3.the new arrival and intruder.―8
その大音声は辺りに響き、今から商店街の喧騒の中へと足を踏み入れようとしている人々、付近に配置された警備員の視線を集めた。が、皆はすぐに見なかった事にして不良達を視界からはずす。誰かがどうにかするだろう、という日本人には多すぎる問題点だが、今は都合が良かった。金髪の男にとっては、だが。
金髪の男はその言葉にニヤリと笑う。
「俺は神代龍二をぶっとばしてやろうと思ってるモンだよ」
男の自身たっぷりのその言葉に、不良一同は面食らって固まってしまった。そして、同時に確信した。この目の前の男は、どこぞの学校で頭を貼っているいわゆる『番長』的存在なのだろう、と。龍二の噂はここら一帯の不良には十二分に伝わっている。それだけ知られていればいつの日か他の地域にも広がってもおかしくないだろう。ともかく、不良達はそう思ったのだ。
不良達の目の前の金髪の男は自身満々の様子だ。それだけで、それなりの、相当の力を持っているのだな、と不良達は思った。とても、自分達だけでは相手を出来ないであろう存在だ、と。だから、不良達は逆らうのを諦め、そして、
「神代ならさっきすれ違ったぜ……」
強いものの傘下に加わるという賢いが他人には話せない選択を取った。
「それは知ってるって。それを見てたから、君たちに話かけてるんだから」
男は、決して笑顔を崩さなかった。だが、その笑顔の裏に存在する何かしらの怪しさもまた、崩しはしなかった。
そう、この男は彼らや、龍二のプライベートの関わりを持つ人間を使い、神代龍二を追い込もうとしているのだ。
「ま、とりあえずは知ってる事を教えてよ」
そう言って、『ワン』は笑みに深さを持たせた。
27
「そろそろ、名前を教えてくれないかな?」
龍二宅にて、お留守番を任されていたシオンは、リビングのソファーにてくつろぐ少女の隣に腰を下ろし、少女の顔を覗き込む様にしてそう問うた。これまで、それなりの時間を共にしてきた。名前を知る権利くらいはあるだろう。
少女は声に反応して表情を上げ、シオンを見上げる。少女の大きな瞳とシオンの綺麗な瞳が互いを見合った。
無言のまま互いが見つめ合い、数秒がすぎてやっと、少女はその小さな口を開いた。
「……、ミク」
「ミク? ミクちゃん?」
シオンが確認のために問い直すと、少女は静かに頷いた。頷いた際に上目遣いになるのがとてもシオンの心をくすぐった。
(何この子、かわいい)
自身の中に生まれた邪心を頭を振ることで振り払って、シオンは少女の顔を覗き込むのをやめて、
「ミクちゃん、ね。一応確認しておくけど、神代龍二達に名前を教えてもいいの? 気になってると思うから教えておきたいんだけど、今後の事もあるし」
シオンの問いに少女は静かに頭を振って、「大丈夫。いいよ」と静かに答えた。
わかった、と答えたシオンはふと窓に目を向けるが、カーテンで完全に外の景色は遮断されているため、カーテン以外のモノは見えやしなかった。龍二から「開けるな」と指示されているのだ。龍二のいない間にシオンの存在がバレて襲撃されたりでもしたらまずい。それはシオンもわかっていて、カーテンを開ける気にはならなった。
この家はやたらと頑丈な作りになっている、とシオンは気づいていた。龍二の自宅は多くの殺し屋に知られている。実際に訪れた者はそう多くはないのだろうが、それなりに知れ渡っている。そのため、、襲撃されても被害を最小限に抑えるため、の作りなのだろうな、とシオンは推測した。
「それにしても、大きな家だよね。この前まで神代龍二一人で住んでたんだってさ。この大きな家に。もったいないよね。今は春風桃も一緒に住んでるらしいけど。それでも大きいよね」
少女はコクリと頷いて、「そうだね。大きいよね。私達がいても、大丈夫……かな?」
「広さ的には問題はないだろうねー。神代龍二がここにいろって言ったんだし、問題はないと思うけど……」
「だよね。うん。あの人、なんか優しいよね」
「優しい……っていうか、何か変な人って感じがするかな」
シオンはそう言ってクスクスと笑った。事実だった。依頼料の事もそうだが、接してみて、そう感じたのだろう。
「変な人……」ミクは頷いて、「そうかも。何か変な感じする」
「変な感じ?」
妙に引っかかるミクの言葉にシオンは思わずツッコミを入れた。すると、ミクは不思議そうに隣のシオンを見上げて、呟く様に静かに言う。
「うん。なんかね。見た事……会った事あるような気が、するんだ」
「本当?」
「うん。本当」
ミクの瞳には純粋しか写っていない。嘘を付く理由も当然ないだろう。シオンは不思議に思った。ミクが初めて会うはずの神代龍二に既視感を抱いている、という事が。神代龍二がミクと会った時の反応を見たが、初見の様にしか見えなかった。龍二が一度会ったこんな特殊な子を忘れるとは思えない。
(どういう事なんだろう。ただの勘違いかな)
だが、何故なのか、どうしてか、シオンの心にはそれが妙に引っかかったのだった。
28
夏祭りの規模は大きい。商店街の最北部には仮設だが大きなステージが用意されていて、そこで子供向けのヒーローショウやバンド演奏、ダンス等を見る事が出来る。更に、ステージの向こう側、暫く進んだ先にはこの日ばかりの花火大会の会場も用意してある。夏祭り終了直前に花火は開始されるため、その時間になると夏祭りの現場からそちらへと移動する人が増える。
「そろそろ花火じゃねぇかな?」
フランクフルトを片手に礼二は言う。咀嚼する音が喧騒の中に溶けてゆく。
龍二達は一通り夏祭りを見合わったようで、今は四人揃って路肩の路側帯に腰をかけてそれぞれが何かしらを手にし、食事をしていた。時折通りすぎる知り合いに適当な挨拶をする。が、長く話し込む事はなかった。四人でまとまっているため、他と合流して大人数になる事もないだろう。
「そうだなー」
そう吐き出して返す龍二。そこで、ふと気になって浴衣姿の妙に色っぽくなった春風に訊く。
「花火は見た事あるか?」
「て、テレビでなら……」




