6.the battle of glory/killer cell project―17
浩二が今の応酬で気付いたのは二つの事実。荒木は見逃していたが、浩二は見逃さず、記憶にその行動を叩き込み、思い返して反撃の余地を伺っていた。
一つは、グローリーの初動の攻撃の時の動きだった。壁を蹴り、浩二へと飛び込んできた、その動きだ。確かに、恐ろしく早かった。が、床を蹴って動く速さに比べれば、大した事はなかった。グローリーが蹴った壁を見れば、そこが僅かにだが穿たれている事が分かる。壁を蹴り、空気抵抗を受けながら床を蹴る事なく進んだその移動は、僅かだが遅い。誘発させる事が出来れば、攻撃のチャンスになるかもしれない。
そして二つ目は、先の、荒木を掴んでいたその時の光景での事。浩二が発砲した際、グローリーは荒木を離して、移動した。それだ。そこだ。何か重いモノを持ったまま、あの速さの動きは見せる事が出来ない、という事。そしてそこから、武器は持っていたとしても、ナイフや拳銃程度だろうと推測出来る。
武器はこの部屋自体の仕掛けがある。それに、今まで、武器を取り出していないが、部屋の仕掛けを使ってでの攻撃を仕掛けてきている。武器を持っているとは考えづらかった。
「何か考えている顔だな。神代浩二」
言葉はすぐ目の前から聞こえてきた。浩二の視線の僅かに上。正面に現れたグローリー。並んでみると、浩二よりもグローリーの身長が高いという事に気付く。
荒木の反応は追いつかなかった。だが、浩二はギリギリのところで間に合った。即座に身をかかがめた。恐ろしく早かった。まるで、来る事を予測し、グローリーが動きを見せる直前、もしくはその前から動いていたのかと思う程だった。
だが、グローリーはその動きにまで、追いついて見せる。
グローリーの腕が、しゃがんだ浩二の髪の毛をつかもうと伸ばされていた。
が、また、浩二は横に跳んでそれを避けた。
浩二の動きも恐ろしく早かった。だが、次元が違った。
グローリーは驚異的な反射神経、そして、運動神経、肉体を使って、見て、判断し、動いている。つまり、人間がする普通の行動を、速度だけ上げてしていると同様なのだ。だが、浩二は違う。今までの経験から相手の攻撃、行動予測を立て、相手の速度を測り、早め早めの行動をしているだけなのだ。浩二のそのセンスが高いが故、こうやって攻撃を避ける事が出来てはいるが、圧倒的力量差はそう簡単に埋まりはしない。
跳んだ浩二が床に落ちるまでのコンマ数秒の間に、グローリーは浩二の目の前に移動。そして、蹴り上げ。浩二の体が空中で浮き、吹き飛んだ。
「くっそ!」
荒木が動く、が、一歩踏み出す前に、グローリーの姿が壁となって迫る。
衝撃音。音と同時に、荒木の体が大きく後方に吹き飛び、遥か遠くに合ったはずの壁に背中を打ち付けるまで床に落なかった。
その間に態勢を立て直していた浩二が背中を見せていたグローリーに向けて、数発連続して、一瞬のうちに複数の銃弾を放った。
「甘い」
グローリーの反射神経は、異常だ。
振り返りながら、その銃弾の全てを、確実に避けて見せるグローリー。残像は、確かに見えた。人間の脳、視力ではどうしても追いつく事の出来ない動きだ、と改めて思った。
目の前のこのバケモノに勝てるのか、浩二ですら、そう思った。
浩二ですら、だ。荒木に至っては、絶望しかける直前まで追い詰められていた。だが、ここまで来て、寝返ったり出来ない事もわかっているし、浩二がいるから、もしかすると、という希望も抱いていた。故に、攻撃の手を止める事は出来ない。
それに、荒木だって殺し屋だ。それも、それなりに力を持った殺し屋だ。今更、死等恐れやしない。
例えば一人だったら、死んでもグローリーには勝てないだろう。だが、浩二と二人なら、死ねば勝てるかもしれない。
荒木は立ち上がり、銃をしまった。視線の先では、浩二が驚異的な予測で、迫り来る恐ろしい程に早く、パワーのある攻撃をかわしている。反撃はできていない。出来そうにない。荒木は、その間にナイフを二本、取り出した。
そして、駆け出す。
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
荒木が雄叫びを上げた。死んでも、殺してやる。という覚悟の咆哮。荒木が初めて、心から、本気で、戦おうとした瞬間だった。今までも、仕事に手を抜いた事はなかった。だが、ここまで驚異的な相手を相手にした事はなかった。
その瞬間だった。浩二に攻撃の嵐をふらせていたはずのグローリーが、一瞬にして、荒木の眼前に移動した。
荒木は、――それを予測していた。
荒木のナイフによる斬撃が入る。
――が、グローリーはそれを容易く見切る。
ナイフが、二本とも、吹き飛んだ。
どうして吹き飛んだのかはわからない。だが、気付いた時には既に、荒木の手首から先と一緒に、二本とも、荒木のその手から離れて、宙を待っていた。
鮮血が荒木の綺麗に切断されたそこから、鮮血が吹き出すのと同時、手首から先とナイフが、床に落ち、真っ赤なカーペットに血の跡をかき消されながら、転がった。
「荒木ぃいいいいいいいいいいい!!」
珍しく、浩二が叫んだ。絶叫だった。
浩二はすぐに銃を構え、連射した。だが、グローリーは後方からのそれすら避けてみせた。
そして、
「裏切り者が許される時代はない」
浩二が銃での攻撃を諦め、接近戦を挑もうと、グローリーとの距離を縮めながら、ナイフを装備しようとした瞬間だった。
グローリーの右腕が、荒木の腹部を貫き、彼を持ち上げた。
有り得ない、光景だった。
「ッが、」
人間技なんて次元では、まずなかった。
少年漫画でもそうそう有り得ない光景だった。その驚異的な光景を前にして、浩二ですら、足を止めてしまった。
浩二の視線の先では、返り血を浴びたグローリーが不気味に笑んでいた。
貫いた右手の中には、何かが握られていた。その何かからは何かが伸びていて、確かに荒木の貫かれた腹部の中へとつながっていた。見た事のない光景だった。長年人間の死に直接的に関わってきた浩二だが、それでもこんな光景は見た事がなかった。
「ッ……、」
絶句するしかなかった。
「ふ、ふは、ははははははははは……」
グローリーの薄い唇の隙間から、笑いが漏れる。




