2.get back the taste.―20
「吠えてろ。その、長い……舌、引きちぎってやる……」
煽り返して、龍二は部屋の中を見渡す。カメレオンが乱射した銃弾によって所々穿たれた跡はあるが、綺麗なリビングだった。新調したソファーが存在を目立たせている。幸いにもソファーに銃弾は突き刺さっていないようだ。
買ったばかりのソファーを無駄にしないためにも、ここで負けるわけにはいかない。
龍二は動き出す。
背中を壁から離して、一歩前に出た後、先ほどのカメレオンの行動を真似る様にしてリビングから腕を伸ばし、カメレオンがいるであろう廊下に残りの銃弾二発を放った。と、なれば当然カメレオンも動かざるを得ない。幸いにも龍二の銃の腕はカメレオンよりも優れている。先ほどのカメレオンの銃撃よりも正確に龍二はカメレオンに向けて弾丸を放っただろう。声のみで確認した位置だ。確証はないが、それでも自身の腕を信じるしかなかった。
(面倒な程に正確な銃の腕前で!)
カメレオンは僅かにだが焦った。神代家の銃を扱うスキルは異常な程高い、という噂を聞いていたが、まさかここまでとは、と現実を直視して、予想を超えている事に焦ったのだ。だから、カメレオンは龍二の残りの弾丸が二発だったという事に気づけず、一撃目が放たれるよりも前、銃口が自身の眉間を捉えようとしたその瞬間に回避行動を取った。
カメレオンのいる位置から見える退避路は三つ。目の前の階段と反対側の玄関。そして階段の奥に見える脱衣所や洗面所へと通じる僅かな長さの廊下だった。意表を突いてリビングへと突入する策も一瞬だけ彼女の脳裏を過ぎったが、神代家の技術は自身の予想を超え、人知の範疇を超えると考慮せざるを得なくなった彼女はそれを選べなかった。
彼女は事前の調査で二階に龍二の部屋がある事を噂程度の確証のない情報だが、得ていた。そしてそこから推測し、龍二の部屋にはいざという時のための武器なり何なりがあるだろうと予想した。だから、すぐに前方へと飛び出し、階段を駆け上がった。足音を殺す余裕はなかったようで、ダンダンと激しい足音が鳴り響いた。
この階段には仕掛けがある。それぞれの段で足音が微妙に変わる様になっていて、敵が侵入した際にどの位置にいるか把握出来る様になっているのだが、今、それは何の関係も持たなかった。
(二階に逃げたか……)
でも、何故、と思ったが、龍二はそこから先を考えはしなかった。今は、どうにかして奴を無力化しなければならない。
カメレオンの推測ミスの御蔭で龍二には余裕が出来た。龍二自身は最悪の場合を想定して警戒し、慎重に行動してはいるが、実際はそれ以上の余裕があった。カメレオンは今、龍二の部屋にこもっている。そのため、そこまでの道のりは安全だ。
カメレオンは龍二が武器を一部にしか隠していないと推測した。推測で動いた。そのため、龍二に余裕を与えてしまった。龍二がカメレオンは二階にこもっている、と気づいたその時、チャンスは生まれる。
龍二は階段の三段目に、登らずに手を伸ばした。すると、隠し引き出しになっていたようで、けこみ板が開き、その中の僅かなスペースを解放した。そこから、龍二は拳銃二丁と弾倉三つ、小型のナイフ二本を取り出して装備した。
更に数段階段を上り、一二段目を同様にしてけこみ板を解放し、その中から止血剤の入った缶と手榴弾二つを取り出してポケットに突っ込んだ。そして、一度廊下まで戻る。
カメレオンが動いていない、という事に気付いた龍二は階段のすぐ下で二階に目をやりながら取り出した止血剤の缶を開け、中に詰め込まれていたペースト状の止血剤をナイフにえぐられた傷を塞ぐ様に塗りたくった。その御蔭で流血は止まる。が、痛みまでは引きそうになかった。流血が止まった事で時間に僅かだが余裕が出来た。
二階を見つめたまま龍二は装備を確認する。
カメレオンは存在を消す程の力を持っている。そのために、二階を注視し続けた。が、降りてくる様子はなかった。
カメレオンが迎え撃ってこない事を確認した龍二は足音を殺して階段を上る。
二階へとは龍二の理想通りに出る事が出来た。僅かなスペース。扉が三つ。右に一つと左に二つ並んでいる。左側に見える奥の扉が龍二の部屋へと通じる扉だった。
龍二にはカメレオンがどの部屋に入っているのか把握していない。だが、何となく直感で、自身の部屋なのだろうな、と思った。細心の注意を払いつつ、龍二は自身の部屋の目の前へと進んだ。そこまでは順調に進んだ。
扉の前まで来て、龍二は一度息を呑んだ。出来るだけ音を立てない様に、だ。
そして、一気に扉を開けた。勢いで、だけではないが、それも合った。開けたと同時に銃を構える。
――が、
「え、ちょっ……龍二!? 何それ!?」
その中にいたのは、勝手に龍二の部屋に上がり込み、ゲームを起動して遊んでいた私服姿の日和だった。
「…………、」
龍二は押し黙って、銃を構えたまま、日和を見つめた。カメレオンは変装の達人だ。変装する時間を与えたつもりはないが、油断する理由はない。何か、何か違う事はないか。普段の日和と違うモノは、場所は、姿は、雰囲気はないか、と見つめた。だが、短い時間という事もあってか、龍二は見つける事が出来なかった。
一度、銃を腰の後ろに回してしまう。が、後ろに回した手はそのまま、銃のグリップに添えてある。
「悪かったな、驚かせちゃって」
言いながら、龍二は考えた。カメレオンが日和の事まで調べていたのか、と。だとしたら、カメレオンは相当前から龍二の事を調べていたのだ、と推測出来る。龍二と日和の繋がり自体はすぐに調べが付くだろう。だが、龍二の部屋に勝手に上がり込んでゲームをする存在という所まで調べが付くのだろうか。龍二は更に考える。日和の様な見た目は可愛い女子がゲームをする、という風潮はこの現代にはあまりない。そのため、調べなければ日和がゲームをする光景が極自然だとは気づけないだろう。そもそも、龍二の様な殺し屋がゲーマーだという事自体が不思議な話で、調べがつかなければどうしようもないだろう。
(日和が本物だという証拠もないが、偽物だという証拠もない)
龍二は悩んだ。悩まざるを得なかった。そもそも変装する時間等ないはずだ。そのため、龍二は今目の前でゲームをしている日和は偽物ではない、と思った。そう、信じた。確信を得ない情報に命を賭けるなんて事は殺し屋としてしたくはなかったが、何より、幼馴染を見極められない自身が許せず、龍二はそう思い込んだ。
「……驚いたよ。もう。何さっきの……銃? ゲームのしすぎで頭やられちゃったんじゃない?」
日和はそうおかしそうにいって笑った。と、龍二の存在に気を取られたせいで、日和が操作していたゲームの主人公が敵に殺されてしまった。その事後の画面に気付いて、あぁ、と残念そうに唸るその姿はまさに日和そのモノだった。
だから、龍二はカメレオンは他の部屋にいると思った。だから、踵を返した。




