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3.the new arrival and intruder.




3.the new arrival and intruder.





「久しぶりだねぇ。あんたの事を見るのも、身体を診るのも」

 年老いた女性の声だった。声だけで老婆かその一歩手前ではないかと推測出来る声だった。場所は渋谷の何処か。誰もがその場所を知っている場所でもあるし、誰もが知らない場所でもあった。目に見えるのはコンクリートで固められた一室。そこに真似事の様に医者のファイルや医療機材が置いてある。ここは、そんな場所だった。

「殺し屋稼業からは『あの一件』を終えた時点で引退したって聞いてたけど、違ったのかい?」

「俺は神代家だぜ? 何もしなくても向かってくる敵がいるっての」

 呆れた様にそう吐き出し、彼女の目の前に腰を落ち着かせたのは私服姿の龍二だった。

 そう、ここは『公に出来ない』医療施設。正確に言えば、公に出来ない傷を追った人間を診て、治療までしてくれる医療施設だった。渋谷という場所にあるのはやはり木を隠すには森、と言ったような理由からである。正確な場所を誰もが知っているが、誰もが知らない場所、という表現がしっくりくるのはそのためだ。

「やっぱり例のアレかい? なんだったか……、そうそう、カメレオン」

 龍二のティーシャツをまくりあげ、まだ新鮮さの残ってしまっている傷跡を凝視しながら彼女――『医者』は言った。

 その問いに龍二は頷いて答える。

「そうだ。それなりに強かったぞ。女とは思えない様な力も持ってたしな」

「女だったのかい。性別すら分からない程に変装がうまいって聞いていたけど」

「女だったよ。それもそれなりに美人な、な。会う場所と世界さえ違えばまず目を奪われてただろうってくらいには」

「ははは。ませて来たね。アンタも」

 医者はしばらく龍二の腹部に開いた傷跡を見たあと、問題ないね、と頷いた。

「傷自体に問題はないよ。止血剤を早く塗れたってのが大きいだろうね。できれば縫ってしまった方がいいけども、どうする? 一応、自然回復でも治りそうではあるよ」

 医者の噛み砕いた説明を理解した龍二は首を横に振った。どうやら長く時間を取られたくないらしい。龍二は服を戻すとすぐに立ち上がった。そして、

「いや、治るならいいんだ。ありがとな」

 そう簡単な挨拶をして踵を返し、スタスタと歩いてさっさとこの部屋から出ていこうとした。だが、龍二が扉に手を掛けた所で医者が呼び止めた。

「龍二」

「何だよ?」

 龍二は首だけで振り返って問うた。足は止めたが、早くこの部屋から出ていきたいという気持ちが見て取れる。

 そんな龍二に医者は呼び止めて悪いね、と表情で謝って、言葉を落とす。

「最近、来る患者来る患者そのほとんどがアンタの話をしてくるし、聞いてくるよ。昔以上にね。一旦まるで最初からいなかったかの如く噂も話も消えたってのに、これはどういう事なんだい?」

 医者の率直な疑問だったのだろう。だが、龍二もその答えを正確に知っているわけではない。単純な予想は出来ているが、確実なモノではなかった。だから龍二は首を戻して、扉を引いて開けて、

「知らねーよ」

 そう答えながら部屋から出て行ったのだった。




    20




目標ターゲットはこの建物の地下四階にいるという情報だ。それ以上の情報はない。異常な暴れ方さえしなければ協会が事実をもみ消してくれる。各自自身が殺し屋だという事を忘れずに行動しろ。目標を抹殺次第、オプションの『彼女』の捕獲に入れ。以上だ」

 顔から手先足先まで何かしらの装備で黒づくめにした隊長格の男の言葉に七人の殺し屋が頷いた。

 その中の一人が新米の殺し屋『シオン』だった。殺し屋はそれぞれが顔まで隠せる装備で集結しているため、それぞれの顔は分からないし、性別も言葉を発しても分かるかどうかな状況だった。そして、誰もがシオンが女で初心者だという事には気付いていなかった。身を隠す事に集中してしまったが故の失敗だった。誰か一人でも、シオンが初心者であると気付いていれば、この後に起こってしまう非常に面倒な失態は起こらなかったのかもしれない。

 隊長格の散れという言葉で殺し屋はそれぞれ別れ、それぞれがこの薄暗い部屋から飛び出して出て行った。シオンもすかさず飛び出す。

 部屋の外は部屋の中からは想像も出来ない明るすぎる空間だった。長い廊下だ。やけに高級感漂うこの場所にシオンは目を奪われそうになるも、自身は殺し屋で、殺しの任務についている最中だとすぐに思い返して足を止める事はなかった。

 この場所はとあるビルの上の方の階層だ。このビルの地下四階に目標ターゲットが潜み、そしてこの建物のどこかに依頼のオプションである『彼女』がいるとの事。依頼のオプションは『彼女』の捕獲。初心者のシオンには重荷なミッションだった。殺してしまえばそれまでだが、捕獲となるとまた面倒な事になる可能性がある。単なる数合わせとして呼ばれただけならばよかったが、何の手違いか、このグループの隊長格は全員にそれなりの役を与えてしまっている。期待されているわけではなかろうが、そんな重圧を無意識のうちにシオンは感じてしまっていた。

 目の前で殺し屋の一人が廊下の絨毯の床を蹴り、真上に飛んで天井のダクトへと通じる蓋を綺麗に開けてその中へと消えていった。そんな光景を見てシオンも『負けてられないな』と意気込んで進む。

 シオンが属する殺し屋団体の名は『ナンバー』。協会所属の団体だ。巨大な組織で、数や部隊を保持している所から軍隊と揶揄される事も多いが、ナンバーはあくまで殺し屋団体であり、傭兵団体、PMCではないという。メンバーの数を多く保持しているためか、今のこの依頼の様な、団体戦、団体が必要な任務につく事も多かった。

 このビルはとある企業の企業ビルだ。が、最近、その企業が地下で『ある事』をしているという噂がたった。調べてみれば地下そのモノも無許可で作られたモノで、何か一つきっかけがあれば、いつ警察等の表の権力者が介入してくるかも分からない状況だった。そして、その『ある事』が、殺し屋関係の話だという事を知り、更に調べを進めるとその『ある事』というのが、今から大凡一年程前に起きた『首相暗殺事件』に繋がる話だという事もわかった。

 どういう理由なのかは分からないが、依頼主(今回は協会から直蔵の依頼である)はその事件についての調べを進めてもらいたくないのだろう。今回の仕事をナンバーに依頼した。そこまではシオンでもわかった。それに、仕事を受けた殺し屋が詮索をする必要もない。何か知られたくない事があるから阻止をするのだろう、その程度に思っておけばよかった。

 だが、シオンはオプションが気になって仕方がなかった。単純に自身が殺しの仕事に慣れていないため、生け捕りというオプションに気が行ってしまっているという事もあったが、何故、『彼女』を生け捕りにしなければならないのか、という理由が見いだせず、気になっていたのだった。ベテランの殺し屋や、ただ淡々と仕事を熟すだけの殺し屋ならば疑問に思う事すらなかっただろう。任務だけをしていれば金は入ってくるのだから。だが、シオンにとって殺しの世界というのは『まだ新鮮』だ。毎日の様に訪れる新鮮な光景、新鮮な景色、その全てに目を取られていたのだった。

『彼女』を捕まえる事が情報を封じる事と何か関係があるようには到底思えなかったのだ。

 だが、シオンは自身が殺し屋であるという自覚をハッキリと持っているし、大したモノではないがプライドも持っている。考えてしまう事は仕方がないが、極力考えない様にしえシオンは任務を進めるのだった。


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