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3.the new arrival and intruder.―2


 シオンはかわいそうに、と思うが、それ以上の事をしようとはしない。大人とは悲しいものだ。仕事を最優先に全てを考えてしまう。生活がかかっているから、とわがままの方向を間違えてしまう。

「何をぼーっとしている。シオン。行くぞ。カバーを頼む」

 男がつっ立ったまま固まっていたシオンを急かす。声に急かされたシオンはハッと我に帰り、頷いて男の僅かに後ろに付いた。手元には銃を構えてある。このビルを管理する警備会社も、このビルに属する会社も、ナンバーの侵入には気付いていないようだが、警戒をしないわけにはいかない。

 男は女を引いて片手を埋めてしまっている。そのためにシオンがカバーに入っているのだ。見た雰囲気で判断すれば男は一人でもこのビルを脱出するくらいの事は容易いだろう。それくらいの経験は積んでいるように見えた。だが、シオンは違う。仮に男と少女がいなかったとしても、シオンは一人でこのビルを脱出する事もままならないかもしれない。それほどの初心者である。

 単純に言えば緊張していた。大丈夫大丈夫と自身に何度も言い聞かせていた。手も僅かに震えていたかもしれない。厚手の手袋によってそれは隠されていたが。

 男が少女の手を引いて進むその一歩下がった位置をシオンが歩く。シオンは正面よりも後方を注意しながら進んでいる。正面からの襲撃はまず男が気付き、続いてシオンが補佐に入ればよいからだ。後方から敵の襲撃があった場合は、シオンが気付き、防ぎ、男と少女を逃せば良い。

 それを考えれば捨て駒だが、殺しの任務だ。仕方がないだろう。

 薄暗い道を進んでいると、道中に監視カメラをも見つける。この階層の監視カメラもちゃんとダミー映像にすり替えられているのか、と不安になるが、どうしようもない事なので無理矢理気にしない様にする。

 この階層では『首相暗殺事件』と呼ばれる殺しの世界に関係する事が調べられていた。シオンは、いや、殺しの世界でその事件は協会の存在と同じ程度には有名だ。何者かが、当時の総理大臣をライフル弾一発で暗殺したという事件。世間でも大騒ぎになった事件だ。一般的には未解決のままで、手がかり一つない状態が続いてるとなっている。が、殺しの世界ではそうはいかない。誰がやったのかもわからず、外国の同業者ではないかという話にもなったりした。余りに手がかりがなく、噂が噂を呼んで話も滅茶苦茶になったりもした。だが、そんな中でも協会は何かを知っているのか、この事件に関しての調査を所属の殺し屋団体に許さなかった。仕事をしろ、それ以外には必要ない、と言わんばかりに。

 そんな事件の調査だ。それ以上手をつけさせたくない気持ちはシオンでも分かる。

 だが、だがやはり。

(身長は一四○弱。体重は三五前後って所かな。年齢は一○歳くらいに見える)

 少女を生きたまま捕まえるという理由はイマイチわからなかった。

 どうしても、気になってしまった。

 その少女はこれからどうなるのか、と男に聞いても答えは返ってこないだろう。男もまた依頼を受けた殺し屋の一人だ。シオン同様そこまでの事情を聞いているはずがない。彼らはただ、仕事をこなせば良いだけなのだから。

(はぁ、殺し屋として私、どうなんだろう……)

 殺しの世界に入ってまだ日が浅いシオンはそんな風に自身の未来を案ずるのだった。

 その時だった。

「うっ」

 短い悲鳴。太く、低い悲鳴。その悲鳴がシオンの目の前の男のモノからだと気付いたのは数秒経ってからだったかもしれない。

「ッ、」

 シオンはすぐに警戒態勢に入る。今さらながら、当然の出来事だった。相手が今まで姿を見せなかったのが偶然か、それとも相手の策略かはわからない。だが、殺し屋が潜入していると気づけば、それなりの動きが出来る者を送り込んでくると考えるのは当然だった。

 薄暗いが隅々まで見渡せる幅の広い廊下だ。だが、どうしてか、人影も気配もない様に思えた。それは単純にシオンが初心者だから、というわけではない。その人物が、『それ程の人間だ』という事だった。

 マズイ。直感でそう感じた。と、同時、シオンの目の前で少女の手を引いていた男が、膝から崩れ落ちた。男が倒れる音が廊下に響き、反響した。

 シオンは男を一瞥したが、怪我の様子は分厚い装備に隠されてか見えなかった。

「こっちにおいで!」

 シオンは反射的に呆然と立ちすくんだ少女を呼んだ。シオンの甲高い女の声が聞こえてか、少女は一瞬ビクリと身体を震わし驚いたようだったが、女、だという事があってか僅かにだが安心し、少女はシオンに駆け寄った。

 駆け寄ってきた少女を引き寄せ、シオンは辺りを見合わす。が、見回そうとしたシオンの後頭部に、固い何かが突きつけられる。それが銃だと気付いたのは一瞬の後。そしてやっと、気配なくとも自身のすぐ背後に誰かが立っていると気づく事が出来た。

「……誰」

 シオンは震える声で呟く様に訊いた。動悸が酷いが、呼吸だけは一定を保つ様に努力した。だが、自然と少女の肩を抱く手に力を込めてしまっていた。

「ナンバーか?」

 だが、男からは答えは返ってこなかった。代わりに問いが返ってくる。

 シオン頷こうとしたが、指一本動かせない状態なため、「はい」と小さく言葉で返した。

「その少女をどうする気だ」

 男からは続いて問いをかけられる。当然、シオンは言葉で返す。

「私は知らない。私は下っ端だし、ただの殺し屋だから」

「では何故連れている? 生きたまま捕獲するのがそんなに大事か? そもそも、自身の命よりも大事なのか? お前は先ほど少女を守ろうと呼び寄せた。俺がその少女に危害を加えるとは思えない状況なのに」

「……何が言いたいの?」

 男の問いに理解出来ないシオンは眉を潜めた。声色も変わっていたかもしれない。それほど理解出来ない質問だった。

 と、男はそこで何故なのか、シオンの後頭部に突きつけていた銃口を離した。その感触に気付いてシオンは振り返ろうとしたが、それは男の声によって制された。

「……守ろう、という所を否定しない辺りが俺は好きだぜ。困惑してるってだけなら何とも言えないがな」少し笑って、「俺はこの会社の人間でもなけりゃ警備の者でもない。俺はちっとお前らとは違う理由でここに来てたんだが……。いい提案をしてやる。もし、本当にその少女を守りたいと思っていて、自分の力だけじゃどうにもならないと思ったなら、」

「?」

「神代家を訪ねてみろ」

「へ?」

 聞き覚えのある名前を訊いたシオンは更なる詳細を問おうと振り返ったが、目の前には、影一つなかった。まるで、最初から誰もいなかったかの如くそこには何もなかった。

 一体何があったのか、と先ほどまでの体験を疑ってしまいそうだった、が、頭を振ってシオンは男の声を思い出す。

「神代家……」

 シオンは思い出す。

 その名前はナンバーのメンバー内での話で訊いた事があった。今の今まで伝説の殺し屋として語り継がれ、子孫は残さず協会によってなんとか処理された殺し屋とされてきたが、最近になってその息子が跡をついでいるという話が浸透し、挙句住処としている場所の住所まで割れているというのに、誰も手を出す事が出来ない高校生の殺し屋。本名も出ていて、簡単に個人情報も手に入る状態でありながら、誰もが攻撃を仕掛けられない存在。高校に通っていながらウルフという組織を一人で潰し、最近頭を出してきていたカメレオンを始末したという殺し屋。生きた伝説。

(神代家って、やっぱりその噂の事だよね?)

 シオンは再び眉を潜める。そして、少女へと視線を落とす。そして、語り掛ける。

「ねぇ、なんで貴方は此処にいたの?」

「…………、」

 少女は答えなかった。だが、視線はしっかりとシオンと重なっている。まだ、答えたくないのだろうか、とシオンは推測し、質問を変える。

「外に出てみたくないかな?」

 簡単なようで、複雑な質問。

『フェイスとの連絡が途絶えた。シオン、応答せよ』

 部隊長からの通信が入ってきているが、シオンは敢えて聞こえない振りをして少女にただ答えを求めた。

 と、少女は静かに頷いた。

 少女のその答えを確かに受け取ったシオンはマスクの下で密かに微笑み掛ける。と、少女の手を握った。

 殺しの世界に入ってまだ日の浅いシオンでも、理解していた。これから自身の犯す行為は、最悪の行為だ、と。仕事を放りだすどころか、オプションを自身の手で逃がすのだから。

 そんな事をする自身が理解できなかった。だが、単純に、こんな幼い少女が殺しの世界に巻き込まれている、という現実を理解できなかった。シオンが殺しの世界に入ってまだ日が浅い故の事だった。実際、広く仕事をしていれば『こんな人間が』と思う人間を目標にしたり、オプションにしたりという事は珍しくなくなる。だが、まだ日の浅いシオンはそこに気を揺るがされてしまったのだった。

「よし、逃げるからついてきてね!」

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