのだ。今更何をしなくても、このアンダーグラウンドでも、生きてゆける」
「俺と争いたくないって事か?」
遠回りな事は無視して、と龍二は率直に問う。と、ゼロは素直に、即座に頷いた。「そうだ」
龍二は首を傾げる。意味が分からないとばかりに首を傾げる。当然龍二がその言葉の意味を分からないはずがない。
「いやいや、そこで素直に引き下がる龍二さんじゃねぇっすよ」
ずい、と一歩出る龍二。銃口を上げ、まだ距離はあるが銃口をゼロへと突きつける。トリガーに人差し指はかかっている。当然だ。脅しでこんな事をしているのではない。それに道中散々殺してきた。今更殺す事に抵抗はない。
だが、ゼロの言う事に興味はあった。浩二との作戦ではナンバーを潰す、という事だったが、話次第では待ってみてもよいかもしれないと思った。
「抵抗の色を見せないのはそれで、か」
龍二が問うとゼロは頷いた。やけに素直だ。どうしてか、と思う龍二だったが、問う前に本人の口から漏れ出した。
「今までお前に襲いかかった殺し屋の全てと私は、お前一人に勝てるとは思っていないという事だ。だから抵抗はしない。抵抗した所で無駄だと知っている。それに今、こうやって一対一で向かい合っているだけでそれは明瞭だ。だから、素直に、プライドを持った上で正しいと思う道を選択しているまでだ」
そこまで言ったゼロははぁ、と静かに溜息を吐き出した後、続けて言う。
「だからどうだ、神代家の息子。ナンバーとは休戦協定を結ばないか?」
「う、うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
怒声が炸裂した。夜闇を裂くかの如く大音声だった。だが、それをまたかき消す一発の銃弾が轟き、辺りの静謐に静まり返っていた空気を振動させた。
そして、浩二のすぐ目の前で、反撃する事もできず、振り返る事もできず、ただ、一瞬の叫び声を上げる事しか出来なかったワンが膝から順序良くとは行かず、そのままブッ倒れた。倒れ、鮮血が血溜まりを作り始める。
「ふん……。数を揃えるまでがお前の限界だ」
そう吐き捨てて浩二は振り返る。そして、
「出てこいよ。いるんだろ」




