3.the new arrival and intruder.―10
突然何を言い出すのか、といったような表情で龍二は日和を見るが、すぐに表情は普段のモノに戻した。そうだ、日和だって何かしら感じている事や思う事があるだろう。
日和は気なれない浴衣で無理に背伸びをしながら、言う。
「なんかさ、高校三年になったとかそういうのもあるけど、単純に、こうやって皆でゆっくりしてるってのが私は好き。なんか落ち着くしさ。学校でわいわいしてるのも勿論好きだけど、なんだろう。静かに雰囲気を楽しむのが好きなのかな?」
と、そこまで語った所で日和は頬を微妙に赤らめて視線を何処か遠くへと投げた。珍しく語ったりして、急に恥ずかしくなったのだろうか。その仕草自体が滅多に見れない姿で、龍二は思わず一人にやけた。
「ははっ。でも、俺もそう思うわ」
礼二が続く。
「親父臭くなるかもしれねぇけどさ、こんな事できるのって実際俺たちくらいの年齢までなんじゃないかな? そりゃ自分の年齢以上の体験なんてできないから分からないけどさ、いずれは俺たちだってはしゃいでもいられなくなるだろ。今のうち、こうやって楽しんで、青春してってのはいいと思う」
「どいつもこいつも雰囲気に呑まれてんねぇ」
適当に龍二は呟いた。呟いて、もう一度携帯電話を取り出して時刻を確認した。そしてすぐにポケットに突っ込んでしまった。話していると時間は早く進むモノである。龍二がそろそろか、と思ったその時だった。どこか遠くで花火に関するアナウンスが響いたような気がした。
「お、そろそろだな」
礼二も気付いて首を伸ばした。その直後だ。
空に月明かりとは違う鮮やかな閃光が炸裂した。大きな音が空気を振動して、数キロ程離れた位置にいる龍二達にまでその振動は届く星の輝きを書き消し、黒い空に鮮やかな花が咲いた。一つ、始まってしまえば早かった。続けざまに、視界を埋め尽くす程の、空自体を埋め尽くす程の鮮やかな火花が散り始めた。
「どうだ?」
いつの間にか立ち上がった龍二が春風へと首を傾げて微笑んで問うた。初めて見た花火。春風は本当に女の子らしく、一般人のそれのような、感動したといった表情で目を潤ませて、言う。
「どうして花火って名前なのかわかった気がする」
29
「いいかな? まず前提として彼の自宅を攻めるなんて馬鹿な事はしない。場所が分かっていようが、その仕組みが分かっていようが、対処法が分かっていようが、絶対にしない。俺がそれは許さない。そもそもウルフの連中もカメレオンも、実力っつーか、それなりの経歴を獲得してるってのにアホなんだよ」
そう気だるそうに、だが楽しそうに吐き出したのはワンだ。彼は今、ライトアップされていた。ここにいます、狙撃手は狙ってくださいとでも言わんばかりの目立ちっぷりだが、そんな心配はない。彼が頂上にいるこの薄暗く広い部屋を目を凝らして見れば分かる。この部屋には、彼の部下しかいない。彼の部下によってフロアは埋め尽くされている。跋扈するその無数の影は暗闇に救うゴキブリのような異質な雰囲気を感じ取る事が出来た。
人気歌手のライブ会場のような雰囲気もある。だが、殺伐としたどこぞの軍事独裁国家の招集会場にも見える。
そんな不気味な世界でただ唯一ライトアップされた男ワンは、その特徴的な金髪でライトからパラボリックに放たれる明かりを反射させながら続ける。
「わかってるとは思うが協会所属の殺し屋団体ってのァ、一般人を『巻き込まない』で仕事をするのが暗黙の了解になってんだよ。それらも全部守ってやりきってこそ協会所属の殺し屋だっての」
つまらなそうな口調だった。唾を吐き捨てるような物言いは心底くだらない、と言っているように思えた。
そして、本当にそう思っているのだ、とワンは続けた。
「ルールってのはな、抜け道を探してなんぼなんだよ。俺は神代家を殺して協会にも残れるように考えてる」
そこまで言ってワンが不敵な笑を浮かべると、会場はドッと湧いて歓声で溢れかえった。瞬時にそこまで会場を変えてしまう一言を放てる彼はそれなりの信頼を得ているのだ。ナンバーの上層部の人間として、殺し屋として、これだけの数の殺し屋をまとめあげるだけの力を持っているのだ。
そんな男が神代龍二を狙っている。
それを知って、黙ってるわけにはいかない人間が『まだ』いた事を、ワンはまだ知らない。知らなかった。知る術がなかった。
30
「ナンバーか?」
男が銃を突きつけると目の前の少女を連れた殺し屋は固まった。ガスマスクのようなマスクで表情を隠しているが呼吸を一定に保つ様に努力している事は明瞭だった。
男は銃を突きつけた相手を見下ろす。防具、装備で身体のラインは隠れているが、華奢な体型だな、と男は気付いた。もしかしたら女かもしれないな、と男は推測するが、どうでも良いとすぐに考えから消した。
「……はい」
相手が小さな声でだが、頷いて答えた事で、その考えは戻ってきて、確実となった。この殺し屋は女性だ、と。
男は再度「だから何だ」と自身の考えを消して、話を進める。
「その少女をどうする気だ」
男は女殺し屋の隣で棒立ちのまま固まった少女をちらちと見て、すぐに女殺し屋へと視線を戻して訊いた。
男がこんな事を訊くのにも、女殺し屋をすぐに殺そうとしないのにも当然理由はある。
男は、この場に、視界の隅で動かないその少女を目的としてここにいるのだ。男は殺し屋だった。殺しの仕事として、その少女を目的として、この場にいたのだ。だから、少女の事を問うた。女をすぐに殺さなかったのは、女殺し屋の様子に違和感を感じたからだ。
女殺し屋は少女に対して、哀れみや悲しさ、それに近い何かを感じている様に思えた。
「私は知らない。私は下っ端だし、ただの殺し屋だから」
暫くの間が空いて、女殺し屋はそう答えた。無難でつまらない逃げの言葉だな、と男は思ったが、口にはしなかった。そして問い直す。
「では何故連れている? 生きたまま捕獲するのがそんなに大事か? そもそも、自身の命よりも大事なのか? お前は先ほど少女を『守ろう』と呼び寄せた。俺がその少女に危害を加えるとは思えない状況なのに」
「……何が言いたいの?」
男の質問は半ば脅しのようなモノだった。男は意図的にそういう質問にしていた。女殺し屋を試したのだ。が、女殺し屋は『まだ折れない』。テンプレートな、無難すぎる答えで返してきた。
女殺し屋が動かない所を見るとハッキリとわかる。自身の実力を知っている、そして、男の実力を知っていて、死を覚悟しつつ生きたいと願っている事が、だ。抵抗を見せないのがその証拠である。
が、今の会話で男は女殺し屋の真意を悟った様だ。静かに、だが、女殺し屋に伝わる様に彼女の後頭部に突きつけた銃口を離してやる。
「……守ろう、という所を否定しない辺りが俺は好きだぜ。困惑してるってだけなら何とも言えないがな。俺はこの会社の人間でもなけりゃ警備の者でもない。俺はちっとお前らとは違う理由でここに来てたんだが……。いい提案をしてやる。もし、本当にその少女を守りたいと思っていて、自分の力だけじゃどうにもならないと思ったなら、『神代家を訪ねてみろ」
「へ?」
男の吐き出した長広舌に女殺し屋は首を傾げてもおかしくない程に間抜けな声を漏らした。当然であったし、男もそういう反応が返ってくるだろうな、と思っていた。
男は女殺し屋に気づかれない様に僅かに笑んだ。『どうしてこんな事を言ったのか』と。自虐めいた笑を浮かべて、自分に呆れながら、男は気配を消し、静かに後ずさった。
女が振り返るよりも前に、男はこの通路の暗闇の中に姿を溶かした。




