6.the battle of glory/killer cell project―18
「ふははははははははははははは!」
耳障りな笑い声だった。高らかな笑い声とはまさにこの事だろう、とグローリーは思うが、浩二には全く逆の感情を抱かせる様な音にしか聞こえていなかった。
不快だった。殺し屋として生きてきて、人を殺す事には何の抵抗もなくなっていた浩二だったが、それでっも、不快だった。浩二は人を殺して笑う事もある。一仕事やったぞ、という笑みだ。だが、今のグローリーのそれは違う。
自身の力に悦している笑い声だ。
荒木でなくとも、ともかく、その異常な力を使ってあの殺し方をした。それが、グローリーにとっての笑みの根源となっていた。
グローリーは暫く笑い声を上げて落ち着くまで待つと、手に止まった蚊を払う様にして、腕を振るった。至って軽い動作に見えた。だが、その動作に込められたグローリーの異常な力に、既に息絶えた荒木は抜け落ち、跳んだ。丸めた紙切れの様に跳んだ荒木の体は空中で逆さになり、背中を強く壁に打ち付け、沿うようにして、床に頭から落ちた。そのまま体重が支えきれるわけもなく、首を降りながら下半身を落とし、寝るような形になって荒木は静止し、その場に血溜りを作り始めた。足元の真っ赤なカーペットの上でも、血溜まりだと分かる程の血が、溢れ出していた。自然と部屋は鉄臭くなる。なっていた。
グローリーの鮮血に塗れた顔がぐるりと不気味に動き、僅かに離れた位置にいる浩二を捉えた。白い肌に生臭い鮮血がよく映えていた。
不気味な瞳が浩二を捉える。そして、気付く。臆しているな、と思う。浩二が、あの神代浩二がそんな顔をするのか、と思わず笑んでしまった。
――が、浩二の表情は変わった。
覚悟が変わった。
ここまで来てなお、浩二は進化した。
「殺すから安心しろ。白人もどき」
浩二の表情から恐怖は最初からなかったかの如く消えていた。鉄の仮面でもかぶっているかのような、見て冷酷だ、と思うような表情が、そこにはあった。
「言っていろ」
グローリーの姿が、視界から消えた。浩二は瞬きもしていない。全くだ。目は開いていた。寝てなどいない。が。次の瞬間には、グローリーの姿が消え、背後の気配。
気配、そして、僅かな空気の振動。音を察知するのと大して変わらない。そしてここは室内で、地下だ。完全な密室とも言える。空気の振動は外よりも数倍、察知しやすかった。
人体改造。浩二にそれについての詳細な知識はない。むしろ言葉を知っている程度だと言っても良い。だが、それがある、という事は理解した。グローリーを目の当たりにして、理解した。なんらかの研究成果が、ここで発揮されていた。
だが、想像が追いつかない面もある。殺し屋全体のトップであるグローリーに使ってもよい程の、安定した技術が、なぜ、他の殺し屋に流通していないのか、という事情。グローリー程の立場、権力を持っている人間に危険な技術を使う訳が無い。
それだけ安定した技術だとしたら、何故、クローン連中に使っていないのか。クローン連中は神代家の恐ろしき力を保持している。オリジナルには及んでいない事が分かりつつあるが、それでも協力なのは変わりない。その協力な力に、その人体改造技術を上乗せすれば、更に強力な兵士が出来るというのに。
何故、作らないのか。
浩二は瞬間、残像が空間に残る程の速度で振り返り、その速度を保ったままの裏拳を思いっきり振るった。
――浩二の裏拳が、向かってきていた、もしくは後ろに回り込んで来ていたグローリーの頬を、確かに捉えた。手に恐ろしい程の衝撃が走る。が、浩二は確実に振り切った。
恐ろしい程の、目の前で飛行機の墜落事故でも見たかの様な、そんな衝撃音が炸裂。グローリーの体が、吹き飛んだ。斜め下に激しく叩きつけられ、バスケットボールかの様にバウンドし、斜め上方に跳び、天井に僅かに触れ、そしてやっと落ちた。
グローリーが、動きを見せた瞬間だった。
浩二が気づいていた通り、グローリーが恐ろしい速度で移動するのは、やはり自立の場合のみだ。そして、全力の時だけだ。床を蹴って走れば目で追えない程の速度で動く事が出来るが、無理な態勢で壁を蹴り、進んだ場合や、吹き飛ばされた場合は、どうしても目で追える動きを見せてしまう。
見えたチャンスを、浩二が逃すはずがない。
天井をかすめ、床に落ちようとしていたグローリーに、浩二の握る銃の銃口は、向いていた。追従し、何度も、発砲していた。が、衝撃音の余韻が発砲音の存在感を薄めていた。
結局、グローリーが床に落ちるまでの間だ、八発もの弾丸が、その身に叩き込まれていた。
恐ろしい光景だった。
ほんのコンマ数秒の間に八回の、最早人間では認識出来ない程の発砲。その一瞬で姿を変えてしまうその様は、まるで、手品でも見せられているかの様な光景だった。
落ちたグローリーの腹部、ふともも、ふくらはぎ、上半身の至る箇所、そして、こめかみに、風穴が空き、そこから鮮血が吹き出すように、だがまた、ドロリとスライムの様に、溢れてくるのは臭いだけでも確認出来る程だった。
グローリーの目が持ち上がらない。何処か遠くの、床を見ている様に見えた気がした。暫くすると、開いたままの口から、鮮血が漏れ始めていた。
浩二はその姿を見て、達成感よりも不快感を抱いていた。嫌な予感、もだ。だが、それどころではなかった。
「荒木……」
浩二はグローリーが動かない事を見て確認すると、すぐに荒木の下へと歩いて向かった。
死んでいるのは分かっていた。腹部を貫かれてすぐ、息絶えたのは理解していた。人の死と向き合い過ぎてきた人間だ。人が死んでいるかどうかなんて事は、見分けを付ける事が出来る。
「……殺し屋らしいっちゃらしいのか」




