2.get back the taste.―16
「ライカン」
「ライカン?」
男は今度こそ素直に、素早く答えた。諦め混じりもあるだろう。
男の言葉に聞き覚えのない龍二は春風に視線をやって、知っているか? と視線で疑問を投げた。龍二はここ一年程度だが殺しの世界から外れていた。周りが神代家の事を知っていようが、龍二は最近の事情にどうにも疎いのだ。そういう時はずっと殺しの世界に浸っていた春風に問うのが早いのだ。調べる事も当然可能だが、聞いて分かるならそれに越した事はない。何より早いし、身内が答えてくれるのであれば、その情報に対しての信頼も得る事が出来る。
龍二の視線に春風は答えた。
「ウルフと敵対してた組織だね」
その答えに男は「そうだ」と頷いた。
「この前お前が潰した殺し屋団体ウルフと敵対関係にあった組織だ」
男の答えに春風が続いた。
「規模は同じくらいかな。確か。どうしてか知らないけどずっと敵対してて、仕事の奪い合い、邪魔しあい、時には抗争なんてのもあったね。バレてたら龍二に潰されるよりも前にとっくに協会に消されてるような事ばっかりしてた関係だね」
春風の解説に、なるほどな、と唸る龍二だった。再び殺しの世界に足を突っ込まざるを得ない状況にはとっくに陥っている。このまま現状を知らないのは問題だな、と危惧するのだった。
今の男の言葉からやはり男は龍二をターゲットとして襲撃をしに来たのだとわかった。こうなれば話易くなる。
「どうして敵対してるかっていうと、……知らないのか? ウルフのリーダーとライカンのリーダーが何か過去に因縁があって仲が悪かったってんだよ」
春風の言葉に進んで補足した男だった。しまった、という表情を見せない辺り、諦めが完全についた様子だった。
「ライカンの人間がなんで俺に襲撃しに来るんだよ。俺ぁそちらさん方の敵だったウルフをぶっつぶしたんだぞ?」
当然思い当たる節はいくつもある。もっとも有力な説は当然、龍二が神代家だから、だろうが。龍二は敢えて問うた。今の男の様子なら、何を聞いても答えそうだったからだ。引き出せる情報を引き出しておいて損はない。相手を殺すか生かすかは別にしても、活かすにデメリットは僅かだった。
「俺は……、実は今回のこの仕事は、ライカンとは全く関係ない依頼だったんだ。依頼人から仲介人を通して俺にコンタクトが来た。俺だって自身の腕前くらいわかってる。名前が売れているわけでもない俺にどうして依頼が来たのかは知らないが、俺だって金が欲しいからな。引き受けたんだ。野良として、な。それがこの様だよ」男は首を動かして自身の現状をわざとらしくアピールした。「俺がお前を甘くみてたってのが原因だけどよ」そして自嘲し、視線を龍二へと戻した。
「野良として、ねぇ」
龍二は考え、記憶をたどった。団体に所属している者が、個人で動く事などあっただろうか、と。通常なれば、その所属団体の名前で、そこから実働一名派遣という形であくまで団体として仕事を受けるものだ。依頼を通す方がまずそうするだろう。
だが、今回の話は少しばかり異質だった。
団体に所属しているほぼ無名の殺し屋に直接コンタクト。そして、依頼。受ける側の人間はこれだ。仕事が来て受けてしまうのはなんとなくではあるが、龍二も納得できた。だが、依頼する側はどうだろうか。仲介人を通す辺りが経験者であり、殺しの世界を僅か以上に知っている事を示している。初心者はまず仲介人の手配が出来ないからだ。だが、それならばなおさら、協会所属の団体に属している者に直接依頼をするというのはまずおかしい。それに目の前の男は名が全くといって良い程に売れていない歯車の一部だ。仮に依頼人が何かの間違いで団体所属の殺し屋に直接コンタクトをとっても、彼に仕事を託すのは納得がいかない。
「依頼主に関する情報を全て吐け」
つまり、依頼主に近づくのが答えを導き出す最良の手段だ、というわけだ。龍二はすぐに男に迫った。
「俺は仲介人とも合ってないよ。最初のコンタクトは黙示録とかいうネットゲームだ。そこのチャットで話かけられた。どうやら俺が殺し屋だって事がバレてたようで、暗号やら隠語を多様した個人チャットになったよ。その後、仲介人からの電話で指示を受けた。別に依頼主がいる事も最初の電話の時に聴いたかな」
「それだけか?」
実は、大手のネットゲームとなると、殺し屋に限らず表でおおっぴらに出来ない仕事の取引に使われる事が多のだ。膨大な量の情報が錯誤しているため、特殊なモノやいくつも多重にプロクシを使って偽装した程度のPCでのチャットは、膨大な量のログに阻まれて見つけにくくなるのだ。偽装は当然しているし、会話の内容も互いのみが確実に分かるようにと大分カモフラージュされている。そのため、足がつきにくく、仮に着くとしても相当な時間が掛かるため(逃走時間の確保が容易だという事だ)、ネットゲームが使われる事が多いのだった。
なので、龍二も話には納得出来た。だが、やはり、疑問は沢山浮かび上がってくる。
「それだけだ」
男は謎の自身に満ちあふれた表情で頷いた。縛られてからこうやって淡々と会話をこなして、この状況に慣れてきてしまっているのだろう。
「自分が依頼された理由に思い当たる節は?」
龍二の勘ぐる、探る問いに男は僅かにうつむいて首を横に振った。
「見ての通り、特別な腕があるわけでも、名前が売れているわけでもないのでねぇ。依頼が来たときには一度自分の目を疑ったさ。結局、金に目がくらんでやっちまったんだが」
「ネットゲームのアカウントは?」
「消えてるよ。依頼が終わった時にはな」
「だろうな」
龍二は考えた。どこかに、依頼人、いや、せめて仲介人へと繋がる事の出来るモノはないか、と。
「報告はどうなってんだよ?」
故に、龍二はそう訊いた。
殺しの仕事にはオプションがある、という説明は前にもしたが、オプションがなくても仕事は仕事だ。基本的にオプションがない仕事はターゲットを殺す事が最終目的である。そのため、依頼主がターゲットを死体に変えた時は確認が必要になるはずだ。そこに突破口があるかもしれない、と思って龍二は訊いたのだ。期待をしないで。
そのない期待を真実だと言わんばかりに男は首を振った。
「向こうから連絡が来る事になっている。俺は向こうの連絡先を知らない。調べてもないからな」
「そうか」
違和感が増えた瞬間だった。依頼主がどうにも不思議な行動をしている。団体所属の殺し屋に直接依頼をするし、挙句それ以外の事情は何度も依頼を経験いているかの様に、また、プロかの如くこなしている。仲介人を通し、仲介人すら殺し屋とは会わせず、連絡を一方通行にする事で自然と自身と殺し屋との間の均衡をぶち壊している。身の隠し方は一流だった。
殺し屋として、恨みを買いやすい立場として、依頼主であっても警戒をするのが殺し屋の鉄則だ。常連だろうが何だろうが、気を許す理由等ない。
それに殺しの仕事にはどうしても莫大な大金が消費される。そのため、少しでも殺し屋の値段を下げようと、雇った殺し屋をまた別の安い殺し屋を派遣して殺し屋を殺し屋に始末させる、という可能性もある。あくまで最悪の場合、だが、実例もあるくらいの事だ。油断は出来ない。




